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【難民問題 – イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題】レポート

【難民問題 – イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題】
墓田 桂 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121023943/

○この本を一言で表すと?

 難民問題の解説と、難民側・受け入れ国側の事情について解説した本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)でのインターンシップ経験もある著者が、難民の定義、由来、実態、難民側の事情、受け入れ国側の事情等について、冷静な視点で客観的に書いていました。
難民を直接目にしながら、難民中心主義に陥らずに客観的に考える必要性を理解し、様々な立場の意見を列挙していて、いろいろ考えさせられる本でした。新書ながら、非常に多くの情報が盛り込まれていたように思います。

・ニュースなどでは感情移入しやすい難民側の視点で、特にその状況の大変さを中心に報道され、私もそれ以外の視点で考える機会があまりありませんでしたが、この本の内容を知り、広い視野で、様々な視点で考えることの重要性にも気付かされました。

・最初に略語一覧があり、読み進める中で何の機関だったか思い出せないときに便利でした。様々な機関が関わっていること、利害関係者となっていることが改めて分かる、良い資料だと思いました。

第1章 難民とは何か

・あまり大した成果を残せなかった印象のある国際連盟で、ノルウェー人探検家のフリチョフ・ナンセンを高等弁務官に任じて難民問題を当たらせていたのは、別の本で軽く触れられていましたが、興味深いなと思いました。
予算が三人の職員を雇える程度しかない中で、ナンセンは民間団体や各国政府から寄付金を集め、難民向けの身分証明書として「ナンセン・パスポート」を整備し、ソ連の大飢饉で国際亭な救助活動を行い数百万人に食料・避難所・医薬品等を提供し、トルコとギリシャの間のイスラム教徒とギリシャ正教との住民交換を支援したというのは、すごい行動力と能力だと思いました。

・ナンセンの取り組みが戦間期、ナンセンの死によって一時停滞し、戦後にUNHCRとして機関化され、その長である難民高等弁務官に日本人の緒方貞子がなっていたというのは興味深いなと思いました。

・UNHCRはそれなりに大きい組織ですが、領土を持たない国連の組織であり、あくまで国家間のやりとりを促進し、仲介する機関であるという構造的な制約があるという話はもっともだなと思いました。

・現代に至って効力を有している難民条約が1951年に調印され、当初は1951年1月1日以前の、欧州における難民のみを対象としていたこと、1967年の議定書でその制限が外されたことなどは初めて知りました。
日本国籍者が難民申請している事例もあり、2013年には37件申請され、数件は認定されたそうです。

・難民条約では「ノン・ルフールマン(追放や送還をしない)」と呼ばれる原則が定められ、難民の生命や自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境に追放したり送還したりすることは禁じられているそうです。
ただ、この原則を遵守しようとすると、すべての難民申請を審査し、万全を期す必要があり、重い負担を負い、安全保障上のリスクも負うため、この本の第2章以降で具体的に述べられる葛藤に繋がっているなと思いました。

・20世紀を「難民の世紀」と呼ぶそうですが、21世紀の最初の10年は難民が減ったものの、2010年以降は難民だけでなく人道危機におかれている人の数が増加し、難民自体もかなり増加していることが述べられていました。

第2章 揺れ動くイスラム圏

・イスラム主義に根差した暴力的な現象について1979年のソ連のアフガニスタン侵攻から時系列で説明されていました。
それ以降、2013年まで32年連続で難民発生国の首位の座を占めていたという混乱ぶりはすごいなと思いました。
シリアの難民が急激に増えただけで現在も落ち着いておらず、ソ連撤退後にはタリバーンとアルカイダが拠点とするなど大変な地域だと思いました。

・アメリカ主導のイラク戦争でサダム・フセイン政権を打倒した後、フセイン政権の少数派のスンナ派ではなく、多数派のシーア派政権がシーア派優遇策を進め、スンナ派の過激派組織が勢いを増し、またクルド人のクルディスタン地方政府が勢力を伸ばすなど、混乱が目立つそうです。
その中で、「イラクのアルカイダ」が生まれ、「イラクのイスラム国」そして現在のISへと発展したそうです。

・イラクで勢力を広げたISが隣国のシリアに勢力範囲を拡げ、「アラブの春」を機に内戦が起きていたシリアの力の空白地帯に進出しているそうです。

・リビアでもNATOによる軍事介入でカダフィ政権が2011年に崩壊し、独裁者を欠いたリビアでも複数の政権に分裂し、その間にISが勢力を伸張しているそうです。
カダフィが政権崩壊後の2011年10月にリビア人の兵士によって撲殺されたことは初めて知りました。

