【免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か】レポート

【免疫と「病」の科学 万病のもと「慢性炎症」とは何か】
宮坂 昌之 (著), 定岡 恵 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4065144345/

○この本を一言で表すと?

 免疫の構造や仕組みについてと慢性炎症の要因とその影響について触れた本

○よかったところ、気になったところ

・ところどころにわかりやすい図やイラストが掲載されていて、理解しやすくする工夫がされているなと思いました。

・同じ著者のブルーバックスの著作は新しいほど理解しやすくなっていて、最初に出たこの本は一番内容が難しいと思いました。
読むのが大変でしたが、その分具体的な免疫の働きや炎症のメカニズムについて知ることができる本でした。

・慢性炎症が万病のもとだということ、生活習慣病と結びついていること、肥満の時点で既に慢性炎症担っていること等、不摂生をしている身としては恐ろしい内容でもありました。
以後、より気をつけようと具体的な知識面からも考えられるようになる本だと思います。

第1章 慢性炎症は万病のもと

・炎症症状の四兆候「発赤」「腫脹」「熱感」「疼痛」は2000年前の古代ローマのケルススの「医学論」で記載されていて、現代医学でもこれを学んでいるというのはすごいなと思いました。

・慢性炎症は、血管の透過性を高め、白血球を通りやすくするという体を守るための炎症の仕組みが過剰に働き、炎症性サイトカインが作られ過ぎて全身に広がることや、組織の線維化が起こることから、「サイレント・キラー」「シークレット・キラー」と呼ばれ、万病のもとになっているそうです。

第2章 炎症を起こす役者たち

・炎症を起こす要因がそれぞれ説明されていました。免疫を司る白血球の多くの種類がそれぞれ様々な役目を果たし、その役目の一部で炎症を起こしているそうです。

・白血球の種類別にそれぞれ詳しく解説されていました。好中球、好塩基球、マスト細胞、好酸球、単球、マクロファージ、樹状細胞、NK(ナチュラルキラー)細胞、リンパ球、自然リンパ球、NKT細胞など、同じ白血球でも全く異なる働きをもったものがあるそうです。

・白血球以外でも、組織にはじめから存在する組織固有の細胞である、組織の表面を覆う上皮細胞、上皮細胞の下にいる繊維芽細胞、血管の内側を覆う内皮細胞、内皮細胞の外側の平滑筋細胞などが、異物の侵入を感知してサイトカインを作り、炎症に関与しているそうです。

・体内や皮膚の表面に棲み着いている細菌によって構成される常在細菌叢も、炎症に関与しているそうです。
他の最近の侵入を防ぎ、炎症を防ぐ方向に働いているそうで、抗生物質を生後6ヶ月以内に与えられ、常在細菌叢を除去された子供はアレルギー発症率が有意に高くなるなど、大事な役割を果たしているそうです。

第3章 慢性炎症はなぜ起こる?

・炎症が起こる仕組みとして、病原体センサーが感知するPAMP(病原体関連分子パターン)とDAMP(傷害関連分子パターン)があり、PAMPは非自己成分、DAMPは自己成分で、DAMPは体内で発生し、このDAMPをうまく除去できないと不要な炎症が発生するそうです。

・炎症の仕掛け人として、「インフラマソーム」の説明が詳しくされていました。
PAMPやDAMPによる刺激を受けると、NLR・アダプタータンパク質・カスペース1前駆体が結合して巨大なインフラマソーム複合体が形成され、インフラマソーム複合体で活性型カスペース1が作られ、活性型カスペース1が炎症性サイトカインのIL-1やIL-18を活性化させ、炎症に繋がる、という仕組みで炎症が発生しているそうです。

・インフラマソームが異常に活性化すると、自己炎症性疾患と呼ばれる様々な疾患になるそうです。
痛風もインフラマソームの異常活性化が原因で、動脈硬化・悪性中皮腫・糖尿病・アルツハイマー病もインフラマソームの活性化により引き起こされるそうです。

・自然免疫のブレーキ役として、抗炎症性脂質(EPAやDHAなど)、抗炎症性マクロファージ(2型マクロファージ)、Mreg細胞(制御性ミエロイド細胞)が挙げられていました。
EPAやDHAが豊富な魚を摂取すると野菜をあまり取らない文化でも慢性炎症による動脈硬化等になりにくくなるそうです。
正常な細胞には抗炎症性の2型マクロファージが多いそうですが、肥満が進行すると炎症性の1型マクロファージの割合が高くなり、慢性炎症に繋がるそうです。

・獲得系免疫のブレーキ役として、制御性T細胞、アナジー、チェックポイント分子群が挙げられていました。
Tリンパ球の働きを止めるアナジー(不応答)という仕組みがあり、過剰な攻撃を抑制しているそうです。
免疫を強めたり弱めたりする命令を伝える免疫チェックポイント分子というものがあり、がん細胞が自身に対する攻撃を抑制するためにも利用されるようですが、更にその利用を防ぐ抗体を投入するとがんを攻撃できるようになるそうです。

