【社会を変えるには】レポート

【社会を変えるには】
小熊 英二 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062881683/

○この本を一言で表すと?

 「社会」と社会に属する人間をいろいろな見地からみて考える本

○興味深かった点

・社会学について書かれた本かと思って読み始めましたが、「社会」を変えたいと思う人の国別時代別の動機やその元になる「社会」の状況について書かれていたり、古代ギリシャまで遡って民主主義の考え方を再考していたり、いろいろな視点で「社会」を検討していて面白かったです。

第1章 日本社会はいまどこにいるのか

・工業化社会からポスト工業社会に移って何が変わったのかがうまく整理されていていろいろ勉強になりました。ポスト工業化社会では若者の幸福感が高いと書かれていて、最初は「そうかな?」と思いましたが、世の中を知らない状態で自由に過ごせる時代特有の幸福感は確かに30~50歳代の人たちと比べるとダントツで大きいだろうなと納得できました。

・原発についてもさらっと書かれていながら、ケース別のコストの話などはすごく分かりやすくてよかったです。

第2章 社会運動の変遷

・「社会運動」と聞くと何となく一つのイメージに偏ってしまっていましたが、時代によって倫理主義や前衛党などとの関わり方が違うというのはなるほどと思いました。
社会の状況変化とその変化の中にいる人の背景など、いろいろな要素が「社会運動」を形づくり、変わっていっていることが俯瞰できてよかったです。

・ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックの階級社会からリスク社会(安定性を失って未来が見通せない、「危険」と「安全」の明確な線引きができない「リスク」の意識が広がった社会)への移り変わりの話は確かに今までそういう方向にきているなと納得しました。

第3章 戦後日本の社会運動

・1960年代、70年代の日本の学生がなぜ安保闘争や学生運動に関わっていったのか、昭和の歴史の本を読んでもなかなか掴めなかったのですが、「倫理主義」という観点で見ることでようやく少しは掴めてきたような気がしました。

・安保闘争から学生運動まで8年ほどしか経っていないのにその性格が大きく変わっていたり、参加する人たちの動機や中核になっている人のこととその移り変わり、この当時と脱原発デモのメンバーの変化とその背景など、一連の流れで見るとその変わりっぷりが面白いなと思いました。

・ニュースを見ていると妙に偏った「本当かな?」と思うような記事が多いように感じていましたが、マスコミの人たちの属性から昔との変化に気付けていないことが指摘されていてなるほどと思いました。

第4章 民主主義とは

・民主主義について、私は現代の各国の政治制度の違いくらいしかその特徴を捉えていませんでしたが、古代ギリシャまで遡って民主主義の発生から現代までの移り変わりについて書かれていて、また「公(聖)」と「私(俗)」の考え方について祭や宗教も絡めて書かれていて、今までより広い視点で捉えられるようになった気がします。特に制限選挙の根拠についての話や選挙が盛り上がる必要性の話などは目新しくて面白かったです。

・この章を読んでいて、古代ギリシャの民会のように2~3万人という規模で集まって会合をするために、会を乱す者を罰するための投擲器の存在が必要であったという話も思い出しました。
大人数で祭のように騒ぎつつも意見を決めるための統制も必要だったことで、外敵ではなく内部に向ける遠隔武器が役立ったというのは改めて考えてみてなるほどと思いました。

第5章 近代自由民主主義とその限界

・印刷技術や、科学・哲学の発達が民主主義と自由主義にも影響を与えてその姿を大きく変えていくことになり、ついにその限界にまで向かわせたという話は、マイケル・サンデル氏の「これからの「正義」の話をしよう」「それをお金で買いますか」やシーナ・アイエンガー氏の「選択の科学」に書かれていた内容とも似ているなと思いました。

・近代哲学や近代科学、社会契約論などとそれらが考え出された背景や適用できる条件など、今でも通用することはもちろん含まれていながら、不完全であったり限定された条件でのみ通用するものだったりするのだなということを改めて認識できました。

第6章 異なるあり方への思索

・人は本質ではなく目に見えている現象で認識しているという現象学、独立した個体で考える個体論と相互の関係で影響し合うと考える関係論、つくり上げられた結果だけでなくつくり上げられていく過程も考える構築主義、相互に因果関係があり相互に変え合っていくという再帰的近代化やブーメラン効果の考え方、固定のカテゴリーで考えることの限界など、いろいろな考え方が書かれていてとても勉強になりました。

・「7つの習慣」の「第五の習慣 理解される前に理解する」の章で、「影響されることを恐れてはならない。論理的にも感情的にも傾聴し、相手に影響されることで、本当に相手を理解することができるのだ」というようなことが書かれてありましたが、関係論のお互いがお互いに影響し合うという考え方を知ることでより深く理解することができたように思いました。

第7章 社会を変えるには

・前章の話を受けて、最近生まれてきた考え方や組織を例として挙げてその長所や短所を見つつ、「社会を変えるには」という問いに対する結論として「社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと」と書かれていました。
当たり前ですが、この本に書かれているようないろいろな方法や考え方を踏まえた上で動き始めることには意味があるような気がします。
「7つの習慣」の基礎になっている「第一の習慣 主体性を発揮する」や「インサイド・アウト」の考え方と通じるところがあり、なかなか興味深く、また意義深いなと思いました。

・「いい幹事」を探して宴会を運営させるより「鍋を囲む」ことで参加者で宴会をつくる方が楽しめるという話は、デモや運動が特別な人だけのものではなく、参加しやすく参加意識が醸成されやすいものの方が長続きするし効果も出やすいという話をうまく説明しているなと思いました。

・社会運動の理論・手法の話で、枠組みを受け入れやすいように変える「フレーミング」や相手のイデオロギーや経歴に関わることを流用(慶應義塾大学に対して「忘れたか福沢精神」というスローガンで攻めたり、米軍基地反対運動で聖書のマタイ伝を引用した言葉を投げかけたり)する「アプロプリエーション」は、うまいところで使えばかなり効果的だろうなと思いました。

おわりに

・この本の著者がこの本の内容を教科書的に扱わないでほしい、叩き台として使ってほしい、できれば読書会を開いて討論してほしいと書かれていましたが、実際に読書会で討論したことでニヤリとしました。

・著者が自分が書いたことも不完全かもしれないと考えてほしいと書いているのは、イマイチな本で書かれていたらただの逃げだと思ったかもしれませんが、このかなり広範囲にしっかりと検討された考えが書かれた本でこういう自分の知識を客観視したことを書けるのはすごいなと思いました。

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