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【危機の二十年――理想と現実】レポート

【危機の二十年――理想と現実】
E.H.カー (著), 原 彬久 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4003402219/

○この本を一言で表すと?

 戦間の時代をユートピアニズムとリアリズムの2軸から考察した国際政治学の本

○考えたこと

・E.H.カーの本は「歴史とは何か」しか読んだことがありませんでしたが、「歴史とは何か」はいろいろな本で参考文献になっていたり、評価が高かったりする割にはあまり中身がある本とは思えませんでした。
「危機の二十年」は第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の特異な時期をいろいろな面から考察されていてよかったです。

・今の時代の政治においても該当するような、原理原則のようなものが書かれていて今の時代と危機の二十年を比較しながら国際政治学について考えることができたように思います。

第一部 国際政治学

・楽観的なユートピアンと現実的なリアリストの対比とその間を揺れ動く戦間の二十年だったことが書かれていました。
それぞれの立場から、自由意志と決定論、理論と現実、知識人と官僚、左派と右派、倫理と政治などの対立しそうなものを書き出し、またどちらの側だけでも駄目だというこの本全体でも主張されていることが概観できました。

第二部 国際的危機

・ジェレミー・ベンサムの「最大多数の最大幸福」や世論への信頼がユートピアの側に立っているという考え方は面白いなと思いました。
個人の最大利益と共同体の最大利益が当然一致するという利益調和論のシンプルなモデルがあるだけで確かに目指したい個人利益があるべき全体の利益に繋がる話になるというのは、確かに明るい未来が描けそうな理論だと思いました。
この利益調和論から自由競争を容認するというのも理論的には問題なさそうですが、現実として利益衝突が起こり、国家内でも国家間でも大きな格差が生じたというのは、ある意味当然で、ある意味では当時の利益調和論支持者にとっては衝撃だったのかなと思いました。

・当時大きな力を持っていたイギリスとアメリカというアングロサクソン国家が力を持っていたからこそ「イギリス(アメリカ)にとってよいことは世界にとってよいこと」と言え、そしてそれが力によって生まれる余裕からある意味で正しいというのは面白い視点だと思いました。

・ユートピアンの夢想ぶりとリアリストの適切な批判について触れながらこの部の最後でリアリスト的考えだけでも調和のない権力闘争だけになってしまい破綻する、として両方の考え方のバランスが大事というのは確かにそうだなと思えました。

第三部 政治、権力、そして道義

・政治を権力と道義という二面から考察している議論はこの本の中でもかなりバランスが取れていて読み応えがありました。
国際分野における政治権力を「軍事力」「経済力」「意見を支配する力」の三点に分けて考察していてこれもバランスが取れているなと思いました。
軍事力と経済力だけでない、それ以外の視点を加えていてなかなか網羅的だと思いました。

・軍事は政治の一部であり、軍事力が国際分野において重要だというのは戦間期だけでなく現代でもそうだと思いました。
経済が国際分野において重要というのは当たり前のように思いますが、国家間の関係、特に何かに違反したときの制裁について軍事制裁と経済制裁を分けて考察し、それぞれに対して異なる倫理観を持つことに対する著者の違和感については、私は感じたことがなかったので新鮮でした。
軍事力と経済力を分けて考えるのではなく、それぞれ一要素として同時に考える視点は重要だと思いました。

・プロパガンダや情報戦の大事さは孫子にも書かれているくらい昔からの検討事項ですが、現代でも全く色褪せることがない分野だと思いました。
日本の場合は政府が意図しない方向への国民意識の集中がマスコミによって扇動されている気がします。
日露戦争やそれ以降の戦争時の煽りと、今の日中韓関係など、客観的な事実が歪むほどに偏った情報が溢れる状況が、意図的に生み出されるのであれば「意見を支配する力」は十分に権力と言える力だと思いました。

・権力だけでは成り立たないという自明なことから道義の重要性が浮き出てくるなと思いました。
その道義も客観的な徳目ではなく、「意見を支配する力」である程度左右されそうな分野とも思えました。
建前として、人が賛成したくなるような同義と、実際に適用しようとすると満足する者が不満足の者へ譲ることが必要となり、それが相当に困難なことだというのはこれまた人間らしく、よく分かる気がします。

第四部 法と変革

・国際法が慣習法であり、立法・司法・行政の法の基本的機能をどれも持たないというのは確かにそうだと思いました。
国家以上に上位の存在を置くことができない以上、国際法を守らせられるのは弱い国家のみとなるのはこの戦間期と現代でもそうは変わっていないことだと思いました。

・条約については、当時よりもまだ守る方向に向かっているように思います。
経済関係の条約や「危機の二十年」が書かれた当時はなかった環境関係の条約については感覚に差異がありそうです。
但し、条約を守らせる力や条約を締結させる力において、強国が弱国に対して支配力を発揮するという根本的な内容についてはそう変わらない気もします。

・国際紛争についての解決も、分かりやすい強国が存在した冷戦時代やアメリカ一強時代ではある程度の安定が見られたようにも思いますが、アメリカが世界全体にリソースを割けなくなってから、また紛争の解決が困難になっている印象があります。
実際には昔から今まで紛争が解決されないまま残っている地域もあり、根本的には変わっていないのかもしれませんが。

・平和的変革の「平和的」が武力差により争いなく起こるという意味で「平和的」というのはリアリスト的でかなり現実を直視した見方だと思いました。

結論

・全体の結論として、書かれた当時の危機の二十年以降も国際的な秩序が生まれることについては難しいとリアリストとして述べながら、最後に進歩的な秩序が生まれる状況が来るかもしれないとユートピアンとしての意見で締められていました。

訳者解説

・第一版ではヒトラーやスターリンについて尊重するような記述があったところを第二版では削ったこと、後の自伝でそれを告白しているというのは、著者の人間らしさや潔さが出ているなと思いました。
ユートピアニズムとアイディアリズム、リアリズムとシニシズムという著者が使用した言葉と本来適合している言葉について解説されていて興味深かったです。
訳者が原本を批判的な視点でも解説していることは結構珍しいなと思いました。

○参考にならなかった所、またはつっこみどころ

・長い言い回しや冗長になっているところをカットし、主張したいところをまとめて書けば5分の1くらいのボリュームに収まるのではないかと思いました。
読むのが大変なうえに、後半を読んだときには前半の内容をほとんど覚えていないという状態になりました。

・結論の第十四章で、国家が権力を有するのではなく集団が有すると書かれていましたが、集団が何を意味するか、またなぜ国家が権力を有さなくなるのかがよくわかりませんでした。