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【世界史 下】レポート

【世界史 下】
ウィリアム・H. マクニール (著), 増田 義郎 (翻訳), 佐々木 昭夫 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4122049679/

第Ⅲ部 西欧の優勢

18章 地理上の大発見とその世界的影響

・金銀の流入による貨幣鋳造の促進と物価の上昇が富んだものと貧しいものを生んだという考え方は賛成です。
アメリカ産の栽培食物の伝播が食料供給を増大させ、人口も増大させたという因果関係は面白いなと思いました。
病原菌による興亡は「銃・病原菌・鉄」で深く学びましたが、改めてその影響が大きかったのだなと思いました。

19章 ヨーロッパの自己変革 1500 ― 1648年

・1500~1648年の間にルネサンス、宗教革命、科学の進歩により中世の鋳型から抜け出し、文化的な多様性が生まれたこと、特に職業において自分自身の知識に応じて真理を求めるようになったというのが印象的でした。

20章 ヨーロッパの外縁部 ――― ロシアと南北アメリカ 1500 ― 1648年

・ロシアについて、元々は現在のウクライナ地域のキエフで「ルーシ」という国家ができて、それをモスクワが引き継いだという話やコサックは基本的にウクライナの人たちだったという話が「物語 ウクライナの歴史」に載っていましたが、その辺りは全く載っていないなと思いました。

・アメリカへの植民が開始されてからアフリカからの黒人奴隷輸入が本格化するまでに結構な期間(100年以上)が空いているなと思いました。
土地の有効な活用方法(もちろん西欧側から見て)を発見するまでにこれだけの時間が必要だったのかなと思いました。

21章 イスラムの領域 ―― それに従属するヒンズー教およびキリスト教の社会 1500 ― 1700年

・1500~1700年の間にイスラムの領域が南アジアや東南アジアまで伝播したことと、これまで様々な技術を発展させてきたイスラムが西欧の知識を取り込まずに停滞してしまったことが対比的で面白いなと思いました。

・オスマン・トルコ、サファヴィ朝、ムガール帝国の位置関係からムガール帝国がサファヴィ朝に支援を求めるために一時期シーア派を公認していたというのは初めて知りました。

・イスラム支配下のヒンズー教、仏教、ギリシャ正教がむしろ知識の取入れなどで勝っていたというのも面白いなと思いました。

22章 東アジア 1500 ― 1700年

・中国が平和であり、確固たる文明を築いたからこそ西欧の文明の思考様式等を取り入れなかった、というのは皮肉だなと思いました。

・日本についての記述は上巻の16章でも微妙だなと思いましたが、ここでも武士団と海賊行為を直結した記述等は微妙だなと思いました。

23章 ヨーロッパのアンシャン・レジーム 1648 ― 1789年

・「アンシャン・レジーム」という聞いたことがあるけれど意味を知らない用語の意味が説明されていなかったので調べました(「旧制度」などと訳され、フランス革命以前の16~18世紀の絶対王政時代のことを指しているそうです)。

・ナポレオン以降の総力戦と対照的な限定的戦争や外交による国家間の利益の均衡を図ったり、イギリスで議会制が始まったり、産業革命が始まったり、デカルトなどの哲学者が輩出されたり、なかなか重要な時期だと思うのですがこの本では扱いが小さいなと思いました。

・フランス革命に比べてイギリスのピューリタン革命や名誉革命が他国に影響を与えていないことが印象的でした。

24章 南北アメリカとロシア 1648 ― 1789年

・アメリカは北はイギリス、南はスペインとポルトガルが植民地化していたイメージですが、1789年くらいまで、北アメリカはスペイン領が大きく、ブラジル辺りはオランダ領だったというのがその後の変遷を表していて面白いなと思いました。

・ピョートル大帝がロシアの近代化を大きく推進したこと、エカチェリーナ2世がさらに進めていったことでロシアが大国化したことは割と有名で知っていましたが、エカチェリーナ2世がドイツの大公の娘という血統的に皇帝としては微妙な位置づけだったというのは初めて知りました。

