【インド洋圏が、世界を動かす: モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか】レポート

【インド洋圏が、世界を動かす: モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか】
ロバート・D・カプラン (著), 奥山 真司 (翻訳), 関根 光宏 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/477269532X/

○この本を一言で表すと?

 モンスーン各地域の歴史と現状からの考察を並べた論文集の本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・モンスーン各地域について、その地域の歴史や民族構成などの土台から今後どのようになっていくかを考察していて内容が充実した本だと思いました。アメリカの立場から見た各地域の考察も興味深かったです。

・各章ごとに説明する地域とその周辺の地図が載せられていて、著者の説明する地政学的状況が分かりやすかったです。

第1章 垂直に拡大する中国、水平に拡大するインド

・インド洋沿岸地域の資源や海路としての位置づけが述べられていました。この地域は欧米諸国からすると目が届きにくく、把握しづらい地域で、人口が多くさらに拡大傾向で、資源の産出・輸送地域でもあり、地理的に閉じられた場所でありながら中国がバイパスとしてこの地域への進出を目指しており、インドは地域大国として勢力拡大を目指しているという状況を概観できました。

第2章 オマーン、多文化の融合

・モンスーンの規則的な風向の変化で紀元前の船舶でもインド洋を行き来しているというのは他の本でも読んだことがありますが、それを発見し、続けてきた当時の人はすごいなと思いました。
ペルシャ湾の出口に位置し、紅海の出口からも近く、インド洋に面しているオマーンの立地が寄港地として重要で、昔から様々な文化がここで交錯していたというのは興味深いなと思いました。
商人の宗教とも言えるイスラム教がこのオマーンを通してインド洋沿岸地域に伝わっていったということも興味深かったです。

第3章 西洋とは異なる発展の指標

・インド総督だったカーゾンのイギリスが帝国を維持できなかった理由は海だとして、砂漠も海と見なした考え方は面白いなと思いました。
海と砂漠の街・集落を隔てるものとして、また交易通路としての共通点や位置づけは確かに似ているなと思いました。

・オマーンを建国したイバード派が聖戦を奨励するハワーリジュ派の一派でありながら他の教派の人々に対しても寛容な教派だったというのは、オマーンが文化の交錯する場所になることの一要素だったのかなと思いました。

・オマーンでは王政を維持しつつ近代化が起こり、その中心に反動的なサイード国王を追い出した息子のカブース国王が民主的な要素を取り入れつつ進めたというのは、通常の民主主義より優秀な独裁者による国家の方が栄える例の一つだなと思いました。
ただ、カブース国王には後継者がいないらしく、その後継者によってオマーンという国の行く末が大きく変わりそうだと思いました。

・オマーンのサラーラ港で大規模な港湾開発が進められており、ドバイ以上に好立地であることからさらに発展しそうだというのは興味深いなと思いました。

第4章 海の世界帝国

・ポルトガルが最初の海洋帝国になったことは世界史上有名な話ですが、その実体として、航海に出た者がかなりの割合で往路において死亡するほど過酷だったこと、それでも進出する者が多かったのは十字軍のようにイスラム教徒が進出している地域全てを敵と見なし、その地域を征服することを信仰と考えたものが多かったというのは初めて知りました。
上の方針だけでなく、一般の船員でもそういったモチベーションがあったのだなと思いました。
それでいて実際の航海では海を知っているイスラム教徒の手を借りていたというのは興味深いなと思いました。
先駆者が既にいる中で、後発のチャレンジャーとして大規模に打って出たことで一時的にとはいえかなりの進出ができたのかなと思いました。