第4章 慢性炎症が引き起こすさまざまな病気

・慢性炎症によって引き起こされる病気について個別に説明されていました。

がん

・胃がんについてはピロリ菌ほど、肝臓がんもHBV(B型肝炎ウイルス)やHCV(C型肝炎ウイルス)ほど、明確に慢性炎症との関連性は分かっていないようでが、何らからの関連性はありそうとのことです。

・がん全般と慢性炎症の関連性については研究が進んでいて、慢性炎症により局所的に組織が傷ついた後、その再生過程で遺伝子突然変異が起こりやすくなり、がん化しやすくなるそうです。
がんの原発巣から炎症刺激によってがん細胞が離脱し、血液やリンパの流れによって運搬され、転移することもあるそうです。

肥満、糖尿病

・マウスでの実験で、高カロリー食接種後5日後には脂肪組織に炎症が見られ、マクロファージが活性化し、炎症性サイトカインを作らせて炎症を起こし、インスリン抵抗性も見られるようになり、慢性炎症と肥満・糖尿病が関連するメカニズムが良く分かっているそうです。
獲得系免疫機能の中で炎症を抑える働きをする制御性T細胞も高カロリー食摂取マウスでは減少が見られたそうです。

脂質異常症、心筋梗塞、脳梗塞

・高脂血症と以前言われていた症状は、現在は脂質異常症と呼ばれているそうです。
脂質異常症から動脈硬化に繋がり、血管内皮細胞が炎症のために傷み始め、血栓ができると心筋が血流不足になり、心筋梗塞に繋がり、濃への血流不足になると脳梗塞に繋がるそうです。

・LDL(低比重リポタンパク質)コレステロールとHDL(高比重リポタンパク質)コレステロールのうち、LDLコレステロールは血中で濃度が高まると血管の壁に染み込んで化粧として血管壁に溜まるようになり、インフラマソームを活性化して炎症に繋がるそうです。
HDLコレステロールは余ったコレステロールを回収する役目を果たすため、濃度が低くなると同様に慢性炎症の原因になるそうです。

肝炎、肝硬変

・肝臓の組織全体で線維化が起こりることが肝硬変に繋がるそうですが、線維化の原因は炎症が起こることなのだそうです。
肝炎にはウイルス性肝炎、アルコール性肝炎、非アルコール性脂肪性肝炎があり、非アルコール性脂肪性肝炎の割合が増加しているそうです。

アトピー性皮膚炎

・「アトピー」とはアレルギーを起こしやすい体質、あるいはIgE抗体を作りやすい体質のことなのだそうです。

・生育期にウイルスにさらされているとアトピーになりにくいという衛生仮説が巷で信じられていて、不潔な環境で育つとアレルギー症状が少ないと考える人が多いそうですが、肯定する実験結果と否定する実験結果があり、はっきりと関連するとは言えないそうです。

・アトピー性皮膚炎では、リンパ球が炎症性サイトカインを放出することが炎症の原因らしいですが、皮膚で刺激を受けたリンパ球は皮膚に戻ってくる組織特異的リンパ球ホーミングとよばれる現象があり、再度炎症を引き起こすこと、痒みがあるため、掻いて刺激されるとまた炎症性サイトカイン産生のメカニズムが動くこと等、複合的な理由で炎症が長引いてしまうそうです。

喘息

・喘息の発症に対してA20タンパク質が炎症を抑制する役割を果たすらしく、A20遺伝子に異常がある人は喘息が発生しやすい傾向があるそうです。

・喘息が悪化するメカニズムとして、アレルゲンが気道上皮細胞に触れると病原性メモリーTh2リンパ球ができ、健康な気道粘液にも遷移し、炎症が悪化させる、というものがあるそうで、そのメカニズムのどこかにアプローチすることで喘息を抑える研究が進められているそうです。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)

・慢性閉塞性肺疾患は以前は肺気腫と呼ばれていたそうですが、タバコの煙が原因でなることが多く、煙に含まれる微粒子が肺に入って炎症を起こすことでなる病気だそうです。
この病気を発症すると対症療法しかなく、特効薬はないそうです。
大気汚染との関連も指摘されているそうで、中国から偏西風に乗ってやってくる黄砂やPM2.5もこの病気の増加に繋がると考えられているそうです。

特発性肺線維症(IPF)

・特発性肺線維症は、肺の間質に持続的に炎症が起こって線維化することによって起こる肺線維症の中でも、喫煙、高温の油、粉塵などを吸い込むことによってなる症状だそうです。
微粒子が肺胞壁を傷つけ、その修復のためにコラーゲンが間質で作られ過ぎて溜まっていくことが病気の原因になっているそうです。
COPDと同様に有効な治療法はなく、急性憎悪が起こると8割の患者が死亡し、一度改善しても平均6ヶ月以内に亡くなるそうです。

