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【グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ】レポート

【グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ】
デイヴィッド・ミーアマン・スコット (著), ブライアン・ハリガン (著), 糸井重里 (監修), 渡辺由佳里 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4822248526/

<PART ONE  THE BAND>

○Chapter1 ユニークなビジネスモデルを作ろう

 グレイトフル・デッドは、当時活躍していたほかのロックバンドと正反対のやり方で利益をあげた。(ツアーをアルバムの販促ではなく、収入源とした。)
⇒ビジネスモデルの革新は製品の革新と同じかそれ以上に重要。(レンタルチェーン店とオンラインDVDレンタル、レンタカーとカーシェアリング、家庭のガレージセールとネットオークション、Yahooのバナー広告とGoogleの検索広告、「ル・ラ・ラ」・・・オンラインで時間制限性の高級ブランドディスカウントの場を提供)
⇒自分が戦いやすい土俵を作る:ライバルとは違うことを考える(環境の変化等を捉えて、ビジネスモデルを変化させる)。助言を求めるなら自分とは違う業界の切れ者がいい。

○Chapter2 忘れられない名前を付けよう

 「グレイトフル・デッド」は結成時の名前が他のバンドと同じだったので新しく考えたバンド名。いろいろ候補を考えたが決められず、国語辞典を開いてテキトーに指差した名前。忘れられない印象的な名前だということで決定。
⇒個性的で忘れられない名前は組織の大切な資産となる。たいてい名前を付けるのは商品の開発に携わった人だが、機能で名前を付けるとインパクトがなく、ライバルの商品と差別化できない。
⇒Google等の検索サービスで自社サイトが最初のページに現れるような名前でなければボツにすべき。ありふれた名前を少しだけ変えるなどの造語でもOK

○Chapter3 バラエティに富んだチームを作ろう

 グレイトフル・デッドのメンバーは幅広い経歴の音楽家が集まっていた。ベーシストは元々トランペット奏者で、実地でベースの演奏を身に付けた。
⇒変化が激しい今日では、ユニークな才能を持った個人で構成された多様性のあるチームが必要。(デジタルの女王ジュリア・ロイはファッション業界とは全く関係がなかったがCOACHに招かれ、ソーシャルメディアを駆使してマーケティングを実践)
⇒マーケティング・チームを「自社やその製品を消費者に見つけてもらうことを職務とする人」「自社や製品について改心(ファンにする)してくれるように働きかける人」「数字を分析してより良い決断を下せるための援助をする人」

○Chapter4 ありのままの自分でいよう

 グレイトフル・デッドのメンバーは服装も気取らずむさ苦しいひげ面でステージに現れるスタイルを長年変えなかった。台本も全くなしで、メンバーはよくミスをしたり、曲に入り込めずに途中でやめたりしたが気にしなかった。
⇒世間は過ちに対して驚くほど寛容であり、透明性を確保できればほとんど問題とされない。社員がブログを書いたりソーシャルメディアのツールを使うのを止めず、企業の姿をそのまま伝えた方がいい。(セールスフォース・ドットコムが機能停止のアクシデントが起きた時、ライバルは同社の悪口を言い立てたが、同社は状況をすべて開示し、顧客からの信頼を得た)
⇒社員が自社についてブログやソーシャルメディアに書くことを勧め、利用法などの勉強会を社内で開催したり、外部の人に学んだりすべき。プレスリリースも読んだ人に伝わりやすいように書き、過ちを犯したら素直に認めること。

○Chapter5 「実験」を繰り返す

 グレイトフル・デッドは全部で2,300以上のライブを開催したが、即興による演奏スタイルを取ったため、それぞれまったく違う内容だった。いろんな楽器を試し、失敗から学びつつ、挑戦し続けた。
⇒変化の大きい今の時代にマーケティング担当者はリスクを取らず保守的になっている。逆にガンガン挑戦すべきで計画立案サイクルも短期化して変化に備えるべき。(DropBox・・・マーケティングにお金をつぎ込んでも効果が上がらない中、既存の利用者が知り合いにサービスを紹介していることに気付き、利用者からの紹介システムや利用者同士のファイル共有を組み込んだ)
⇒マーケティング部門はもっと実験すべき。月ベースで企画し、翌月の20%は実験であるくらいがちょうどいい。

○Chapter6 新しい技術を取り入れよう

 1974年に35万ドルと8年間をかけて22万6,400ワットの電力を使う「音の壁」を開発し、ライブに使用した。1980年代にはNASAで開発した高調波分析器をライブの機材として使用した。ザ・デッドになってからもiPhoneのアプリケーションを活用した。
⇒多くの企業ではすでによく使われている技術すらついていっていないことが多い。むしろ積極的に阻んでいる。ソーシャルテクノロジーなどの技術を取り込むことでクリエイティブなプロセスを促進すべき。(アメリカ国防総省でも2010年に新しいメディア技術に関する公式ポリシーを公開し、ソーシャルメディアによるコミュニケーションを許容した)
⇒自分の組織のガイドラインを、大組織のポリシーなどを参考にして作成し、ソーシャルテクノロジーの使用方法について語り合い、そのための企業文化を作り上げる。

