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【歴史の愉しみ方 – 忍者・合戦・幕末史に学ぶ】レポート

【歴史の愉しみ方 – 忍者・合戦・幕末史に学ぶ】
磯田 道史 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121021894/

○この本を一言で表すと?

 「温故知新」を実践する歴史学者のエッセイ集

○よかった点

・著者が読売新聞に連載していたものをベースにまとめられているので、一つ一つのエピソードが4、5ページほどでまとまっていて読みやすかったです。

・著者が歴史の中で気になったことを徹底的に古文書に当たって調査し、自分の目で歴史にまつわる場所を見て、歴史上の出来事を感じることも併せて検証しているところがすごいなと思いました。

第1章 忍者の実像を探る

・忍者の実像を探るのは難しいという、諜報などを担当して裏で動いていたことからすると当たり前のことに気付かされましたが、それでもなお追求して忍者について書かれた文書を探り当て、実像を見出した著者はすごいなと思いました。

・珍しく文書に記録されていて現代にも残っている岡山藩の忍者が、赤穂浪士討ち入りについて調べ、赤穂藩から岡山藩に飛び火しないかどうかを見極めていたというのはなるほどと思いました。

・忍者の収入が現代だといくらだと換算されているのは面白いなと思いました。
幕府に雇われていた甲賀者や大名に雇われていた他の忍者は年収1,000万円換算なのに、有名な伊賀者だけが年収100万円程度で副業なしでは暮らせなかったというのは、その不遇っぷりが際立っているなと思いました。

・忍者が化学知識に優れていたというのは時代劇でみる忍法などを見てイメージが結びつきやすいですが、実際にかなり詳細な火薬の知識や毒物の知識が忍者の文書として残されていたというのは面白いなと思いました。

・著者が忍者の暗号の解読に取り組んで、古文書の中で忍者が「大工上吉仕出作幸甚善」とメモ書きしているのを見つけて、他の文書でこの10文字が書かれているところを1から10までの数字に置き換えることで、忍者ロケット(棒火矢)の寸法と火薬調合比がわかったというエピソードはすごいなと思いました。

第2章 歴史と出会う

・「ちょんまげ」を結うことは結構大変だったという話を聞いたことがありますが、ちょんまげのための月代は毛を剃らずに抜いていて、「黒血流れて物すさまじ」と文書に残されているほど大変だったとまでは知りませんでした。
秀吉の時代には剃るようになったそうですが、それまではとんでもない苦行だったのだなと思いました。

・蓮月という尼僧の話は一度簡単に聞いたことがありましたが、エピソードを読むといろいろすごい人だったのだなと思いました。
「33歳で尼になったが絶世の美女だったために男がひっきりなしに言い寄ってきたために、老婆の姿になりたいと自ら歯を引き抜いて血まみれになって容貌を変えた」とか、「陶器を作っていて『蓮月焼』と名高かったが、世に贋作が大量に出回っている。それは蓮月が『わたしのせいで人が食べていけるなら』と贋作を公認していて、『たまには真物もないといけません』と本物をタダで与えて混ぜて売らせていた」など、胆力も優しさも兼ね備えていた人物だったのかと感動しました。

・皇族旧蔵品を手に入れた古物商がその由来を知って、少なくとも数百万円で売れるものを売らずにその皇族の庭園美術館に寄贈すると連絡し、その美術館の学芸員が飛んできて「館に就職して以来20年間その品を探していた」というエピソードは歴史に関わる人の「生き様」を見たような気がしました。

・昭和15年に帝国議会で軍部の動きは政治家として許せないという命がけの演説をした斉藤隆夫が自分の覚悟を書きた色紙をたまたま手に入れて解読したときの感動は、その気持ちが良く伝わってくるエピソードだなと思いました。

・著者が子供時代から古い物が好きで、昔の出雲大社を復元したり、全国の石仏を見て回りたがるような子供で、それを認めていろいろなところに連れて行ってくれた親への感謝の気持ちと自分の娘には何がしてやれるのかと考えているエピソードは心が温まる話だなと思いました。

