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【[決定版]菜根譚】レポート

【[決定版]菜根譚】
守屋 洋 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4569691064/

○この本を一言で表すと?

 400年前の気付き系ツイッター

○考えたこと

・内容的にも文字数的にもツイッターなどの「つぶやき」に近い内容だなと思いました。身近なネタから天下国家を論じる話が並列に載せられているところも。

・儒教、道教、仏教のそれぞれの考え方がでてきていて、それぞれが矛盾しているような話も出てくるところが面白く感じました。それぞれの、それだけでは極端になってしまうところが、混ぜて書かれていることで、実用的な考え方、卑近な考え方に落とし込まれているのかなとも思いました。結果として「出過ぎず、されど曲がらず」というようなバランスの取れた見方になっているように思いました。

・「君子危うきに近寄らず」「朱に交われば赤くなる」というような考え方より「朱に交わっても染まらないことが本物」という考え方が強調されているように思いました。

・「苦中に楽あり」「貧しき中に幸せが見つかる」「富む中で不幸の種がある」のような話がいくつも出てきますが、実際にお金がある時期とない時期を経験してきた中で思うのは「幸せは相対的なもの」で、当たり前のように食べていたものが食べられなくなってから、久しぶりに食べた時の感動など、「何が幸せか」ということの本質の一つであるのかなと思いました。

・ふとした時に気になるところだけを読み返す形でも使えそうな人生訓の本だと思いました。

・前集が人との交流と己のあり方に触れた内容が中心で、後集は自然との付き合い方が中心でした。何か得るものを求めるなら前集が適していて、「こんな暮らしもいいな」とのんびり考えるなら後集が適しているように思いました。

○気になった話

・不愉快な忠告や思い通りにならない出来事が人を成長させるというのは賛成できます。(前集 五)

・孫子の「智者の慮は利害に雑う」と同じように良い状況でリスクを考え、悪い状況でチャンスを考えるのは心構えとして持っておきたいことだと思いました。(前集 一〇)

・功績を鼻にかければ台無しというのは納得できます。悪逆な行動を悔いれば消滅というのは納得しがたいですが。(前集 一八)

・名誉は独り占めせず、悪評は人に押し付けず自分も少しはかぶるべきだというのは当たり前ながらやっていない者も多いのではと思いました。尊敬されない上司はこの逆を行っていることが多そうです。(前集 一九)

・事後の悔恨を考えていれば後悔するような行動をとらずに済むというのはその通りだと思いました。実践は難しそうですが。(前集 二六)

・進退が窮まった時には初心に立ち返り、頂点を極めた時にはその末路を考えるというのはとても健全なことだと思います。特に後者は歴史上で引き際を誤った人物が自身だけでなく世の中に害を与えている例がたくさんあり、原理原則といっていいレベルの法則性を感じます。(前集 三〇)

・自分の心に打ち勝ち、自分の気持ちを馭することが大事というのは、当たり前のことでかなり困難なことだなと思います。(前集 三八)

・欲望が簡単にかなえられることに手を出すこと、道理を貫くことが難しいときに退くことは、一度やってしまえば止まらないというのは最近読んだ行動経済学や心理学の話からしてもその通りだと思いました。(前集 四〇)

・人に施した恩や人から受けた仇は忘れ、人から受けた恩や人にかけた迷惑は忘れないというのは、建設的な考え方だと思いました。逆だと、人に施した恩が返ってこなかったことを怨み、人にかけた迷惑を忘れるというなかなか最低な自分が決してなりたくない人物になりそうです。(前集 五一)

・理想は高く持ち、かつ現実に立脚していること、思考は周到に巡らし、かつ末節にとらわれないこと、というのは素晴らしいバランス感覚だと思います。(前集 八一)

・暇な時間、休んでいる時間、人目につかない時間に何をするかが大事ということは、確かにそうだなと思います。昔読んだ割と内容の薄い自己啓発書でも同じようなことが書かれていて、そこにはとても同意できました。(前集 八五)

・静かな環境で思考が透徹している時は心の本来の姿が見え、のんびりして気持ちが落ち着いている時は自分の心の働きが見え、淡々とした心境で感情が平静な時は心の働く方向が見える、という三つの自分の心を見る方法は確かに自分の心をみつめるのには良い方法だと思いました。(前集 八七)

