【新しい科学論―「事実」は理論をたおせるか】
村上 陽一郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/406117973X/
○この本を一言で表すと?
常識的な科学論とその前提について再検討している本
○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
・最初に予め「常識的な考え方」に賛成しない立場を表明しておいて、第一章で「常識的な考え方」について丁寧に説明し、それはそれでしっかりした考え方だという意見だと感じさせながら、第二章でどうひっくり返すのだろうという期待をさせるという、上手い構成で書かれた本だと思いました。
・出版された1979年の「科学者=超越的な人」という感覚が、医者や教師などの他の職業に対する感覚と同様に今とは違う感覚で述べられていて、時代の変化を感じました。
<第一章 科学についての常識的な考え方>
第一節 帰納
・帰納法と演繹法について、かなり丁寧に分かりやすく説明されていました。データ量が仮説を強化する話も丁寧で分かりやすかったです。
帰納法に基づいて立てられた仮説が反証によって崩れる話は、「ブラック・スワン」で「白鳥は白い」という常識が一羽の黒い白鳥で崩れる話と同じで、かなり先取りして書かれていたのだなと思いました。
第二節 常識的科学観の特性
・知識の「蓄積性」、科学の「進歩」、法則の「包括性」について、それぞれ丁寧に説明されていました。
古い法則が新しい法則に上書きされるわけではなく、例外に対しての追加の理論づけとなっていることをニュートンの発見した法則とアインシュタインが発見した法則で説明していてかなり分かりやすかったです。
<第二章 新しい科学観のあらまし>
第一節 文化史的観点から
・常識的な科学観が、科学の進歩は直線的に進んだ、という考えになりがちで、例えば宗教に対する超克が無神論や化学に繋がったと考えたがるのに対し、実際には宗教の中で偶発的な要素も込みで科学が生まれるケースもあったこと、錬金術など迷信とされる学問の発展として生まれた科学もあることなどが述べられていました。
第二節 認識論的観点から
・常識的な科学観が、「データが客観的である」という観点からスタートし、「ありのままの姿」を得られていると考えになりがちなことに対し、そもそも観測者である人間の認識が客観的でなく、「ありのままの姿」で観測できないことを、錯覚効果や人間の近くの限界、前提知識の有無による判断の違いなどから述べられていました。
○つっこみどころ
・この本で言う「常識的な科学観」も、特定の環境下においての仮説として、経済学などで検討される分野であったり、物理現象の実験・検証に現代でも使われたりしていると思いますが、読み手が「常識的な科学観」を否定する方向にこの本の内容を受け止めると、「常識的な科学観」に基づく学問の否定に繋がって、それはそれで支障が出そうだなと思いました。