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【新版 歎異抄―現代語訳付き】レポート

【新版 歎異抄―現代語訳付き】
千葉 乗隆 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4043590016/

○この本を一言で表すと?

 念仏原理主義のすすめ

○考えたこと

・日本史の教科書で必ず出てくる親鸞の考え方や言行、浄土真宗を打ち立てた人の考え方が分かってよかったです。

・「他力本願」を徹底的に追求していて小気味良いくらいだと思いました。自力救済の徹底的な否定は、ある意味原理主義的ですらあるなと思いました。
すべて神の思し召しとする、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のような一神教と、阿弥陀仏が全てを救済するとする絶対視が結構似ているなと思いました。

・第九条で念仏を唱えても心躍らないし、浄土に急いで行きたい気持ちも起こらないという唯円の悩みに親鸞も同意するというエピソードは、開祖の親鸞自身も一信者としての立ち位置にいるという心構えを示していて宗教の教祖らしくないなと思いました。
自分が書いた書物を死ぬ前にすべて焼き捨てた時宗の一遍にも似ているなと思いました。

・第十三条の「往生のために千人ころせといはんに、・・・」の話や「くすりあればとて、毒をこのむべからず」の話は新約聖書の山上の垂訓に似ているなと思いました。

・後篇の唯円の世間一般の教えに対する批判の指摘は、他力本願を大原則として論理的な構成になっていて、明快で分かりやすいなと思いました。
中世以降の宗教間や宗派間で互いの教義を文書同士で戦わせていたという流れの中でこのように説得力がある文書をかけたというのは、当時の唯円(もしくは他の歎異抄を書いたとされる人)の頭の良さがわかるなと思いました。

・本願寺蓮如の写本が最古の写本らしいですが、禁書にしたその人の物が最古ということは、もしかしたら蓮如自身が処分させたのかもしれないなと思いました。
一向一揆や本願寺顕如の織田信長への抵抗など、浄土真宗を信じる者を統合し、命令を下した者たちが戦国時代の最後の方まで残っていたことと、親鸞の「自分の弟子はいない。みな仏の弟子である」という考え方はすごいギャップがあるなと思いましたが、浄土真宗を立て直した蓮如が歎異抄を禁書として教団のトップに立ったというのは宗教指導者として優れていたのだろうなと思います。

○参考にならなかった所、または突っ込みどころ

・裏表紙に「悪人ですら極楽往生ができる。」と書かれていますが、歎異抄の第三条と真逆のことが書かれています。
出版社の方が書いた記載だと思いますが、内容を読んでいないことが丸わかりだなと思いました。