【ネパールに生きる―揺れる王国の人びと】
八木澤 高明 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4787704125/
○この本を一言で表すと?
ネパールの裏側に潜入したルポライターの写真集兼エッセイ集
○この本を読んで面白かった点・考えた点
・何となく知っている、というくらいのネパールという国が近年どういう変化を経てきてどういう状況にあるのか、写真と現地で著者が感じたことを述べた文章が生々しく伝えてきました。
生きていくのが大変な国ということは何となく感じていましたが、「どう生きにくいのか」が事例を通じて具体的にも理解できたように思います。
著者が殺される可能性もあるようなところまで侵入しているのは、すごい覚悟と行動力だなと思いました。
[プロローグ] ヒマラヤの向こうへ
・ネパールが好きになり、ネパール人女性と結婚してネパール語をマスターし、ネパールの(日本では)知られざる側面を知ってもらおうとする意気込みを感じました。
[児童労働] こどもたちの現実
・10歳になれば十分に労働力と見られるネパールの子供たちを、一人ひとり追っていくことでその実態をより深く明らかにしていました。
バザール、ホテル、レストラン、工場で働く子供たち、弾き語り、新聞売りで生計を立てる子供たちの仕事以外のプライベートがほとんどない中で必死に生きている姿はどこかやるせないものを感じさせられました。
・自分たちの生計どころか親を含めた家族の生計も支えている子供もいて、小さい身に大きな荷を背負わされながらも生き抜いている姿はどこか純粋なものも感じました。
[王宮事件] 見えざる王室の闇
・ディペンドラ王子が国王夫婦を含めた家族を銃撃し、自分も死んだとして、国王と対立していた国王の弟のギャネンドラが王になったという、割とあからさまな事件が起きていたことを初めて知りました。
・国王の葬儀ではヒンズー教の最高カーストのブラーマンが王が来ていた衣服などを着て、象に乗ってカトマンズを出て、そのブラーマンは二度とカトマンズに入ることはない、という儀式をやっているのは壮大な儀式だなと思いました。
・親中派でマオイストとの融和を図る国王と親インド派でマオイストの弾圧を図る王弟の対立で王弟が手段はともかくトップに立ったことで明らかにネパールの行く末は変わったのだろうなと思いました。
・ギャネンドラの息子で皇太子であるパラスのディスコで気にくわない者をリンチし、車を追い越しただけで発砲する行動からしても、前の国王一族の方がまともだったのだろうなと思いました。
[マオイストⅠ] 銃を取る若者たち
・マオイストがカトマンズの旧王宮前広場で集会を開いた時、演説の途中でその場を離れようとすると竹の棒でたたいてその場に座らせる支持者の写真とエピソードが載せられていて、まだそれほど勢力が大きくない状態でも不穏な雰囲気が出ているなと思いました。
・集会に無理やり集められてきた人たちもいて、逆らえない状態を初期状態から作っていったというのは、かなり無理も孕んだ組織なのかなと思いました。
・無邪気な若者兵士の姿と捕まった警察捕虜たちの姿が対称的でそれぞれ印象深かったです。
・マオイストの指導者プラチャンダ議長の父親がプラチャンダ(本名はプシュパ・カマル・ダハール、愛称はチャビラル)の活動に反対して縁を切っていること、元は教師をしていたこと、ナンバー2のバブラム・バッタライは高校卒業試験でネパール全国1位を取り、インド・ネール大学で博士号まで取得した秀才であることなど、末端の活動とトップの背景が妙にミスマッチなようで理想と現実の乖離を感じさせる上でむしろ生々しいなと思いました。
[マオイストⅡ] 出口なき混迷
・2002年頃、首都のカトマンズではマオイストだというだけで捕まり、獄死するような弾圧があったこと、逆にネパール西部のマオイストの勢力地域ではマオイストの集会に参加しないだけでリンチされ、障害を負うことになった人が数多くいることなど、主義主張が自由に許されない圧迫的な状況が生々しく語られていました。
・マオイストが支持者ではない者を人間の盾とし、国軍が反撃したときにまず無関係の者が死ぬという状況に置くのは、国軍の士気を下げるには有効でしょうが、かなり下種い戦法だと思いました。
・ナンバー2のバッタライに著者がインタビューし、マオイスト以外に対する虐待などを指摘するかなり突っ込んだインタビューをしているところは本を読んでいる私ですらハラハラしました。
バッタライの回答がかなり理性的で、かなり頭が切れる人物なのだろうなと思いました。
[グルカ兵] 忘れられた兵士たち
・第二次世界大戦時に日本軍と闘ったグルカ兵の現在の写真はどこか戦ったことを誇らしく思っているように見えました。
・ネパールが当時独立国だったにもかかわらずネパール兵と認められず、インド兵という扱いを受け、しかし年金等は支払われなかったということ、今なおそのことについて争っているというのは因果関係が複雑だなと思いました。
[アウトカースト・バディ] 逃れられない宿命
・アウトカーストと呼ばれる下級のカーストの中で、「バディ」という売春を職としなければならない人がいて、都市部に住んでいたバディが追い出され、村を形成するようになったこと、仕方のないことだと受け入れている姿、当たり前の一女性として生活している姿などが印象的でした。
・買春の値段が160円くらいで生き繋いでいるという話を知ると、そういう人たちにとって日本は天国のようなところだと感じるのだろうなと思いました。
・生まれた場所・立場が違うだけで全く違う人生を歩むということをまざまざと見せつけられたように思いました。
[エイズ] 日常に潜む影
・売春がHIVの感染源となり、著者の義姉も夫からHIVに感染して24歳で亡くなった話など、この国ではとても身近な話なのだろうなと思うととても怖く感じました。
・貧困だからこそインドで売春婦になり、HIVに感染して追い出されてネパールに帰ってくるという流れは、所得格差もまたカーストのように人を縛るのかと連想させます。
またHIVに関する知識がないことから差別されることは簡単に想像できることだなと思いました。
[東電OL殺人事件] 夫の無実を信じて
・聞いたことのある「東電OL殺人事件」の容疑者がネパール人で、証拠不十分な中で有罪判決を受け、本人やその家族が巻き込まれるという話は、日本の刑事裁判の暗部を覘いたように思いました。
そんな中で夫が刑務所に入るようになり、自分で生計の手段を身につけて働こうとしている奥さんは強いなと思いました。