・天が冷遇しても、天が苦役を課しても、天が行く手を阻んでも自身の意思で進み続けるというのは、いかにも「天命」を重視しそうな中国の思想においては珍しい気がしました。自身が主体的に悪条件を打破していくという考え方は好ましいなと思います。(前集 九〇)

・人の小さな過ちを責めず、人の隠し事を暴かず、人の旧悪を忘れてやる、これが人間関係にとって重要というのはまさにその通りだと思います。(前集 一〇五)

・細かいことにも手を抜かない、人目のないところでも悪事に手を染めない、失意の時でも投げやりにならない者が立派な人物だということには心から同意できます。(前集 一一四)

・私情や私欲に打ち勝つためにはまず自覚する能力が必要で、さらに意志力が必要というのはまったくその通りだと思います。(前集 一二五)

・功績と過失の評価をあいまいにすること、好悪の感情をあからさまにすることは確かに人の支持を容易に失いそうだなと思いました。(前集 一三六)

・徳が才の主で才は徳の奴隷というのは、ケースバイケースかもしれませんが、長期的に見ればその通りだろうなと思いました。(前集 一三九)

・自分が貧乏で経済的に人を助けられるような状態にないときでも、悩んでいる者を醒ませる一言、苦しい状況にあるものを救う一言をアドバイスできるというのは確かに目指したい人間像だなと思いました。(前集 一四二)

・同じことが起きた時、己を省みることができる者と人を咎める者の差が天と地の差ほどになるというのは確かにその通りだろうなと思いました。(前集 一四七)

・ふとした思いが神の禁を犯し、うかつな一言が天地の和を破り、たった一度の過失が子孫の災いにまで発展することがあるというのは、大げさな表現ながらその通りだなと思いました。(前集 一五二)

・ふとした思いつきで始めたことはすぐにやめてしまうこと、感覚のひらめきで開いた悟りはまた迷いが生じることは、かなり当たっているなと思いました。(前集 一六七)

・他人の過ちには寛大で自分の過ちには厳しくあること、自分の苦しみには耐え、人の苦しみは見過ごさないこと、このダブルスタンダードは能力的にも人格的に成長したい人間にとって大事なことだと思いました。(前集 一六八)

・暇な時には気持ちまでだらけてしまいやすいから、心の余裕を保ちながらもすっきりと澄ませていること、忙しいときには気持ちが浮ついてしまいやすいから、意識をすっきりさせながらも心の余裕を失わないこと、これはどのような時でも心掛けたいことだなと思いました。(前集 一七五)

・人の悪い評判、良い評判はその評判が出てくる前提が歪んでいることがあるので鵜呑みにしてはならないというのは、心掛けておくべきことだと思いました。(前集 二〇八)

・喜びに浮かれて安請け合いをしないこと、酔いに乗じて怒りを爆発させないこと、好調に気を許して手を広げ過ぎないこと、疲れたからと言って最後まで手を抜かないこと、それぞれ心に留めておくべきだと思いました。(前集 二一六)

・冷静な時に熱狂していた当時を振り返るとそのむなしさを理解できる、ゆっくりできる時に忙しい当時を振り返るとゆっくりしている時の良さをしみじみと理解できる、この違う立ち位置を考えるというのは大事だなと思いました。(後集 一六)

・常に退路を考えておくというのは確かに大事だと思います。「仕事は楽しいかね」という本で「試すことに失敗はない」と書いてあったことに近い考えだと思います。状況によって退路を断って挑むことがいい時もあると思いますが、それを当たり前の手段にしてはいけないと思います。(後集 二九)

○参考にならなかった所、またはつっこみどころ

・各話ごとに守屋洋氏のコメントが載っていますが3分の1くらいは見当はずれである印象を受けました。自分で訳出しておきながら真逆に捉えてしまっているところも散見されました。編集者もこういった分野の大御所である守屋氏に指摘できなかったのでしょうか。

・各話には元々タイトルがついていなかったのでしょうが、内容を代表していない守屋洋氏自身の感性でつけられていて微妙なものもありました。後で参照するには便利かもしれませんが。