・独裁者によって、残虐な拷問や虐殺があっても、混乱を抑えられていたという意味では、まだましというレベルかもしれないですが、「どんなに野蛮であっても、権力はないよりもあった方が望ましい」というホッブズの説がここでも当てはまるのかもしれないなと思いました。

・難民だけでなく、国内避難民も合せると、シリアでは国民全体の半数が国の内外で難民化しているそうで、とてつもない混乱状態だなと思いました。

・近隣のイスラム教国での受け入れ状況についてもまとめられていました。
シリア、アフガニスタン、イラクなどの難民を最も受け入れているトルコでは、シリア人だけでも250万人以上が流入しているそうで、国民との衝突も起きているそうです。
一時避難民扱いで就労を認めていなかったそうですが、一部就労を許可するようで、トルコに定着しやすくなる反面、就労面で国民と競合することで更なる衝突が起きそうだと思いました。

・ヨルダンではパレスチナ難民等も含めて非常に流入されやすく、国民の1割にあたる60万人のシリア人が流入したそうです。国民でも失業率が20%を超える中で、労働許可を得ていないシリア人と日雇いの仕事でも国民との衝突があるそうです。

・トルコでもヨルダンでも受け入れに限界があり、入国を拒まれるケースも出ているようです。
サウジアラビア、クウェート、UAE、カタール、バーレーン、オマーン等の湾岸産油国は難民の受け入れに慎重で、財政面での支援に留まっているそうです。
湾岸産油国では政治体制が不安定なため、難民を受け入れることに影響を避ける狙いがあるそうです。

第3章 苦悩するEU

・EUへの難民の移動がかつてない規模で起こっているそうです。
難民と移民の混合移動、陸地経由・地中海経由、ギリシャ経由・イタリア経由・スペイン経由など、中東とアフリカに接するヨーロッパという地政学的な位置により様々な経路で入国されているようです。

・特に地中海ルートのような海上ルートは、侵入が容易なため、密航者ビジネスが大いに伸張し、またEUでは海難救助等で救うのを見越してさらに危険な密航を助長する、という悪循環も指摘されていました。

・ドイツのメルケル首相が受け入れの上限を定めないと発表した当時のニュースを見た時、素人考えながら「破綻しそうだな」と思いましたが、難民受け入れの費用が重なり、受け入れ政策への不満がドイツ国民の中でも高まり、受け入れに否定的な民族主義政党が躍進するなどの動きが見られるそうです。

・ドイツが受け入れるとなった時に、EUの中でも難民の前線にあたる国と、経由地に当たる国の状況について触れられていました。
スロヴェニア共和国の人口176人のリゴンツェ村を7万人の非正規移動車が通過した時は、美しい村として名高かったリゴンツェ村はゴミが散乱する羽目になったようです。
大量の人の流入による喧噪や荒廃の深刻さが伝わってくるエピソードだなと思いました。

・前線国の中でも中東方面の最前線であるギリシャでは、入国審査や申請拒否された者などが滞留し、アテネの元高級住宅地だった広場も非正規移動車が大勢集まり、たまり場になっているなど大変な状況のようです。
また、ギリシャ人の生活困窮者は難民を支援する活動から外れるため、難民以上に困窮する生活を送るなど、格差が生まれているそうです。

・イタリアもアフリカへの玄関口として難民の流入が多く、またイタリア海軍が海難救助に出動するなど、コスト面が嵩む上に、テロリストの流入など安全保障面でのリスクにもさらされている状況だそうです。

・ハンガリーやオーストリアではフェンスを設置して物理的に入国させないようにして批判を受けていますが、受け入れ態勢を整える余裕がない国では仕方のない話であるという著者の意見が印象的でした。

・EUはシェンゲン協定によるEU加盟国間の移動の自由とダブリン規則による難民申請の共通化が定められているそうですが、各国の余力や難民発生地域への距離の違いで不公平感があり、難民の割り当てをEUで決めても実施が拒否されるなど、かなりの抵抗も見られるようです。
イギリスのEU脱退が決まるなど、EU統合とは逆の動きもあり、EUも転換時期にあると見られています。

