【イスラームから見た「世界史」】レポート

【イスラームから見た「世界史」】
タミム・アンサーリー (著), 小沢千重子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/431401086X/

○この本を一言で表すと?

 イスラーム成立からイスラームの変遷とミドルワールドの歴史を包括的に書いた本

○考えたこと

・イスラームについて中東に関する本などである程度知識があるつもりでしたが、この本を読むことで教義や体制の内容についてかなり詳しくなれたように思います。
全体を俯瞰して見ると、時代や立場によって教義の捉え方もかなり違うものだなと思いました。

・アフガニスタン出身で世俗主義の著者が、イスラームを客観的に見た視点と主観的に見た視点を交えて歴史が書かれていて、書名通り「イスラームから見た」歴史と西洋から見た歴史の両方から世界史を眺めることができたような気がします。

はじめに

・アメリカで世界史の教科書の編纂に関わった著者が、イスラームについてほとんど記載がなく、記載を提案しても却下されてしまう現状を不思議に思ったことは、教育する側も教育される側もそうあることを望んでそうであり得る話だなと思いました。
大学の教科書として使われているマクニールの「世界史」ではかなりイスラームについてページが割かれていましたが、例外的な本なのかもしれません。

第一章 ミドルワールド

・イスラーム成立の前の土台としてメソポタミア文明、ペルシア帝国などの歴史に触れられていました。
メソポタミアの地域やペルシア人がイスラームの歴史に大きく関わっていく様子が以降の章でかなり分量も多く書かれているので、こういった土台から理解することが大事なのかなと思いました。

第二章 ヒジュラ

・ムハンマドの動きについては他の中東の本や阿刀田高氏の「コーランを知っていますか」に載っていたこととほとんど変わらないなと思いました。
ムハンマドの背景を客観的に書けるのは真剣にイスラームに取り組んでいる人には難しそうに思えますので、著者の立ち位置のおかげかなと思いました。

第三章 カリフ制の誕生

・アブー・バクルとウマルが最初と二番目のカリフになったことは他の本でも載っていましたが、どういった人物だったのかということと、サーサーン朝との関係、ウンマ(イスラーム共同体)についての考え方などが詳しく書かれていてよかったです。

第四章 分裂

・アリーの名前は知っていても立ち位置を良く知らなかったのですが、ムハンマドとどういう関係にあったのか、どういう人物であったのか、なぜシーア派にとって重要な人物なのかがわかってよかったです。

第五章 ウマイヤ朝

・アリーの息子のフサインがシーア派にとって殉教者という位置づけになっていることを初めて知りました。
キリスト教でイエスがアダムの罪を贖うために殉教したエピソードと似ているなと思いました。
第五代のカリフで簒奪とかいきなりきな臭いことになってムハンマドの死からすぐに打算的な状態になっているのに、宗教として現代までしっかり続いているのは逆にすごいなと思いました。

第六章 アッバース朝の時代

・ウマイヤ朝からアッバース朝に切り替わることは世界史の本でも載っていますが、アブー・ムスリムのような謎の人物が暗躍してウマイヤ朝を打倒し、しかも本人は謙虚にシーア派の崇拝の対象となる血統の人に地位を渡し、そして二代目に暗殺されるというのは、かなり純粋にシーア派の考え方を信奉していた人物なのだろうなと思いました。

第七章 学者・哲学者・スーフィー

・イスラームについて詳しい人がウラマーになることは知っていましたが、経歴は関係なしに純粋に知識が見られるようになっていたことは初めて知りました。

・ギリシャ哲学を批判するために勉強したガザーリーのアリストテレスについての本が序文を抹消されてヨーロッパに伝わってガザーリーがアリストテレスのペンネームだと思われていたというのは笑いました。
ヨーロッパでギリシャ哲学が見直されるよりもかなり前に哲学や科学の研究が進んでいたのだなと改めてすごいと思いました。

・スーフィーについては、回っている写真が世界史の教科書に載せられていたりしても、結局何者なのかよく知りませんでしたが、神との合一を真剣に目指していた人たちで、成立以後歴史にかなりの影響を与えてきたことを初めて知りました。

第八章 トルコ系王朝の出現

・イベリア半島に後ウマイヤ朝ができることは知っていましたが、その詳しい経緯を初めて知りました。
ウマイヤ朝の血統だというだけで祭り上げられるほどイベリア半島でイスラームが浸透していたことがよく分かりました。