第5章 バルチスタンとシンド、大いなる夢と反乱

・パキスタンの海側の地方、バルチスタンとシンドの状況を中心にパキスタンを論じていました。
核武装国であり、インドとよく諍いが起き、イスラム過激派との関係などもニュースになりつつ、アメリカとの関係もそれなりに良好というふわっとしたイメージでしか知りませんでしたが、バルチ・シンド・パシュトゥーン・パンジャブの4民族を中心とした多民族国家で、民族間の衝突があることを始めて具体的に知りました。パンジャブ人が過半数を占めていることは知っていましたが、パンジャブ人中心の政治体制で民族格差ができているそうです。

・パキスタン南西部のバルチスタンの海岸沿いに位置するグワダルについて詳しく述べられていました。
グワダルを開発して発展させる計画が以前からあるそうですが、著者が訪れた時は寂れた漁港でしかなかったそうです。
立地としては問題ないですが、政府の能力と国内の混乱から開発を進めることは困難だというのが著者の読みでした。
バルチ人とシンド人は民族独立運動を続け、それをインド等の周辺諸国が自国の利益のために支援したりしているそうです。
バルチスタンのグワダルと同じような位置づけでパキスタン南東部のシンドのカラチについても挙げられていました。カラチはそれなりに発展しているそうです。

・パキスタンの「建国の父」であるムハンマド・アリー・ジンナーはトルコのムスタファ・ケマルと同様にパキスタンを世俗的な近代国家にしようと考えていたそうです。
能力はあったかもしれませんが、トルコとは時期も異なり、民族構成も異なり、ムスタファ・ケマルのように民族浄化が可能なほど民族のシェアもなく、無理だったようです。
著者としてはパキスタンの可能性に触れつつ、内部事情から発展は無理とは言わないが困難、という意見であるように思えました。

第6章 グジャラート州、インドの希望と困難

・インドの中でも海外進出・財閥の排出等で経済的にも活発なグジャラート州について、当時の州首相のナレンドラ・モディに焦点を当てて述べられていました。
この本が書かれた時はモディの率いるインド人民党が政権交代に失敗した後だったようですが、現在では政権交代に成功し、モディが首相になっています。
このモディがグジャラート州の首相に2002年に就任した時、イスラム教徒が駅の客車に火をつけてヒンドゥー教徒58人が死亡した事件が起き、州最大の都市アフマダーバードで哀悼の日を設け、そのために好戦的なヒンドゥー教徒が何千人と集まり、イスラム教徒が殺害・強姦され、それを州政府が支援したと言われているそうです。
著者がモディにインタビューした時にその話題に触れても解答はなく、間接的にイスラム教徒を認めない発言があったようです。
著者も書いていることですが、2002年の事件以降はモディ政権において一度も同様の事件を起こさず、現在においても他の本でかなり評判の良いインド首相として紹介されていたりするなど、かなりうまく統治しているそうです。

・モディの属するインド人民党等のヒンドゥー至上主義の層に一度アピールした後は、必要なことをしないというのは、マキャベリの君主論に書かれていた残酷さの適切な使い方を心得ているようにも思えました。

・モディがグジャラート州で進めているGIFT(グジャラート国際金融技術都市計画)は、著者のインタビュー時には滞っていたようですが、現在はそれなりに進んでいるようです。

第7章 インドの地政学的な戦略

・インドの地理的な観点から見た現状について述べられていました。
周辺国のミャンマー・ネパール・パキスタン等が不安定な中で中国との関係を強め、また陸だけでなく海でも中国が進出しようとしていることに対し、かなり大規模な海軍をインドが備えようとしているなど、陸における地政学と海における地政学が交錯しているなと思いました。
インドの良好なインド洋における立地と、遠方まで手を伸ばしたくても近隣の状況が不安定なために困難な状況など、強みと弱みが同居していてこの国の舵取りは大変だなと思いました。

第8章 バングラデシュ、権力の真空地帯で

・バングラデシュでは天候に大きく左右され、国民のほとんどが不安定な状況に置かれており、また政府の力が弱いため、その代わりにNGOが大きな力を発揮しているということが書かれていました。
他のバングラデシュについて書かれた本でも同様のことが書かれていましたが、グローバルなNGOと異なり、地域密着型のNGOや、ムハマド・ユヌスのグラミン銀行やバングラデシュ農村向上委員会(BRAC)のような営利活動も行っている団体など、複雑な状況に対応できる組織ががんばっているようです。