第3章 先人に驚く

・歴代天皇が土葬にされているという話は前に聞いたことがありましたが、「昔から古墳があるからな」と古墳と結び付けて納得していました。
それが、約360年前の仏教嫌いの後光明天皇が火葬にされそうになっているところを出入りしていた魚屋の八兵衛が「仏教の火葬をするのは勿体ない」と止めて、それから土葬されることになったと初めて知りました。
目から尾まではちょうど一尺の鯛を毎日用意して天皇に届けることが国家安泰の行事になっていて、そのために禁裏御用の魚屋が御所に深く入り込んで口を出せたというエピソードを含めて面白いなと思いました。

・今では犬食の文化は東アジアで日本だけ存在しませんが、徳川綱吉の「生類憐みの令」までは日本にもあったという話は、なるほどなと思いました。

・「経理」の歴史はとても古く、貨幣経済になる前の方が「経理」が重要で、食料の配分や貯蔵が生きるか死ぬかの分かれ道になっていた、というのは言われてみればその通りだなと思いました。
室町幕府の伊勢家が幕府の礼儀作法を司っていた家で、その家から後の北条早雲になった伊勢盛時が出たと司馬遼太郎の「箱根の坂」で書かれていましたが、室町幕府の経理を司っていたという話は初めて知りました。

・福沢諭吉の「学問のすゝめ」で「唯文字を読むのみを以て学問とするは、大なる心得違いなり・・・文字の問屋と云うべきのみ」「今の学者は内の一方に身を委して、外の務を知らざる者多し」「学者には一人で日本国を維持する気概が要る」と書いてあることに著者が感動し、自分もそうあろうとして動いていることは本当に「温故知新」を実践しているなと思いました。

第4章 震災の歴史に学ぶ

・岡山藩の生駒嘉右衛門が「戦場の馬、数日の駆け引きには、かならず心の丈夫なる馬を用ゆべし」という言葉で、平時の名馬も長丁場の戦場では疲労してすぐにバテてしまう、心身ともに丈夫な馬を選べ、と藩内随一の猛者である丹羽次郎右衛門が島原の乱に向かう時の馬選びで助言したエピソードと、平時には雄弁な専門家が震災の時には自分の職業的立場でものを考えて見誤ったことを繋げていることは、なかなかうまいなと思いました。

・理系の研究者と歴史学者が地震津波を研究する「歴史地震研究会」に著者が入会した話で、理系の研究者が知る地震の仕組みと、歴史学者が知る過去の地震の実体験の記録を組み合わせるということはなかなか有効そうな話だなと思いました。

・江戸時代の領主が津波の被災地を「潮入り」と呼んで5年、10年と年貢を減免した話など、過去の震災被害の対処法も含めて勉強になるなと思いました。

・元禄関東地震(1703年)で揺れた時間の長さを測るため、昔では四半刻(約30分)が最小単位だったことから、当時の神社の神職が細かく記録した日記の文章を忠実に一人芝居で再現してその時間をストップウォッチで測って45秒以上は揺れていたと判断したりする著者の調べ方が面白いなと思いました。

・日本では500年に1度、大きな地震が来ていて直前は明応大地震(1498年)であり、ちょうど今が500年後の時代に当たること、当時のことを詳述した公家の日記にその4年後の宝永地震で「道歩く者、七、八町ばかり歩くほどの間なり」という表現で時間が表現されていて換算すると10分ほど揺れていることがわかったことなど、歴史の資料から今の対策に繋がるという話とそれを探り当てることはすごいなと思いました。

第5章 戦国の声を聞く

・石川五右衛門が実在の人物でその記録が文書に残されていること、その石川五右衛門を捕えた人物がマンガで主人公にもなっている仙石権兵衛だと記録されていることが書かれていて面白いなと思いました。

・国宝になっている犬山城の城主になった成瀬正成が現代の秋葉原でコスプレとしてイヌミミをつけていることの元祖として戦場で「唐犬頭巾」を被っていたという話は面白いなと思いました。
ネットで写真を見てみると確かにどこか可愛らしい印象を受けました。

・徳川家康が、直江兼続は主君の上杉景勝を西軍に味方するように唆したとして罪に問われるところを、他国の同じ立場の者への影響を考えて許したという、大局観を持っていた話と、死の直前に「群書治要」という唐の時代の政治書を編纂して残そうとし、元反乱者である直江兼続に「その写本をご所持でないか」という手紙を書き送ったという話は、なんだかすごいなと思いました。