・カリフとスルタンの言葉の定義やスルタンがいつからできた制度なのかが頭の中でごちゃごちゃしていましたが、奴隷のマルムークが立てたガズナ朝でカリフとは別に「神に由来する権威、権力、証左」という意味のスルタンを称したことがわかってすっきりしました。

・遊牧民族のトルコ人があっさりと版図を広げていったことの背景にペルシア人の宰相ニザームルムルクがいたことは初めて知りました。

・アサッシンが暗殺者という意味なのは知っていましたが、元々異端のイスラームの教団の名前だったことや、暗殺でかなりの成果を上げて国家に影響を与えていたことを初めて知りました。

第九章 災厄

・十字軍について西洋側からの視点の記述しか今までみたことがなかったですが、イスラーム側からは宗教戦争を仕掛けてきたとは見られていなかったことなどは初めて知りました。
十字軍がかなりやりたい放題だったことは知っていましたが、具体的な所業が西洋側の資料にも載せられていて客観的に検証されているのだなと思いました。

・サラディンがイスラーム側で英雄だったことは知っていましたが、アサッシンの暗殺を二度かわした伝説などは初めて知りました。

・チンギス・ハンやその一族の侵攻では、殺戮することはある程度ブラフだったと聞いたことがありますが、想像以上に凄まじかったのだなと思いました。

第十章 再生

・オスマン帝国、サファヴィー朝、ムガル帝国が成立してイスラーム地域の広さがすごいことになったなと思いました。

・オスマン帝国成立にスーフィー教団が大きくかかわっていたことは初めて知りました。

・ムガル帝国のアクバル大帝は西洋でも仁君として有名だということは知っていましたが、この時代に宗教的な争いを避けるような政策をうまく導入できたのは確かにすごいなと思いました。

第十一章 ヨーロッパの状況

・イスラームの状況に対してヨーロッパがどうであったのか、イスラームではなかなか出現しなかった国民国家、重商主義などの位置づけが書かれていて、全体像が見えやすくなるなと思いました。

第十二章 西ヨーロッパの東方進出

・水平構造、垂直構造が綿密に組み込まれて機能していたオスマン帝国で、それがうまく機能していた時と狂ってきた時の落差がすごいなと思いました。
最初はうまくいっていただけに、それを変えていくのは難しいのだろうなと思います。

・西ヨーロッパ側がイスラーム側に軍事ではなく経済で進出していく様子は、最初からイスラーム世界を切り崩す意図ではなかったと思いますが、結果としてかなり効果的に切り崩すことになっているなと思いました。

第十三章 改革運動

・三種類のイスラームの改革が挙げられていますが、サウード―ワッハーブ同盟の方向性と、世俗近代主義・イスラーム主義者の近代主義の方向性は真逆だなと思いました。
大きく改革するときは回帰するにせよ路線変更するにせよ極端に舵を切ることになるのだろうなと思いました。

・アフガーニーのいろいろな世界を股にかけた活動っぷりと行く先ごとでの追い出されっぷりはすごいなと思いました。

第十四章 産業・憲法・ナショナリズム

・西ヨーロッパで導入してうまくいった産業・憲法・ナショナリズムに無理に適用しようとしたイスラーム諸国の焦りが良く伝わってくるような気がしました。
背景にあるものを理解できないまま表面的に導入してうまくいくことはまずないと思いますが、それだけの危機感があったのだろうなと思います。

第十五章 世俗的近代主義の隆盛

・トルコのケマル・アタチュルクが一気に世俗的近代主義に舵を切ったタイミングと手腕はすごいなと思いました。
ただ、他の本でかなり無理があったことも書かれていましたが。アフガニスタンやイランがトルコを真似して失敗していますが、大きな路線変更とその後の運営はかなりのセンスが問われることなのだろうなと思います。

第十六章 近代化の危機

・戦後の中東の動きはいろいろな本で書かれていて読んだことがありますが、イスラエル建国にしても、エジプト革命やスエズ運河国有化にしても、何か一つの要因が違っていたら状況が変わっていたのかもしれないなと思うようなきわどい状況が続いているなと思いました。

第十七章 潮流の変化、終わりに

・今に至るまでのパレスチナ問題、石油問題、イスラーム革命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、冷戦終結、9.11事件、イラク戦争など、戦後も中東は状況が変わりつつも、困難な状況に置かれているということ自体はずっと続いていて大変な地域だなと思いました。

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