・農村地域では問題ないようですが、都市部では政府が弱く、チェック機能が効かないことからイスラム過激派の温床になりやすいようです。
ミャンマーからの難民が国境地帯に逃げてきて、現地住民と衝突することもあるそうです。

第9章 コルカタ、未来のグローバル都市

・西ベンガル州にあるコルカタについて述べられていました。
バングラデシュと隣接した地域ですが、かなりの発展を遂げている都市で、他の発展した都市と異なるところも多い都市だそうです。
他の都市では上流層の地域とスラム地域がはっきりとわかれていますが、コルカタでは上流層と下流層が同じ地域に混然として住んでいるそうです。
その中で新富裕層がゲート付きコミュニティで分離するなど、複雑な状況にあるようです。

・イギリスが貿易でなく植民地化を始めたのはコルカタが起点ですが、ロバート・クライヴという一人の人間の存在が、すでに植民地化しつつあったフランスやオランダを撃退し、インドがイギリスの植民地となることを決定的にしたそうです。歴史の流れを、一人の軍事的天才が変える例はいくつもあると思いますが、かなり劇的な事例だなと思いました。

第10章 戦略と倫理―大インド圏構想の推進

・インド総督(副王)を務めたカーゾンがインドの建造物等の保護に努めたことから初代首相のネルーなどにも称えられていて、今になってネオ・カーゾン派と呼ばれる人たちがインド人の中に現れているそうです。
征服ではなく商業的協力関係によって国境の垣根を低くする考え方だそうで、アジア圏全体にインドの影響力を拡げることを目的とするそうです。
詩人タゴールが「民族主義は美しくない」と言ったこと、混淆主義者であったことから、ネオ・カーゾン派の目指すところと一致しているところがあるようで、文化的な融合・交流で垣根を低くするというのは、かなり壮大な考え方だなと思いました。

第11章 スリランカ、インドと中国のはざまで

・スリランカのハンバントタ(スリランカ南東沿岸の街)が重要な寄港地として中国の投資を受けて開発されていることが書かれていました。
古来より海路交通上の要衝地であったそうで、少数民族迫害で欧米諸国からの援助が途絶えてから中国が支援に乗り出したそうです。

・仏教徒のシンハラ人が多数派を占め、ヒンドゥー教徒のタミル人が少数派ながらインド南東部にタミル人がスリランカの人口の何倍も存在していて常に衝突しているようです。
その中で「タミル・イーラムの虎(LTTE)」を創設したベルピライ・プラバカランという一人の人物が民族紛争を過激な方向にもっていったそうです。
複雑なのは、LTTEがキリスト教徒のタミル人という少数派で構成されていて、シンハラ人だけでなくヒンドゥー教徒のタミル人もテロの対象となり、状況を激化させたそうです。
このプラバカランが存在しなければ、何十万人という人が死ななくても済んだというのは、これも一人の人間の影響力の負の方向性が大きく出た事例だなと思いました。

・シンハラ人の政府側も腐敗していて、ジャーナリスト等の都合の悪い人物を暗殺したり、処刑されたりする事例が続出したそうです。
著者は結論として、「どんなに野蛮であっても、権力はないよりもあった方が望ましい」とホッブズの説を挙げていました。

第12章 ミャンマー、来るべき世界を読み解くカギ

・ミャンマーが多民族国家であり、ビルマ族とそれ以外の山岳民族との衝突について述べられていました。
著者が山岳民族の代表者と会い、政府がいかに山岳民族を迫害してきたかをインタビューしていたのが印象的でした。ビルマ建国の父で、アウンサンスーチーの父であるアウンサン将軍が地方分権化された連邦制度、山岳地帯における各民族の首長権の是認、連邦から離脱する権利の承認を原則とした協定を結ぶ途中で暗殺され、その後より強力な中央集権化を特徴とする憲法が施行され、現在の状況に至るというのも、一人の人間の影響力の大きさを感じました。

