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【世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」】レポート

【世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」】
山口 周 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4334039960/

○この本を一言で表すと?

論理的なだけでは限界があり、美意識が重要である、とする考え方の本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・よくある自己啓発系の内容の薄い本かもしれないと思って読み始めましたが、納得できることも多く、なるほどと思わされることも多くてよかったです。

・最初に要点がまとめてあって、内容を振り返りやすくなっていてよかったです。

第1章 論理的・理性的な情報処理スキルの限界

・VUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)な状況では論理だけで意思決定することは困難であり、直感で判断することが元求められること、欧州エリートは哲学を鍛えて美意識を身につけることで直感的な判断ができるようになっていることが書かれていました。
また、論理だけなら誰が考えても結論が同じ方向に行くので差別化の喪失に繋がるとも書かれていました。

・経営とは「アート」「サイエンス」「クラフト」が混ざり合ったものであり、アカウンタビリティとして定量的なもの、説明可能なものが求められると「アート」より「サイエンス」「クラフト」が有利であるため、後者が優先されやすいと書かれていました。

・アカウンタビリティは「天才」の否定であり、失敗しても「あのときはこれが合理的だったのです」という無責任の無限連鎖を呼びうるという話が書かれていました。

・日本のサイエンス偏重はサイエンスに巧みでないからこそ重視している、という話は確かにと納得できるように思いました。

第2章 巨大な「自己実現欲求の市場」の登場

・世界の市場は「自己実現欲求の市場」に向かいつつあり、日本は美的感覚的に国際的に有利であることが書かれていました。

第3章 システムの変化が早すぎる世界

・システムの変化が早すぎてルールが追い付かないため、法整備等が間に合わない時代になっているが、実定法ではなく自然法の考えで、やってはいけないことを理解しないといけない、ということが書かれていました。
その反面教師としての事例としてDeNAやライブドアが挙げられていました。
対応している企業の例としてグーグルの「邪悪にならない」という社是やジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条」が挙げられていました。

・美意識による自己規範がないエリートは犯罪に陥りやすいということ、日本の「恥」の文化は自らの周囲の目を気にして原則としての「罪」を意識しないために、会社が不正をする方向ならそちらに一斉に向かいやすく、問題を相対化できる力がより必要であることなども書かれていました。

第4章 脳科学と美意識

・日常の意思決定を含めた意思決定には理性と感情の両方が必要である、というソマティックマーカー仮説や、セルフアウェアネス(自己認識)が高いものほど成功を収めやすいという話が書かれていました。

第5章 受験エリートと美意識

・「偏差値は高いが美意識は低い」という人の例としてオウム真理教の信徒が挙げられていました。

・受験エリートで美意識が鍛えられていないため、わかりやすい階層の教義に惹かれ、そのシステムに適応しやすかった、というのはなるほどと思いました。

・ハンナ・アーレントの「悪とは、システムを無批判に受け入れること」という言葉が引用されていましたが、この章の内容を説明するすごくうまい引用だなと思いました。

・システムの全否定も全受容とあまり変わらず、システムに適応しつつそれを修正できるエリートこそが21世紀に求められているエリートだという結論は興味深いなと思いました。

第6章 美のモノサシ

・美のモノサシを顧客等の外部に依存するのではなく、内部に基準を持たなければならない、ということが書かれていました。

第7章 どう「美意識」を鍛えるか?

・美意識の鍛え方として、絵画鑑賞、VTS(Visual Thinking Strategy)、哲学の学習、文学・詩を読むことなどが挙げられていました。

○つっこみどころ

・発行部数が多かったからか、表紙が光文社新書の標準的なものの上に、著者の写真のカバーが被せられていました。
とても「美意識」について語りかけるような表紙ではなかったので、読み始める前にマイナスのイメージを持ちました。

・論理より美意識、というテーマで書かれている本だからか、論理を飛躍して結論が書かれていて極論過ぎる内容もあったように思えました。
第1章の「サイエンス型→ストレッチした数値目標→コンプライアンス違反」は倫理という美意識の観点が漏れているとしたいのだろうと思いますが、むしろ非論理的であることの事例のようにも思えます。
第6章のマツダの事例は単なる美的能力の問題で、経営に関する美意識とはすこし方向が違うようにも思えました。完全に違うとまでは思いませんが。