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【言論抑圧 – 矢内原事件の構図】レポート

【言論抑圧 – 矢内原事件の構図】
将基面 貴巳 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/412102284X/

○この本を一言で表すと?

 矢内原事件を対象としたマイクロヒストリーの本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・マイクロヒストリーの手法で、矢内原事件という「点」をクローズアップして、そこに至った経緯を矢内原自身だけでなく、様々な利害関係者の立ち位置などを明らかにしていく、という流れで一冊の本にするまで膨らませたのは興味深いなと思いました。
その時代を知る一手法として有効な手法であるように思いました。

・無教会キリスト教の信者が、昭和初期でも結構活発に動いていたのが印象的でした。
逆に戦後になって縮小していったのは、「宗教は弾圧されると活性化する」ということの延長上かなとも思いました。

・各関係者から一歩離れて見る視点で、主観も交えながら客観的な視点でのフォローも入れていて、公平に物事を見ようとする努力をしながら書かれているなと思いました。

・1932年から1937年までの5年とその後数年で言論界が大きく変わっていく様子が素描されていて分かりやすいなと思いました。

第一章 言論人としての矢内原忠雄

・矢内原が第一高等学校で無教会キリスト教に出会い、大学卒業後に大学から離れて住友本店に就職し、その後東京帝国大学に招聘されてすぐに国の要請で2年間の海外研修に出て、キリスト者としての視点で研修に出された理由とは逆に植民地政策への批判などの論文を書き始めるというのは、なかなか変わった人生だなと思いました。

・海外研修中に妻からの連絡が遅れがちで苛立っていたり、その理由が病気で帰国後すぐに妻が亡くなって落ち込んだり、家族に対して厳しいながらも弱かったり、人間としての弱さを持ちながら強く生きていたことが印象的でした。

・平和主義を徹底して唱え、平和主義に基づく論文をすごい勢いで書きまくり、無教会キリスト教の講演で平和に反する国は亡びればいいという過激発言をするなど、この時代では考えにくい行動を起こしまくっているなと思いました。
体調を崩しながら、文字どおり身を削りながらそういった活動に取り組んでいるのはすごい意思力だと思いました。

第二章 出版界と言論抑圧

・当時の出版界で、矢内原の論文は人気があって積極的に載せられていったこと、最初は出版してから行き過ぎている論文が発禁処分になる程度だったのでスレスレを狙って出版されていたこと、言論統制が進んで出版社の人間も処分対象になっていったことなど、当時の状況の変化が分かりやすく書かれていました。

・当時でもかなり右寄りで、反国家的と判断した言論を徹底的に批判した蓑田胸喜について、その言説や考え方について詳しく触れられていました。
多様な傍点を散りばめた過激な文章だけでなく、矢内原のキリスト者としての考え自体にも聖書の記載を引用して反論していたこと、キリスト教自体は許容していて、その上位に国体思想があり、それに包含されているという考えを持っていることなど、詳しく書かれていて、その正否はともかくとして、それなりの根拠で批判していたことがわかりました。

第三章 東京帝国大学経済学部をめぐる抗争

・当時の矢内原が所属していた東京帝国大学経済学部の内情について詳しく説明されていました。

・土方派、河合派が多数派を形成していて、少数派の方に矢内原が属していたこと、土方やその派閥に属する者が矢内原の排斥に積極的に動いたこと、当時の大学総長の長与が土方らを抑えきれずに悩んでいたことなど、ある意味ではありがちな派閥争いが描かれていました。

第四章 辞職の日

・矢内原の謝罪で手打ちにして教授として留任するという話でまとまっていたところ、大学総長の長与に文部大臣の木戸幸一からどうしても矢内原を退職させるしかないと伝えられ、1日にしてひっくり返ったこと、その内容を伝えられて矢内原が自主的に退職するという形で収められたこと、大学総長と経済学部内の教授会の権限の問題になったことなどが書かれていました。

第五章 事件の波紋

・矢内原事件の後、様々な論説で自己弁護したり、解説したりする論文が掲載されたことが紹介されていました。

・中央公論で土方が自己弁護も含めて書いた「時局と大学」が、「大学騒動楽屋話」という内情を茶化して解説した文章と上下に分けて載せられていたことなどはかなり強烈な皮肉が効いているなと思いました。
中央公論が矢内原側に立っていたのがよく分かります。

・法的には大学総長のみが教授を退職させる権利を有していて文部大臣も経済学部の教授会も権限がなかったことを哲学者の三木清が解説していたり、冷静な議論もされていたのだなと思いました。

終章 矢内原事件に見る思想的諸問題

・矢内原事件をマイクロヒストリー手法で分析して得られた3つの知見について説明されていました。

・愛国心について、理想と国家が異なっていれば、愛する国家が理想と離れていることを批判し、国家を修正しようとする愛国心と、国家が無条件に正しい理想的なものとして国家を修正することなど許さないという愛国心に二分されるそうです。
あとがきではこの後者の観点で、今のネット右翼が匿名で愛国心に基づいた批判をしていることと、蓑田胸喜が自分の名前を出して批判していたことを比較して、蓑田胸喜に比べてネット右翼が卑怯であるという結論が出されていました。

・学問の自由について、エリック・バレントの定義では「個々の学者の権利に関するもの」「大学の制度的自律性に関するもの」「大学の運営における学者の自治権に関するもの」の3種類があり、議論する時にこれらが混同されて考えられがちであること、矢内原事件当時の大学総長だった長与は制度的自律性に関するものとしての学問の自由、大学の自治を重視しながら、外部圧力に負けたこと、当時の状況では仕方のない面もあったこと、他国でもこの意味での学問の自由は侵されがちであることが書かれていました。

・言論抑圧について、表に出るのは逮捕されるなどの事件になった者だけで、言論を表に出せなくなった者、記事に出なくなった者が世間に知られずに消えていくことの方が対処できない言論抑圧だということが述べられていました。
その実例も挙げられていましたが、特にそういった視点で見ない限り気付くこともできないという意味で強力な手法だなと思いました。

○つっこみどころ

・マイクロヒストリーの手法で、矢内原事件の様々な視点をクローズアップした割には、事件の結論がしょぼいなと思いました。
事件そのものよりその背景となったことを一般化することが目的だったみたいなので仕方がないかもしれませんが。

・著者が主観的に判断しているところで、客観的なフォローが入っているものの、全体として見方が偏っているように思えました。

・無教会キリスト教の者も日本に対して愛国心を持っていたという話については、日本という国に対してのコミットはかなり薄かったようですし、相当にこじつけっぽいなと思いました。