【江戸の思想史―人物・方法・連環】レポート

【江戸の思想史―人物・方法・連環】
田尻 祐一郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121020979/

○この本を一言で表すと?

 現在に繋がる江戸時代の思想の流れの通史の本

○面白かったこと・考えたこと

・江戸時代にどういった背景の中でどのような思想が生み出されたか、その流れが分かりやすく書かれていてよかったです。

・「もういちど読む山川日本史」や「山川 詳説日本史図録」などで少しだけ(一行にも満たない程度)紹介されていて個人的には「これはもうちょっとクローズアップしてほしかった」という人物の思想などが載っていてよかったです。

序章 江戸思想の底流

・応仁の乱以前の歴史は現代と接続されていないという話はなるほどと思いました。
その説を提唱している網野善彦氏の著書は本屋でよく見かけますが、マルクス主義という背景を持った歴史家だったということは初めて知りました。

・戦乱の世が終わり、未来を考えることができるようになったことから世俗化による秩序化、イエ制度に繋がっていくという話はなるほどと思いました。

・司馬遼太郎氏の小説などを読んで、「日本」という考え方は幕末の水戸学で一気に広まったものと思っていましたが、そうではなく泰平の時代から醸成されていったということは初めて知りました。

第1章 宗教と国家

・宗教というものが専制国家にとっていかに扱いづらいものかが改めて理解できました。
「お寺の経済学」で江戸時代に宗教を体制側に取り込む寺檀制度を整備したことは知っていましたが、そういった政策により宗教一揆をなくしてしまうといった政治センスはすごいなと思います。

第2章 泰平の世の武士

・士農工商の「士」が中国や朝鮮の「士」とは異なるというのはこの本を読むまで意識していませんでした。
身を修めて「士」になるのではなく、「士」に生まれたからこそ身を修めなければならない、と因果が逆転するだけで権利と義務の関係のようにかなり違うものだなと思いました。

・よく歴史の本や小説ででてくる山鹿素行の考え方(農工商が日々の仕事に追われる中で士は人倫の手本を示す)をようやくその概要だけでも掴むことができたように思います。

・何かの本で「葉隠」は生き方について書いた本だということを知って、知ったかぶりをしていましたが、この本で著者の来歴やその内容を知ると、その解釈は間違っていたように思えて恥ずかしくなりました。
葉隠が忍ぶ恋を主君への忠誠に見立てているのは面白い表現だと思いました。

第3章 禅と儒教

・儒教の考え方の「差等愛」を全てのものを平等に愛することに勝る概念として朱子学が仏教や陽明学よりも優れているという論理は面白いなと思いました。

第4章 仁斎と徂徠①―方法の自覚

・中国、朝鮮、日本とかなり根強く伝来した朱子学に対して堂々と異を唱え、朱子の「四書集註」によらずに原典を自分で解釈していった伊藤仁斎はすごいなと思いました。

・伊藤仁斎が20歳代で朱子学の理想を追い求め過ぎて自分を追い詰め、36歳になってようやくその苦悶から脱することができたというエピソードも、徹底的に物事を考える人がその結果を残せた事例として面白いなと思いました。

・荻生徂徠の漢文をそのまま訓読することに対する批判、書かれた時代の背景やその時代の漢字の意味などに通じないと本当の理解を得られないという考え方、その理解を得るためにその時代の様々な文献にどっぷりと浸かり込むという手法は共感できるものがあります。この時代にそういった考え方ができる人がいたということに感動を覚えました。

第5章 仁斎と徂徠②―他者の発見、社会の構想

・仁斎が朱子学とは違った「卑近」を尊重するという方向性を打ち出したのは、高尚な領域に達したものをもう一度実学的なところまで落とし込んだ小気味良さを感じました。

・徂徠の一つの世界を相対化するという考え方の客観性はすごいなと思いました。
この時代でパラダイムの存在を客観的に理解し、そこから物事や判断基準を把握するというのはヨーロッパで積み上げられてきた科学的な考え方に自分で到達した凄みのようなものを感じました。

第6章 啓蒙と実学

・貝原益軒、宮崎安貞は、日本史の教科書で「○○を著した△△」のように一言で説明されていましたが、私は「これはすごいことじゃないかな?」と思っていたところでした。
その実績を詳しく知ることができたのもよかったですが、「民の益」のためという動機でそれを成し遂げ、自分の仕事を土台として更に発展させていってほしいという志を持っていたということに感動しました。

・新井白石の西洋に対する理解力とそれに対する反論などの機転はとてつもないなと思いました。
新井白石のような人物が現代にいればどんな分野でも成功を収めそうだと思いました。

第7章 町人の思想・農民の思想

・石田梅岩のような商人や二宮尊徳のような農民がそれぞれの業を通して哲学を考え、身に付けたことは興味深いなと思いました。

・安藤昌益の平等思想は日本史の教科書でも際立って異質だなと思っていましたが、武士以外の人たちも物を書けるようになったことからすると、こういう考え方ができるようになるのも不思議ではなかったのかもなと思いました。

第8章 宣長―理知を超えるもの

・日本史の教科書でも重要人物として書かれている本居宣長の考え方が、思っていたよりも身近というか、人間の生の感情を肯定するようなものだったことが面白かったです。
よく聞く「もののあわれ」は高尚な感じ方というイメージでしたが、「人妻に恋い焦がれることは背徳」などの道徳以前に、その恋そのものは当然という考えで肯定しているというのは頭が固いどころかかなり自由な考え方をしていたのだなと思いました。

・「もののあわれ」についての考え方から、神を人間の考慮外の存在として扱う考え方で皇国概念という高尚なものに繋げているのは面白いなと思いました。

第9章 蘭学の衝撃

・蘭学というそれまでの学問とは異なる学問の流入を受けて、江戸時代の人が試行錯誤しながら自分たちの考え方の枠組みにそれを取り入れていったというのは面白いなと思いました。
三浦梅園という人のことを初めて知りましたが、常識を疑うということをここまでしっかりやっていた人がいたということに感動を覚えました。

第10章 国益の追求

・海保青陵の「売買は天理」という考え方はこの時代にしては即物的で面白いなと思いました。
「武士の家計簿」という本で、武士は年貢を米ではなく金で受け取っていたということ、加賀藩は例外として会計などの職が蔑まれていたことが書かれていたので、この「売買は天理」という考え方が正しく、また当時は過激な発想だったのだろうと思いました。

第11章 篤胤の神学

・平田篤胤がその神学の中で、現世の人と亡くなった人を結びつけることで、さらに人々にとって実感のある考え方に仕上げていったのは面白いなと思いました。

第12章 公論の形成―内憂と外患

・会沢正志斎の提唱した「忠孝の一致」「祭祀の儀礼」のところを読んでいて、「この本に書かれていた思想を提唱した人は、全員が100%自分の思想を信じていたのだろうか?」という疑問がでてきました。
国をまとめるために、まとめる方向に持っていきやすい考え方を構築する、ある意味現代の新興宗教のような「都合のいい」思想をあえて打ち出した人もいたのかなと思いました。

・佐久間象山の朱子学の格物窮理の考え方の内に西洋の知識を取り入れようとする考え方、横井小楠の各国それぞれに割拠見(自分たちの利害損得だけで物事を見る思考法)があるという喝破、吉田松陰の孔子や孟子の行動すらも批判する激烈さはすごいなと思いました。

第13章 民衆宗教の世界

・江戸時代後期に発生した民衆宗教に共通した平等観は興味深いなと思いました。

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