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【物語 フランス革命―バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで】レポート

【物語 フランス革命―バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで】
安達 正勝 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121019636/

○この本を一言で表すと?

 フランス革命前後を人物に焦点を当てて書いた歴史の本

○この本を読んで考えたこと、印象に残った話

・フランス革命の背景や人物の説明を交えて、時系列でどのように変わっていったかなどが書かれていてわかりやすかったです。

序章 フランス革命とは

・フランス革命がいつからいつまでか、という話で、ナポレオンの政権掌握の1799年までの10年間とするのが一般的で、1794年のジャコバン政府が倒されるまでの5年間としたり、ナポレオンの皇帝戴冠の1804年までの15年としたりする説もあるそうです。
10年間だとちょうど日本では寛政の改革のあった寛政年間にあたるそうです。

・身分制の崩壊、世界主義、メートル法の創始など、フランス革命がスタート地点の現代に至る話が挙げられていました。

第一章 「古き良き革命」の時代

・フランス革命が起こった1789年時点では「国民!国王!国法!」がスローガンで王政の打倒までは考えられていなかったこと、ルイ十六世は改革派の善意の国王であり、先代のルイ十五世が60人以上の愛人を持っていたのに対して愛人を一人も置かなかったことなどが書かれていました。
当時は公式寵姫という制度があり、女性関係の非難は公式寵姫が受けるようになっていたのに、ルイ十六世が公式寵姫を持たなかったことからマリー・アントワネットは自身が非難を受けるようになってしまい、後の批判に繋がってしまったのは、一面的には良いことでもうまくいかないことがあるのだなと考えさせられました。

・フランス国旗のトリコロールも赤と青がパリ市の紋章の色、白がブルボン家の色で和解の象徴だったそうです。
バスチーユ陥落の時もルイ十六世は強権発動を抑え、流血を避けたそうです。

・バスチーユは政治犯を収容する監獄として知られていたものの、革命当時は政治犯はおらず、有価証券偽造者4名、精神異常者2名、放蕩息子1名が収監されていただけだったそうです。

・バスチーユ陥落では高級娼婦だったテロワーニュや後にジロンド派の女王と呼ばれるようになるロラン婦人が感動し、目覚めたそうです。

・バスチーユ陥落の3か月後のヴェルサイユ行進で国王がヴェルサイユからパリに連れ出され、このヴェルサイユ行進が地域差を超えてフランス人としての連帯のきっかけになったそうです。

・バスチーユ陥落の1年後には全国連盟祭がパリで開催され、全国83県の代表3万人と観衆30万人が集まり、ルイ十六世も国民と国法に忠実であり続けるとする演説をしたそうです。
最初の一年は一般的な流血の革命のイメージと異なっていて意外だなと思いました。

・革命前からパリは国際都市で、「ちょっとしたことで腹を切る日本人」も当時のパリにいたという話は面白いなと思いました。

第二章 革命的動乱の時代へ

・敬虔なカトリック教徒だったルイ十六世が「聖職者市民憲章」を承認させられ、毎年恒例だったサン-クルー城行きを妨害され、不満に思ってパリを脱出しようとして連れ戻されるヴァレンヌ逃亡事件に繋がり、立憲君主制となる1791年憲法が採択されることに繋がるなど、革命の先行きが怪しくなっていく様子が書かれていました。

・ヴァレンヌ逃亡事件でも計画よりのんびりし過ぎる行動で、集合先で待機していた国王の味方が解散していたり、かなり間抜けに思える内容でしたが、それまでの常識や柵から逃れられない人たちだったということの表れと考えると、どうしようもなかったのかもしれないなと思いました。

・フランスが周りの国家と戦争状態になり、革命政府に非協力的なルイ十六世が1792年のパリ市民のチュイルリー宮殿襲撃で王権停止になって捕えられ、プロイセン軍をボロボロのフランス軍がヴァルミーの戦いで打ち破り、その後の戦いでも勝利を収めていくなど、フランスの様子が大きく変わっていくところが述べられていました。

第三章 国王の死

・フランス革命で象徴的なギロチンの考案にルイ十六世も関わったこと、本来は人道的な処刑方法として考案されたものだったこと、動機はともかくギロチンの出現で処刑執行が効率的になったために多くの人が処刑されていったことなどが書かれていました。
また、1792年9月の「九月虐殺事件」でパリの牢獄内に収監されていた囚人千数百人が一般人によって虐殺されるなど、急速に血が流れる革命になっていく様子が描かれていました。

・裁判の投票で国王有罪は全会一致だったものの、処刑については大きく票が割れ、僅差で処刑が決まり、国王の処刑自体がもう戻れない道を歩むに至ったきっかけとして述べられていました。

・処刑執行人サンソンが代々処刑人を務めた一族でその業務から医療に強くなり、医者を副業として裕福だったこと、敬愛する国王の処刑に関わってその後の恐怖政治での処刑に神経が参り、死刑制度の廃止を願うようになり、国王の命日に贖罪のミサを上げ続けるようになったことなどが書かれていました。

第四章 ジャコバン政府の時代

・革命政府では国王の処刑後にジロンド派とジャコバン派の対立が激化し、民衆の武装蜂起でジロンド派の女王と呼ばれたロラン婦人が逮捕され、ジロンド派の主だった議員が国会追放され、革命裁判所に回されることになり、ジャコバン政府が成立していったことが書かれていました。

・ジロンド派議員と関わりを持って自分の意志でジャコバン派の有力者だったマラーの暗殺を決め、実行したシャルロット・コルデの話は、陰謀でなかったことが不思議なくらいの話だなと思いました。

・「腐敗し得ない男」と呼ばれ、死刑にも反対していたロベスピエールや、革命の貴公子と呼ばれたサン-ジュストらがジャコバン政府を率いることになり、革命と共和国の亡命や更なる社会革命を進めようとしたことなど、理想に燃えていたことが書かれていました。

第五章 恐怖政治―革命政府の暗黒面

・ロベスピエールが「美徳」を共和国の根本原理として、理想社会を実現するために恐怖政治を手段として用いるようになったというのは、理想主義者が着地点をうまく見出せなくなるとこうなってしまうのかと、考えさせられるなと思いました。

・革命政府により処刑された女性として、マリー・アントワネット、ロラン夫人、オランプ・ド・グージュ(女権論者)、デュ・バリー夫人(ルイ十五世の最後の公式寵姫)、王妹エリザベト、モナコ公妃テレーズなどが挙げられていて、それぞれエピソードが語られていました。

・テルミドールのクーデターが愛人が処刑されようとしていて、自身も処刑されようとしているタリアンが先陣を切って国民公会で起こり、翌日にロベスピエールらが処刑され、恐怖政治が終わるまでが書かれていました。

第六章 ナポレオンの登場

・ロベスピエール失脚後は理想もないままにフランス政治が乱れ、田舎貴族だったナポレオンがフランス革命のおかげで身分にかかわらず出世でき、クーデターを狙ったシエイエスと組んで執政制度をスタートし、シエイエスを蹴落として終身執政となり、皇帝となっていくまでの話がざっと書かれていました。
それまでの混乱と、ナポレオンという超越的な人物の登場で収まった政治の対比がすごいなと思いました。

○つっこみどころ

・ところどころ著者の主観や好みで書かれたところがあって、事実なのか意見なのか分かりづらいところがありました。