・楽観的とも言えるEUの難民受け入れの仕組みを利用してテロリストが流入し、フランスでは2015年の2度のテロ事件に繋がっているそうです。
そういった安全保障だけでなく、イスラム教徒というヨーロッパ各国に溶け込むことが困難な文化を持つ人々が隣人になる社会的安全保障という面でも難民が脅威と考えられているそうです。

・フランスやベルギーなど、難民流入前からイスラム教徒の割合が増加している国では「自国がイスラム化する」という恐怖があるそうです。
そういった恐怖をモチーフにしたイスラム教徒がフランスの大統領になる「服従」という小説が話題にもなっているそうです。

・理想主義的な政策で、難民の受け入れも進めてきた優等生的なEUが、能力的な限界から拒否するという薄汚れた仕事をせざるを得なくなるなど、きれいごとで能力を考えない理想はいずれ破綻するのだな、といろいろ考えさせられました。

第4章 慎重な日本

・日本における難民の受け入れ事情などについて書かれていました。
難民とは縁遠いイメージでしたが、いろいろな制度が整備され、変更され、運用されていること、どのようなことが起こっているかなどが解説されていました。
日本も難民条約に加入していること、その申請実務に関することなどは考えさせられるなと思いました。

・日本の難民申請許可率はかなり低いと聞いたことがありましたが、そもそも日本への難民申請自体が、就労延長目的で出稼ぎや退去強制逃れのためにやっていることがほとんどだそうで、著者も難民申請を却下された者の異議申し立ての審査をする立場だったことがあるそうですが、考えられないような理由で申請している者も多かったそうです。
実際に、日本に難民申請する者のほとんどは難民が多く発生している地域以外の国がほとんどだそうです。

・難民に対する2005年と2010年の法改正で、難民申請をすれば6ヶ月間在留資格と就労する権利が与えられることになり、偽装申請する者が増える一方だそうです。

・そもそも難民に関する問題は政治上の問題でもあり、中国やトルコなどの難民を認めると、国家間の外交上の問題に発展することになり、例えその個人を救うためとは言え、国益を大きく害する事態になることを考えると確かに難しい問題だなと考えさせられました。
受け入れる難民の基準をどこに定めるかも恣意的にせざるを得ず、安全保障面の基準等が入らざるを得ないのであれば、「難民に冷たい国であること」に肯定的な著者の意見も一理あるなと思いました。

・UNHCRの高等弁務官だったことのある緒方貞子の難民を受け入れるべきという発言の軽率さが際立っているなと思いました。
立場によって主張が変わるのは当然ですが、UNHCRのような団体に所属していたことで一面的な見方しかできなくなったのであれば、非常に危険な話だと思いました。
国連の機関の実態は、内部では非常に差別的であったり、中立的であるべきなのに自国を代表するような行動を取ることも多いという話を聞いたことがありましたが、トップにいた者が緒方貞子のように視野が狭いのであれば、いくら予算をつけても物事を成し遂げられないのではないかと不安に思いました。
UNHCRでインターンを経験したことのある著者がそこのトップだった者を客観的に見て軽率と判断していることは、著者の冷静な視点が際立っているなと思いました。

・著者は日本が難民や移民の受け入れをすることに対して反対の立ち位置のようでした。人道的であることはもちろん大事なことだと思いますが、自国の能力を超えて人道的であることはその先に破綻しか見えないというのは同意できるなと思いました。

第5章 漂流する世界

・一部の国家では、国家自体が限界を迎え漂流する時代であること、国連の存在が希薄化し、国家という単位が復権しつつあることについて述べられていました。
国境を壁やフェンスで守る国家の姿が考えようによっては自衛として当然の行動であるという視点は目新しく感じました。

終章 解決の限界

・難民問題について、その解決策を著者が模索し、現状を確認して今後より困難な状況になるという結論で終わっていました。
難民が発生する事態そのものをなくすというのは、その原因である戦争も政治の一部である以上、不可能であろうというのは冷静な考えだなと思いました。
オーストラリアの「オフショア処理(隣接国に費用を出して難民収容施設を作らせ、自国に入らせない)」などの対策も、世間では悪評高いものの手法としてはありではないかという著者の意見が興味深かったです。

○つっこみどころ

・現状分析に終始して解決策の提案がないことが残念に思いました。
ただ、難民問題のこれだけ困難な状況で安易な解決策を述べるよりも首尾一貫していてよいのかなとも思いました。