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【昭和16年夏の敗戦】レポート

【昭和16年夏の敗戦】
猪瀬 直樹 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4122053307/

○この本を一言で表すと?

  総力戦研究所の設立から出された結論、その後までが書かれた本

○面白かったこと・考えたこと

・総力戦研究所の設立の背景、模擬内閣の出した結論、メンバーのその後と、実際の太平洋戦争の筋道がある程度併記されていて実態がよく分かったように思います。

・東条英機の立ち位置がよく分かったような気がします。
「内閣総理大臣」「陸軍大臣」を兼任していて、それだけを聞いたら独裁者のイメージがありますが、統帥権が政府になく「陸軍大臣」の実権が限られ、参謀本部(陸軍)と軍令部(海軍)が戦争を進めていること、「内閣総理大臣」の権限もそれほどないことから、独裁者にほど遠いなと思いました。
天皇に対する忠誠心を見込まれて近衛内閣時には戦争を主張した立場ながら、天皇に首相として戦争回避に努めろと言われて立場を変え、天皇の拝命通りに戦争回避ができなかったことで慟哭していたことなど、身の振り方が難しい時期に難しい立場に立たされてしまった人だなと同情しました。

・総力戦研究所が設立された昭和15年の10年前にイギリスのPRDCという総力戦研究の部署について知った辰巳栄一と、昭和9年から12年のフランス駐在中にフランスで国防大学設置構想が浮上していることを知った西浦進が総力戦研究所の創設を進めたことを初めて知りました。
現地でもかなりのレベルで秘匿されていることを追求し、その必要性を知って導入するその見識・洞察力・行動力はすごいなと思いました。

・総力戦研究所のメンバーを「今後国を担うと見込まれる優秀な者」「実務を担当し10年以上経っている者」という条件で集め、見識が高くかつまだ柔軟性がある者をメンバーとできたのは、総力戦研究所の意義を深く理解していた人が関わっていたおかげかなと思いました。

・今では当たり前のように使用されている「面接」という言葉が総力戦研究所で使われたのがきっかけで世に知られるようになったというエピソードは面白いなと思いました。

・総力戦研究所の日笠研究生が海軍演習見学時に山本五十六に感想を求められ、「潜水艦対策や砲撃戦は見事でしたが、航空機に対する備えが弱いような気がした」と答えて山本五十六を唸らせ、山本五十六が「よし、ウィスキーを一本やろう」と言った、というエピソードは、研究生の見識の高さと山本五十六の気質を表していて面白いなと思いました。

・総力戦研究所の研究生を青国内閣の閣僚としてロールプレイさせ、教官が統帥部を担当し、内閣側では正確な数字を元所属官庁から集めて分析してその結果から結論を出し、統帥部側では外せない所与の条件を投げかける、という形で進めたシミュレーションがその後に実際の戦争にかなり近い形で結論を出せたということに、感動すら覚えました。
また、その結論を知っていた実際の閣僚が内容を活かせなかったことは残念ではありますが、実際の統帥部の動きに内閣が対抗できなかったことの証左にもなっているのかなと思いました。

・東京裁判における東条英機の発言は、文脈だけみると自分の責任を回避しているように見えますが、背景を知ると自分が責任を被って天皇を何としてでも救うという気概に満ちているなと思いました。

・東京裁判で「総力戦研究所」という名前から戦犯責任を追及されそうになっていたというのは、連合国側が実情を知らずに名前だけで判断すると当たり前だろうなと思いました。
実情が裁判で明らかにされることで免責になったことと、その裁判録が残っているおかげで総力戦研究所の研究結果が世に残ることになったというのは僥倖だなと思いました。

・総力戦研究所の第一期研究生のだれもが政治の世界に行かなかったということは、研究生の誰もが政治の無力さを知ってしまったからかと思うと分かる気がしました。