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【神道入門 日本人にとって神とは何か】レポート

【神道入門 日本人にとって神とは何か】
井上 順孝 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4582853056/

○この本を一言で表すと?

 神道を宗教の面だけでなく社会学・民俗学などの面などからも分析し、分かりやすく説明した本

○面白かったこと・考えたこと

・神道を「見える神道」と「見えない神道」に分けて考えるというのはとても分かりやすい考え方だなと思いました。
「宗教」という言葉だとつい勝手に「信じるための論理があるのか」「信じるか・信じないかのどちらか」などの枠を設けてその枠の中で判断してしまいますが、この本を読んでもっと広い範囲で神道を考えることが初めてできたように思います。

・神道の成立過程やどのような他の宗教や考え方の影響を受けてきたのか、身近でマンガや行事やニュースなどでよく触れるものであるだけに頭の中でこんがらがってよく分からなくなっていましたが、この本ではその辺りの話がうまく整理されていてとてもすっきりしました。

・他の宗教との対比、全く共通点がなさそうなキリスト教と神道の共通点などが書かれていて、宗教全体の中での神道の位置づけも見えてきたように思います。
また分かりやすく親しみやすい例え(たとえば「こち亀」の話)なども随所にあってとても読みやすかったです。

・この本を読んでいて、思ったよりも自分の人生に神道が関わってきているのだなと思えるようなエピソードをいくつも思い出しました。

第一章 神道を伝える<回路>

・律令制度で刑法にあたる律は唐のものをほとんどそのまま導入し、令はかなり日本向けにカスタマイズしたという話を前に本で読みましたが、そのカスタマイズに神祇制度も入っているというのが興味深かったです。
律令制度の崩壊とともに神祇制度も弱くなり、神社を管理する主体が何度も変わって今に至るという流れは初めて知りました。

・神社の勧請・分祀の理屈を今までよく分かっておらず、「分けたら減る」という単純なイメージもあってそれは大丈夫なのかなどと考えていましたが、そういう話ではないのだなと思いました。

・日本史の本でたまに出てくる吉田神道が神道・儒教・仏教が究極的には一致するという三教一致思想で、神職の全国的な組織化を進め、人を神にまつることを推進したという話は面白いなと思いました。
現代の企業に置き換えると、「三教一致思想 = マーケティングターゲットを広げる」「神職の全国的な組織化 = チェーン化・フランチャイズ化」「人を神にまつることを推進 = スポンサー化」と、かなり先進的なことをやっているなと思いました。

・修験道が仏教なのか神道なのか、それとも別のものなのか、よく分かっていなかったのですが、最初は密教系から始まって、最初から神仏習合的な内容を含んで仏教とも神道とも言い切れない第三の宗教的な位置づけになり、神仏分離をしたかった明治政府が廃止を命令して仏教部分と神道部分に分かれたことが分かり、ようやく頭の中で整理できたように思います。

・元の神道から分かれていった教派神道を樹木型、高坏型にわけ、後者はかなりのごった煮状態でも一つの括りにしているというのは日本の宗教らしいなと思いました。

・教義がかなり神道と聞いて考えるイメージと異なる天理教や大本教も神道の括りに入っているのは面白いなと思いました。
何年か前に読んだ知的生きかた文庫の「この一冊で「宗教」がわかる!」では別の新宗教という括りで紹介していたので、分類の仕方や歴史的経緯などの観点からこの分類も変わるのかなと思いました。

・日本が海外に植民地等を拡大していった時に神道も拡大していったことは何となく想像していましたが、国策依存型と移民依存型の2種類があったこと、今でも残っている神社があることなどは初めて知りました。
新宗教系が海外進出をしている話は前に聞いたことがありました。

第二章 神道を伝えた<人々>

・神道が神社の人だけでなく、御師と呼ばれる伝道者や、支える存在としての氏子・崇敬者・浮動層、神職の仕組みやその変遷、大きな神社は何人も神職がいて、小さな神社は一人の神職が複数管理している話、社僧という神仏習合を体現したような立場など、いろいろな立場の人たちによって受け継がれてきた話は時代の変遷の中で神道が形を変えながらも今に続いていることがうまく説明できるなと思いました。

・女性の神職の話は、以前参加した異業種交流会で巫女の仕事をしている人に会って話を聞いたり、「ぎんぎつね」という神社を舞台としたマンガを読んだりして少しは知っていましたが、この本で上級職における女性の割合などの詳しいことを知れてよかったです。

・イスラム教におけるウラマーのように、神道にも教学者がいて、それが伊勢神道の提唱者だったり、本居宣長や平田篤胤などの国学者だったりする話はなるほどと思いました。
特に平田篤胤が神道の流れの中に仏教や儒教が含まれているという神道を上位に持ってくる考え方は、朝鮮にも日本の古事記のような神話がある中で日朝同祖論を持ち出して日本の神を上位に持っていった話にも少し似ているなと思いました。

