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【宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰】レポート

【宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰】
ニコラス・ウェイド (著), 依田 卓巳 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4757142587/

○この本を一言で表すと?

 宗教を生み出した要因と宗教が生み出した結果について書かれた本

○よかった点、興味深かった点

・邦題から想像していた内容とはかなり違っていましたが、宗教について生物学的、社会学的な見地と歴史上の発見をベースにして書かれていて面白かったです。

第1章 宗教の本質

・全部読み終わった後で読み返すと第1章に全体の概要が書かれていることに気付きました。

第2章 道徳的本能

・道徳的推論と道徳的直観を分けて考え、前者は後付けで正当化するプロセスで、実際の判断は後者に委ねられていること、道徳的直観を有していることがヒトの生存に貢献し、進化論的に現代に残っていることはなるほどと思いました。

・サンデルの「これからの「正義」の話をしよう」でも書かれていた5人と1人のどちらを生かすかの例がこの道徳的直観の証明に使われていたのは面白いなと思いました。

第3章 宗教行動の進化

・強力なボスが支配する社会から平等な社会に移行する段階で、内部の寄食者(フリーライダー)と外部の敵対する近隣集団という深刻な問題が存在し、その解決に超自然の存在(上位者の存在)が効果的だったという話はなるほどと思いました。

・宗教が個人にとっては不利益を被る利他的な行動をとらせる手段となり、個人レベルで見れば生存戦略的に弱くても、集団としてみれば強い集団になることで競争に勝つという流れは面白いなと思いました。

第4章 音楽、舞踏、トランス

・古代の宗教で音楽、舞踏、トランスが重要な位置を占め、一部の聖職者ではなく全員が参加するような形で行われていたこと、「世界史」の著者のウィリアム・マクニールが軍隊で行動を揃えることでトランス状態に近づくことを発見して古代の宗教もこのようなものであったと類推したことなど、感覚的に納得できる話だなと思いました。

・著者が音楽の能力の理由について採用していない性選択説の例で、「ジミ・ヘンドリクスは何百人というグルーピーと性関係を持ち、同時に二人以上の女性と長期にわたって交際し、知られているだけでアメリカとドイツとスウェーデンに三人の子どもがいる」という例を持ち出しているのは笑えました。
著者はこの性選択説ではなく、この本全体のテーマになっている集団の結束に利用されたという説を採っているそうです。

・音楽にノったり踊りまくることでトランス状態になるというのは、今でいうとライブでノリまくってテンションが上がることをさらに突き詰めたようなものかなと思いました。

第5章 太古の宗教

・隔絶された場所で他の文化との交流が少ない地域は太古の宗教の形式が昔のまま残っていること、カラハリ砂漠のクン・サン族とアンダマン諸島民の舞踏とアボリジニの過酷な通過儀礼の例はまさに第4章で書かれていた起源的な宗教が残っているのだなと思いました。

第6章 宗教の変容

・集団が大きくなるにつれて、第5章で書かれていた全員参加型の原始宗教から一部の特権者が主催する宗教に変わっていったこと、その変遷がメキシコ南部のオアハカ遺跡で確認できたこと、旧宗教と新宗教で闘争があり、社会的に優位に立った新宗教側が勝利したことは、現代に繋がる流れだなと思いました。

第7章 宗教の樹

・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の成立に関する研究についていろいろ書かれていました。それぞれいろいろな本を読んでそれなりに知っているつもりでしたが、初めて知る内容も多くて勉強になりました。
ユダヤ教とそれ以降のキリスト教やイスラム教に繋がる「出エジプト」が架空のできごとということ、ノアの物語の原型がメソポタミアの神話であること、キリスト教のイエスがユダヤ人にだけしか伝道していないこと、福音書がパウロの手紙よりも後に作成されたこと、福音書のマルコ書の最後の部分は後で追記されたこと、キリスト教が当時ローマにあったいろいろな宗教から要素を抜き出して作成されていること、イスラム教のムハンマドやアブー・バクルが架空の人物である可能性があること、イスラム教が元々イスラム教の一派で本拠地はエルサレムにあってアラブ人独自の本拠地としてヒジャーズを選んだこと、「ムハンマド」は人名ではなく「選ばれた者」という意味の単語でイエスのことを指している可能性があること、などいろいろな仮説を知ることができて満足です。

第8章 道徳、信頼、取引

・宗教や信仰が取引や信頼の土台となるというのは理解できるなと思いました。
贈与の伝統で結ばれるメラネシアの交易システムやユダヤ教徒同士の信頼関係の例はわかりやすかったです。

第9章 宗教の生態学

・宗教をツールとして出生率の増減をコントロールしてきたという話は、避妊禁止による子供の増加、パプアニューギニアのマリン族の闘争サイクルなどの例があって理解しやすかったです。
資源管理のコントロールもバリ島で寺院を中心として管理してきたシステムが「緑の革命」の推進者よりも適切だったという事例があってなるほどと思いました。

・指導者の失敗で大きな被害を受けるというアフリカのコーサ人の事例や新興宗教の集団自殺の事例が挙げられていて、こういった社会に大きな影響を与えるツールだからこそ、成功する側にも失敗する側にも大きく触れるのだなと思いました。

第10章 宗教と戦闘

・一般に戦争の原因としてよく宗教が挙げられますが、宗教は武器のようなもので、もちろん原因にもなり得るけれども戦争で有効に働くツールとしての意味合いもあるというのはなるほどと思いました。

・現代の国家における軍隊が宗教に依らずに統制する手法を用いて軍隊として成立させているという話は、以前聞いた自衛隊の訓練の内容などとも整合していて納得できました。

第11章 宗教と国家

・宗教が国家と強く結びついてきたこと、現代では政教分離が進んだけれども宗教と国家が切り離せないことはこれまで読んできたことと併せて考えて納得できる話だなと思いました。

・多宗教のアメリカにおける「アメリカ市民宗教」の存在は、ニュースやアメリカについて書かれた本を読んでいてよく感じる内容で、カトリックのケネディもプロテスタント的な考え方になっている例などが書かれていて分かりやすかったです。

第12章 宗教の未来

・宗教が社会構造に与える影響について、ハンティントンの「アメリカに入植したのがプロテスタントでなくカトリックだったならメキシコやブラジルのような国になっていた」という意見は面白く、分かりやすいなと思いました。

○つっこみどころ

・邦題「宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰」はミスリードを招くと思いました。
本能が宗教を生み出すわけではなく、宗教に適した本能が存在するだけですし、ヒトと信仰を進化論メインで見るというよりは、宗教を軸に話が展開されています。
原題の直訳「信仰の本能 ―宗教はどう進化し、なぜ生きつづけるのか」の方がこの本の内容を表していると思います。
この本をちゃんと読んでいない人が売れそうなタイトルをつけたのでしょうか。

・第8章でアダム・スミスが「各人が利己的な行動をとることで公共の利益に資する」というようなことを著作で述べているように書かれていますが、アダム・スミスが「財産への道」と「徳への道」の両方について考え、共に満たすことを推奨していることなどが考慮されていないように思います。

・宗教行動と進化論を結びつける論述について、前半はともかく後半になると流れが強引であまり説得力が感じられませんでした。
特に第12章の結論「宗教行動が進化した理由はひとつしかない―人間社会がより長く生き残れるようにすることだ。」「宗教は社会のニーズに合わせて変わっていくべきだ」というのは無理があるかなと思いました。