関節リウマチ

・関節リウマチは関節で免疫細胞が体の成分を攻撃するために炎症が起こり、そのために関節が腫れて痛む病気だそうです。
関節リウマチは炎症を起こした関節滑膜でTh17リンパ球がIL-17というサイトカインを作り、IL-17がマクロファージに働いて炎症性サイトカインを作らせ、滑膜の繊維芽細胞に働いてRANKLという破骨細胞を活性化させる、というドミノ倒しのようなプロセスで悪化していくそうです。

老化、認知症、アルツハイマー病

・老いた細胞はSASP因子という生体に不利益なことを起こす物質を産生し、細胞老化をいっそう進めるとともに、免疫細胞を呼び寄せて炎症状態を作り出すそうです。
老化細胞ではDNA分解酵素の量が減っているためにこの働きを止められないそうです。

・日本の認知症の原因の2割は血管型だそうで、脳梗塞と同じ原因で発症するそうです。
6割以上はアルツハイマー型認知症で、原因不明なものの、アルツハイマーの患者の脳ではアミロイドβというタンパク質が脳に蓄積して老人斑を作っていることが多く、何らかの関係があると見られているそうです。
炎症性サイトカインが血中に多い患者はそうでない患者に比べて認知機能の低下が著しく、何らかの関係性が考えられるそうです。

うつ病

・うつ病は炎症と関連があるという説とないという説の両方があったそうですが、デンマークの研究者グループが7万人以上を対象にうつ病傾向と炎症性マーカーであるhsCRP値を調査し、有意に相関しているという結果が出ているそうです。
マウス実験では脳内炎症がうつ病症状に繋がった結果が出ていて、確実ではないものの関連があるものとして、炎症を標的としてうつ病を治療する方向の研究が進められているそうです。

多発性硬化症

・多発性硬化症は免疫細胞が中枢神経系に入り込んで炎症を起こすために起こる病気だそうです。
自己免疫疾患だと考えられているものの、その抗原等はまだ分かっておらず、根本治療ができる薬はまだ開発されていないそうです。

クローン病

・クローン病は日本でも指定難病とされている、口から肛門までの消化系で炎症や潰瘍を起こす病気だそうです。
原因はまだ分かっておらず、遺伝因子、環境因子、免疫異常の三つの要素は少なくとも関連しているということは分かっているそうです。

潰瘍性大腸炎

・潰瘍性大腸炎は日本でも指定難病とされている病気で、食事の西欧化とともに患者数が増加しているそうです。
大腸にびらん(ただれ)や潰瘍を起こす症状が出て、まだ原因が分かっていないそうです。

第5章 最新免疫研究が教える効果的な治療法

・第4章で紹介された慢性炎症によって引き起こされる病気の治療法が述べられていました。
病気の症状のもととなる物質や白血球の動きに作用して、炎症になるプロセスのどこかを止める方向の解決策が多かったように思います。
一方で、元々は炎症になるプロセスが体を守る仕組みでもあるため、それを止めることによる副作用があることも書かれていました。
最新の研究により病気に至るプロセスがより詳しく分かってきたため、副作用がほとんどない形での治療も可能になってきているものの、そういった治療法はかなり費用がかかるのだそうです。

第6章 慢性炎症は予防できるのか?

・貝原益軒の「養生訓」の内容が適切で、日頃の生活習慣が重要だと説かれているそうです。
心を穏やかにして平常心を保ち、睡眠をとりすぎず、食後すぐに寝ず、食事も酒も色欲もほどほどに、食後にはほどほどに体を動かし、病気になってから薬や鍼に頼るのではなく、健康な時に節度ある生活をすること、という内容が書かれているそうで、貝原益軒は当時の平均寿命が50歳未満のところを80歳以上生き、亡くなる間際まで元気だったそうで、なかなか説得力がありそうです。

・慢性炎症は環境によるところが大きいそうですが、遺伝的になりやすい・なりにくいということも間違いなくあるそうで、発症に家族性の要因もあるため、家系の中にがん患者がいないかどうか等を調べておくのは有用だそうです。

・サプリメントや健康食品については、著者の感覚ではほとんど効果はなく、あったと見られてもほぼプラセボ効果ではないか、とのことでした。
その効果を裏付けるとされている論文を読むと、非常識な量をマウスに投入した結果の効果だったりして裏付けになっていないことも多いそうです。

・ストレスは間違いなく免疫系にとって最大の敵だそうで、また免疫系だけでなく神経系にも働いて様々な症状を起こすのだそうです。

○つっこみどころ

・慢性炎症を「ヌエ」に例えていますが、よくわからないものの例えとしてなぜ「ヌエ」を選んだのか、読み終えた後もよくわかりませんでした。

・第4章で書かれた各病気について、病気の説明はしっかりとされていましたが、慢性炎症との関連はそれほど詳しく説明されておらず、「万病のもと」という言葉の裏付けにはあまりなっていないように思いました。
本全体で「万病のもと」だとわかるようになっているとは思いますが。

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