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【ハプスブルク家】レポート

【ハプスブルク家】
江村 洋 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4061490176/

○この本を一言で表すと?

 ハプスブルク家のメイントピックを物語風に描いた本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・ハプスブルク家がどこで興ったのか、なぜハプスブルク家がヨーロッパで最も長い王朝として続いたのか、メインとなる話をそれぞれクローズアップして書かれていて、ヨーロッパ全体の歴史と併せて俯瞰できたように思いました。
世界史の本でよく登場するハプスブルク家以外の人物について、別の視点から知ることができたこともよかったです。

・所々現在形の物語風に書かれていて楽しく読めました。
当時の捉え方はこうだったのかもしれないな、という臨場感みたいなものが味わえたような気がしました。

・戦争に強くなくても婚姻政策で広大な領地を得ていく様子が興味深かったです。
全てが意図的であったかどうかはわからないですが、意図的でなければ平和的と取れるし、陰謀論的に考えれば暗殺を成功させ続けてきた結果とも取れそうだなと思いました。

序章 ハプスブルク家の揺籃期

・ハプスブルク家といえばオーストリアの印象しか持っていませんでしたが、その興りはスイスのチューリヒより西の地域だったと初めて知りました。

・神聖ローマ帝国の選帝侯から、明らかな傀儡として当たり障りのない人物、貴族として新たに国王として選ばれたハプスブルク家のルードルフ一世が、能力も人望もある人物として頭角を現し、当時の国王候補だったボヘミア王オットカル二世が反発し、戴冠式に列席しなかったことから追討軍の名目を得て、ついには現在のオーストリアに当たる地域の領土を得たというのは、かなりの立身出世ストーリーだなと思いました。

・ルードルフ一世の息子アルプレヒト一世は同じ論理でハプスブルク家がむしろ権勢にあることから選定されなかったものの、代わりに選定された者が早くに夭折したことからまたハプスブルク家が国王として選定されることになったこと、その後甥に襲われて殺されたこと、それから130年間選定されることがなく、また同じ論理で無能力者と思われていたフリードリヒ三世が選定されたこと、このフリードリヒ三世が様々な苦難に遭いながら、忍耐力を持っていて長生きしたことで53年という長期間在位することになったこと、それがハプスブルク家の神聖ローマ帝国の国王としての地位を盤石にしたことなど、章のタイトル通りその後続いていくハプスブルク家の「揺籃期」が短い文章でうまくまとめられていて分かりやすかったです。

第1章 マクシミリアン一世

・当時は強力で神聖ローマ帝国の国王候補としても有力だったブルゴーニュ公国のシャルル突進公の娘マリアを、フリードリヒ三世の息子マクシミリアンの嫁とすることができ、その後すぐにブルゴーニュ突進公がスイスとの戦争で陣没し、ブルゴーニュ公国が得られたことは、その後の結婚政策で領地を得る最初の一歩だったのかなと思いました。

・マリアが若くして亡くなることで、ブルゴーニュ公としての立場に居続けることが難しくなり、息子のフィリップが成長した後にドイツに活動の場を移したこと、トルコのヨーロッパ侵略が激しくなったことからローマ国王には強い者が求められるようになり、父親の跡を継いでマクシミリアン一世がローマ国王になったことなど、土台固めが出来過ぎなほどできているなと思いました。

・マクシミリアンの子供や孫が、スペイン、ハンガリーと二組結婚する二重結婚で結びつき、その後他の国王達が死亡することでまたその地の王になるということが相次いで、戦争によらず領地を拡大しているところが、ある意味痛快だと思いました。
「戦は他国にさせておけ。幸いなるオーストリアよ。汝は結婚せよ」という俚諺はまさにハプスブルク家のあり方をうまく表現していると思いました。

第2章 カール五世とその時代

・統一されたばかりのスペイン王にもなったカール五世の生きた時代は、宗教革命やフランスとの対立、オスマン帝国の侵攻など、変化の大きい時期でもあり、ヨーロッパの変化の時期でもあったのだなと改めて思いました。

・広大な領地の王となったカール五世が様々な地域に足を運び、その引退の時にはそれまで数多く兼任していた役職を辞職して余生を過ごしたというのは、当時にしてもかなり潔いあり方だったのではないかと思いました。

第3章 ウィーンとマドリッド

・オーストリアとスペインという離れた位置を兄弟で治めていたことから二系にわかれ、スペインの方が廃れていったというのは、イギリスに無敵艦隊が敗北したことなど、世界史のトピックが関連していて興味深いなと思いました。

・スペインがそれ以前から国力としては衰退していく傾向にあったこと、文化的にはまさに興隆しようとしていたことは、どこかプロダクトラフサイクルの導入期・成長期・成熟期・衰退期の成熟期に位置している企業・製品を思い起こさせるなと思いました。

・新教徒との30年戦争など、トラブルも抱えながらそれまで分割相続していたところを長子相続に変更するなど、領土の広さとしてはピークを超えてしまっているものの、それ以降も長く続くハプスブルク家の土台ができているなと思いました。

第4章 マリア・テレジア女帝

・長子相続を決めた背景に、マリア・テレジアに跡を継がせる意図があったこと、実際に継がせたときは周囲の反発があったこと、プロイセンのフリードリヒ二世にシュレージェン地方を奪い取られることなど、マリア・テレジアの時代にも特有の問題が起きて大変だっただろうなと思いました。

・大変な中で、人材登用で内政を充実させ、外交によって周囲との関係を改善し、戦争でも戦い抜いたというマリア・テレジアの精力的な活動はすごいなと思いました。更に、その政務をこなす一方で20年間に16人の子供を産んでいたというのは驚きだなと思いました。
また、シェーンブルンの宮殿で子供たちの稽古事を見るなど、母親としての活動も厚かったというのは、よほど時間管理もできていたのかなと思いました。

第5章 会議は踊る

・マリア・テレジアの息子ヨーゼフ二世とレーオポルト二世が早く亡くなり、レーオポルト二世の優秀な子どもたちのなかで唯一平凡な長男のフランツ二世が皇帝になり、更に神聖ローマ帝国からオーストリア帝国に名称を変更し、ナポレオン戦争を経てウィーン会議が始まるなど、この時代もまた激動の時代だなと思いました。

終章 民族主義の嵐のなかで

・フランツ二世の息子フェルディナント一世が無能力者のまま帝位につき、その後甥のフランツ・ヨーゼフが帝位について19世紀、20世紀初頭の長い間政務に就いたことが書かれていました。
フランツ・ヨーゼフが妻のエリザーベトを愛しながらもエリザーベトは旅に出続け、ついには旅先で亡くなったこと、弟のマクシミリアンはメキシコ皇帝に祭り上げられて現地の反乱で殺されたこと、長子のルードルフが自殺したことなど、身内の死が相次ぎ、唯一の後継者候補となったフランツ・フェルディナントとは意見が合わず、ついにはサライェヴォで暗殺されて第一次世界大戦の引き金になるなど、苦労続きの人生だなと思いました。

○つっこみどころ

・著者の主観や人物の好き嫌いがかなり混じっていそうで、歴史としての正確性は微妙なところもありそうだなと思いました。
だからこそ読み物として面白くなっているのでマイナスとも言えないかもしれませんが。