・アウンサンスーチーはあくまでビルマ族の民主化の象徴でしかなく、山岳民族からは関係されていないそうです。
仮に民主化に成功しても、民族問題は残りそうで、困難な状況はまだまだ続きそうだと思いました。

第13章 インドネシア、熱帯のイスラム民主制の行方

・人数的には世界最多のイスラム教徒を抱えるインドネシアについて述べられていました。
M9.3の津波に襲われたことで、戦争に勝るほどの被害や、自然の猛威から反西洋的なムスリム活動家が活発になるなど、国家として大きな脅威であったものの、海賊の激減やNGOの進出による地域の安定、ゲリラ活動家との和平に繋がるなど、よい影響もあったそうです。

・インドネシアでは国民の85%がイスラム教の国教化に反対し、多元的共存や民主制を肯定する建国五原則パンチャシラ(唯一神信仰(特に宗教を限定せずそれぞれの宗教の神への信仰を指す)、民族主義、人道主義、民主主義、社会的公正)を支持しているというのはかなり良い傾向ではないかと思いました。
元々穏健な宗派のイスラム教が伝わっていたことに加えて、近代的な考えをもたらした改革思想家アブドゥフの主張によって世俗的穏健性と原理主義的急進性の両方がもたらされ、その信仰から津波等の災害に対しても心の安定に繋がっており、メディア等も宗教に対する意見が活発になっているというのも明るい方の状況に入ると思いました。

第14章 海域アジアの変貌

・マレーシア、シンガポール、インドネシア島のマラッカ海峡を取り巻く国家の歴史と現状について述べられていました。
中国系住民が経済的に成功してどの国でも資本シェアが高くなっていることに対する反発と、中国の進出やその影響力から最大限に配慮しなければならない状況など、複雑だなと思いました。
中国系住民のシェアが最も大きいシンガポールが、中国の進出を最も恐れているというのも、複雑な関係だなと思いました。

第15章 中国の海洋戦略の本質

・中国が海軍に力を入れ、また西太平洋・インド洋でのプレゼンスを発揮するに当たり、アメリカとしては対抗しつつ協力するという体制が現実的だと述べられていました。
著者の考えでは中国とインドという2大国とのバランスを取る役割をアメリカが担うべきだと考えているそうです。
相対的なアメリカの海軍力の低下から、そうせざるを得ないこと、地理的にも一つの超大国がインド洋の覇権を握ることは困難なことなども述べられていました。

第16章 アフリカをめぐる、統治とアナーキー

・アフリカの政府による統治の状況についてざっと述べられ、海賊の活動状況がメインで述べられていました。
ソマリアの海賊が近年活発化しているように言われているものの、この地域には昔からずっと海賊は存在しており、どの時代のこの地域を航海する者も海賊の被害を受けていたというのは興味深いなと思いました。
ただ、特に近年活発化しているのは、元々ヨーロッパによって人工的に区切られた国家体制が徐々に崩壊している証拠ともいえるそうです。

第17章 最後のフロンティア、ザンジバル

・アフリカ大陸の東に浮かぶザンジバルについて述べられていました。
インド洋航海の重要な寄港地だったこの島は、様々な文化が混じった建築様式の建物があるそうです。また、様々なルーツを持った住人がいるそうです。

○つっこみどころ

・翻訳本にありがちですが、タイトルと内容が一致していなかったなと思いました。この本はサブタイトルまで微妙でした。
この本はモンスーン地域の歴史と今後の動向、それとアメリカの影響・アメリカへの影響について触れた本で、インド洋圏「が」世界を動かすという話ではなく、一部を除いて「躍進」国家群でもなかったと思います。

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