25章 ヨーロッパ旧体制へのアジアの反応 1700 ― 1850年

・18世紀のトルコの「(たまたま)勝ったので改革中断」という態度は割とありがちかもしれないなと思いました。

・インドのラーム・モーハン・ローイがキリスト教とイスラム教を研究し、インドの聖典を見直したうえでヒンズー教を改革し、悪習を排したことで後にインドをヒンズー教の国にすることができたというのは、一人の人間の功績としては非常に大きいものだったろうなと思いました。

・アヘン戦争で負けても変わらなかった中国と、中国の状況を見て危機感を覚えて変わっていった日本の対比は面白いなと思いました。
この著者はところどころ日本を持ち上げているなと思いました。

第Ⅳ部 地球規模でのコスモポリタニズムのはじまり

26章 産業革命および民主革命による西欧文明の変貌 1789 ―1914年

・奴隷制の奴隷と未熟練労働者は扱いがさほど変わらなかったかもしれないというのは納得できる気がしました。

・第二の産業革命といえる様々な業種での産業の成長が社会システムが整備されていくほどの効果をあげ、ヨーロッパの人口が1800年時点で1億8700万人から1900年時点で4億人に達することになったというのはすごいなと思いました。
新石器時代以降の農村中心の世界から都市中心の世界になるほどの変化の大きさはとてつもないなと思います。

・イギリスの名誉革命が無血革命と言われるほど穏便になされたのに対してフランス革命とそれに続く混乱は血にまみれているなと思いました。

・ナポレオン自身が自分の最大の功績が民法典編纂だと言っていたと何かで読みましたが、その民法の仕組みがナポレオンの支配地域が広がることで同時に広がり、定着していったというのには歴史の妙味を感じます。
同時にナポレオンの出現によって国民全体の総力戦が可能になったのも含めて、ナポレオン以前と以後で歴史を分けられるほどのことをやり遂げたのだなと思いました。

27章 産業主義と民主主義に対するアジアの反応 1850 ― 1945年

・満州人、ムガール人、トルコ人が国民大多数から見れば異民族という視点は、確かにそうだと目を開かされた思いがしました。

・人口増加と併せて政体として限界にきていたのだなと思うと、その時期と欧米の興隆の時期が重なったのはアジア地域にとって著しく不利な状況にあったのだと思います。

・イスラム教徒がナショナリズムに目覚めたせいで小分けに分裂してしまったこと、オスマン・トルコ最後の混乱、トルコやイランでの世俗派政府の成立など、イスラム世界には厳しい時代だなと思いました。

・この章の後半は少し微妙だと思いました。中国の朝貢国がイギリスやフランスに奪われたことはそれほど影響なかったと思います。
日本について、工場も武士の美徳で回っていたというのは誇張に過ぎるかなと思いました。

28章 アフリカとオセアニア 1850 ― 1945年

・19世紀半ば以降のアフリカの侵略されようはすごいなと思いました。
言語的分裂・民族的分裂による集団の小ささと技術力の弱さで西欧の勢力に抗えなかったのは仕方のない状況かなと思いました。

・オセアニア地域で有用な地域は原住民が激減するほどのダメージを受け、欧米にとって魅力のない地域は放置されたのは、荘子の「無用の用」を思わせるなと思いました。

29章 西欧世界 1914 ― 1945年

・第一次世界大戦、大戦間、第二次世界大戦の3つの時期は各国の情勢が動きに動いた時代だなと思いました。
アメリカの立ち位置が変わり、ロシアがソ連になり、オスマン・トルコが崩壊し、ドイツが2度とも主役になり、西欧地域が壊滅状態になり、と各時期の前には何が起こるかを予測できなかっただろうなと思います。

30章 一九四五年以後の世界規模の抗争とコスモポリタニズム

・戦後の動きが冷戦前期(1947~1973年)と後期(1973~1991年)で大きく分かれ、実質的に冷戦後期は2極対立があまり成立していなかった、という説には同意できます。

・21世紀になる前に書かれた本なので最新のトピックはないですが、現代の移民問題などについてある程度予言されているのは著者の洞察力かなと思いました。