○Chapter7 新しいカテゴリーを作ってしまおう

 グレイトフル・デッドは音楽ジャンルの境界を超えて独自のサウンドを作り出し、他のバンドとは異なる存在になった。
⇒既存の業界の枠の中だけで取り組みを始めると、他と区別がつかず、競争に巻き込まれ、新しい枠のビジネスが現れると崩壊することがある。(レンタルDVD大手のブロックバスターはオンラインDVDレンタルの会社が現れると傾いた)(YコンビネーターはVC業界の常識を覆し、起業家を成長させることで投資額を回収することをメインとした独自のカテゴリーを作った)
⇒自社の商品やサービスに「取って代わるもの」は何かも考えてみて、それを合体させたり組み合わせたり競わせたりすることで従来の境界線がガラッと変わることもあるかもしれない。

<PART TWO  THE FANS>

○Chapter8 変わり者でいいじゃないか

 グレイトフル・デッドは自分たちが変わり者でいることで、ファンにも風変りであることを奨励し、クリエイティブに表現する機会を与えた。
⇒他人とは違う「例外的な存在」になるために、お金をさらに払ってくれる人は多い。(アップルは自社の製品を買う人の「ひととなり」を分かっていて、それを前提とした営業を実践。ニュー・ベルジャン醸造会社は自転車で西部各都市を巡る自転車ツアー「ツール・ド・ファット」を開催し、変わり者を集めたコミュニティを作ることで1991年の創業から急成長。)
⇒ウェブサイトに個性を取り入れ、他と似ている退屈なコンテンツを外す。独自のものを目指し、よそと違えば目立つ。

○Chapter9 ファンを「冒険の旅」に連れ出そう

 グレイトフル・デッドは1960年代から会報を発行し、ソーシャルネットワークがない時代から似たような文化のデッドヘッズ(グレイトフル・デッドのファンコミュニティ)を作りだした。普通なら出会わない人たちを結びつける場を作り、「グレイトフル・デッド体験」をファン自身が決めるようにした。
⇒コミュニティこそが自分たちが何者であるかを決める。企業は自分たちの考えを顧客に押し付けることはできない。(バートン・スノーボード・・・スノーボードを発明し、コミュニティを作ってスキー場にアクセスし、世界中で受け入れられるようになった。)
⇒顧客に一方的なメッセージを押し付けるのをやめ、インターネットで自社について好意的に語ってくれる人のブログのリンクを自社サイトに貼って紹介したり、自分からコミュニティに入って定期的に交流したりした方がいい。

○Chapter10 最前列の席はファンにあげよう

 グレイトフル・デッドはライブのチケットを自分たちで管理し、ツアーの情報をファンに真っ先に知らせ、最も良い席を取れるようにした。
⇒配慮と敬意をもって顧客に接することが情熱的なファン層を築く秘訣。(ケーブルテレビや雑誌の定期購読などは新しい顧客を割引などで優遇して忠誠心ある顧客を遠ざけている。)(バラク・オバマ米大統領は主流メディアが報道するより前にツイッターアカウントで重要な情報を知らせた。)
⇒忠実なファン・グループの情報をデータベース化し、優先的にコミュニケーションを取ることを考える。特別なイベント等を企画して、忠実なファンに真っ先に知らせる。

○Chapter11 ファンを増やそう

 グレイトフル・デッドは音楽業界でいち早くデータベース・マーケティングを取り入れたバンドだった。熱心なファンのためのホットラインを用意し、電話すれば録音でツアーの最新情報とライブの日程が聞けるようになっていた。インターネットが利用できるようになると、サイトの立ち上げ、電子メールの会報などにいち早く取り組んだ。
⇒顧客や消費者と個人的なつながりを作り、連絡を取るために最新の技術を利用することが大事。(今ならメーリングリストだけじゃなく、フェイスブックやツイッターなどもフル活用すべき)
⇒サイトやブログなどを通して自社について知ってくれる「リーチ」を増やすことが重要。登録者数などを管理して伸ばすことを真剣に考えていくべき。

<PART THREE  THE BUSINESS>

○Chapter12 中間業者を排除しよう

 グレイトフル・デッドは中間業者を排除して、ファンにチケットを直接販売する手段を取った。そのため、チケット代金の高騰などを防ぎ、ファンの手に届く価格を保持できた。
⇒中間業者が生産者より消費者に近いため、利用するメリットがあったが、インターネットがこの考えをひっくり返した。今の時代は、どの生産者でも直販モデルを検討することができるようになっている。
⇒業界で当たり前になっている流通モデルを疑ってみること。中間業者はユニークな価値を製品に提供できなければ今後は生き残れない。