・幕末以降の教派神道の教祖たちの来歴の話は、いろいろなエピソードがあって面白いなと思いました。

・神道系新宗教の特色の信徒が布教者としての機能も持つというのは何度か勧誘されたので思い当たります。

第三章 神道に込められた<情報>

・「神道には教えがない」と言う話はこの本に書かれている通り、私も何度も聞いたことがありますし、私自身もないとまでは言わなくてもかなり漠然としたものという印象は持っていました。そのように思われる理由として、教える役目を持った神職自身にその自覚がない人が多いというのは、確かにそういう印象があるなと思いました。

・第二章で神道を上位に持ってきた国学者の話に対して、元の本地垂迹説では仏教が上位にきて、神は六道のなかの天道でまだ迷妄の世界にいる、六道から既に抜け出すことができた仏が衆生のために仮の姿として神となる、という話は面白いなと思いました。

・神道では神とのかかわりが言語化されず、祭祀を通して伝えられ、またかかわりを持ったというのは、確かにそうだなと思いました。

・神々がそれぞれ専門を持っていて、人々はその専門分野に応じて祈る神を選んだというのは、多神教独特の話として当然のように思っていましたが、キリスト教でも唯一神の代わりに守護聖人が分業体制になっているといて、ある意味神道とも共通しているという話は意外で面白かったです。

・日本の神は祟る神で、神と鬼は表裏一体という話は知的生きかた文庫の「この一冊で日本の神々がわかる!」で詳しく書かれていましたが、それを旧約聖書の神と比較して考えているのは新鮮に思いました。

第四章 「見えない神道」と伝統的な伝達回路

・宗教にかかわるものを「宗教メーカー」と「宗教ユーザー」に分類して一般的に宗教学は「宗教メーカー」側で語られること、神道は「宗教ユーザー」側の視点で見ていくと民俗学や社会学などの分野から伝達経路等を明らかにしていけるというのは面白い視点だなと思いました。
その伝達経路のうち代表的なものが、家庭、地域社会、会社・企業、学校教育、友人・知人のネットワーク、マスメディアだという分類も、神道以外の文化などについても考えることができそうで興味深いなと思いました。

・神前結婚式のスタイルは1900年の大正天皇の結婚式をきっかけに広まったもので実は近代的なものだという話は意外でした。

・いわゆるお祭りに神道を意識して参加している人はほとんどいないですが、その祭自体が神道を緩やかに支えているという話は、建前上の根拠としてメインではないもののどこか頭の片隅に残るような形で続いているのかなと思いました。

・神々との共食という意味のある神道の直会が祭の後で行われるもので、その厳粛な祭の後で行われる解放された宴会のようなものが、今の何かイベントをやった後に打ち上げということに繋がっているという話は面白い考え方だなと思いました。

・日柄方位の謂れは時代によって少しずつ変わってきたものだということ、仏滅などの六曜は14世紀に日本に伝わってきて、仏滅だけでも「空亡⇒虚亡⇒物滅⇒仏滅」と変わってきたという話は、意外に新しく、しかもそれほど深い意味がないということがむしろ面白いなと思いました。

・丙午の年に生まれた女性は男を食い殺すという江戸時代の俗信から丙午の年には子供をできるだけ生まないという習慣に繋がり、その丙午にあたる1966年はその前年と後年から約25%少ない出生数という話は、そういった見えない習慣が大きく表れた面白い事例だなと思いました。

第五章 近現代に登場した回路

・誰もが知っている大企業の中でもご利益の為や社名がらみで神社を祭っていたり、証券会社の社員が株式市場が始まる一月四日に兜神社に参拝する習慣があったりするという話は面白いなと思いました。
こういった習慣は効果があるかどうかを疑っていてもやめたときにどうなるかがわからないから続ける、という要因も働いているような気がします。

・神道系の学校は他の宗教に比べても少ないけれど、修学旅行などで行く先では神社が選ばれることが多いという話は、言われてみればそういう形で教育の場において神道に繋がっているのだなと気付きました。

・知人・友人のネットワークにおいて、タブーのやり取りや言霊信仰がネット社会の今になってもゆるやかに「見えない神道」を支える仕組みになっているというのは面白い考えだなと思いました。

・言霊の話で、猿は去るに繋がるから得て公・エテ公と言い換え、「こち亀」の舞台の亀有は亀梨からの言い換え、スルメは擦る目につながるからアタリメ、などの事例はそんな理由から今でも使われている名前や呼び名に繋がっていることが面白かったです。

マスコミで霊能祈祷師などが登場することで、それを信じる・信じないに関わらず前提となる神道の存在を意識するというのはなるほどと思いました。