○Chapter13 コンテンツを無料で提供しよう

 グレイトフル・デッドはファンに録音を許した。録音するファンを「テーパー」と呼び、高い音質で録音できる専用の場所を用意した。自分たちの音楽を無料で開放することでファンに音楽が共有されることになり、さらにファンが増えた。1999年にザ・デッドはライブ演奏の無料ダウンロードを初めて許したバンドになった。
⇒コンテンツを無料で提供することで「リーチ」が増え、最終的に収益を拡大できる。(MySQLはデベロッパーにGNU GPL方式により無料でソースコードを提供し、自分の製品を無料で提供したくない顧客に商業用の有料のライセンスを販売している)
⇒自社製品でなく、自分の業界について、読んだ人が知り合いに教えたくなるような分析記事を書くことや、使いたくなるアプリなど、優良なコンテンツを公開すれば、より多くの人が訪問してくれるはず。

○Chapter14 広まりやすくしよう

 グレイトフル・ヘッドはテープをコピーしたり二次創作したりすることを商業目的で録音を販売しない限り許した。テープ自体が広告になり、さらにファンが増えた。
⇒価値のあるコンテンツを無料で開放し、ソーシャルメディアのサイトで共有しやすくすれば「大量のリーチ」が見込める。
⇒告知ページや電子メールなどでソーシャル・シェアリング・ボタンを付けまくればバイラルする可能性が高まる。

○Chapter15 フリーから有料のプレミアムへアップグレードしてもらおう

 グレイトフル・デッドはライブをタダで録音することを奨励しているが、より品質の高いものを求める人のために自分たちで録音したものを直接販売している。今ではザ・デッドはライブを自分たちで録音したものをライブ後に受け取れるようにしている。
⇒あまり価値がないものを無料で提供しても効果はない。魅力ある無料のものを提供しつつ、さらに魅力のあるものを有料で販売する。(AmazonのキンドルはiPhoneやiPad用のソフトを無料で売りつつ、画面が大きくバッテリーが長持ちする専用端末を有料で提供している。)
⇒リアルな製品やウェブ上では供給できないサービスを販売するビジネスでも、スマートフォンなどで提供できるアプリを検討するとよい。

○Chapter16 ブランドの管理をゆるくしよう

 グレイトフル・デッドはアルバムや広告、会報などでも即興演奏のようなスタイルを取った。
⇒ウェブサイトやソーシャルメディアのページをデザインするときは会社のデザイン基準から逸脱していても許してあげるとよい。ブランドをゆるめることで会社は個性を表現でき、柔軟に対応する能力を得ることができる。(GoogleのDoodle・・・ちょっと変わったロゴデザインで自社を表現)
⇒自社のデザイナーにブランド要素で遊ぶ余地を与える。規制のために戦うよりも、外部の人のクリエイティブなコンテンツを活用する。デザイナーに対して新しいアイデアを出させる。企業イメージは保ったままで。

○Chapter17 起業家と手を組もう

 グレイトフル・デッドは、ライブ会場で行商人が勝手にバンドのロゴを使った商品を販売することを許し、ライセンス料を払ってくれればパートナーとして扱うことにした。
⇒自社のブランドを使って収入を得たい個人事業者や新興企業がいたら提携を検討する。(Amazonは「アフィリエイト」と「アマゾン・アソシエイト」で他のブロガーや業者を巻き込んで成功した。)
⇒類似商品を提供する企業を責める前に、お互いに提携できるかどうかを模索するとよい。

○Chapter18 社会に恩返しをしよう

 グレイトフル・デッドは初期から慈善事業などに寄付し、1983年に「レックス基金」を設立して焦点を絞って慈善活動を行った。
⇒行き当たりばったりの寄付でなく、一貫性がある継続的な社会への恩返しが重要。(ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・・・マクドナルドが設立した子供が入院している病院の近くで滞在できる施設を設立する活動)
⇒自社のイメージと一致するような、社会に恩返しする方法を選び、今すぐに始める。

○Chapter19 自分が本当に好きなことをやろう

 グレイトフル・デッドは自分たちがやっていたことが本当に好きだったからやり通し、成功した。
⇒情熱を抱けない「職業」を選ぶのではなく、本当にやりたい「仕事」を選び、自分自身の夢を生きることが大事。(ビル・ゲイツはコンピューターオタクからマイクロソフトを立ち上げ、新しい情熱をもって「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を設立した)
⇒現在の「仕事」が嫌いなら、それを変える努力をすること。2ヶ月がんばっても変えることができなければ新しい情熱を探すこと。求人欄で自分に合った仕事を探すのではなく、会社に自分のやりたい仕事を作ってもらうように説得するとよい。