【欧州複合危機 – 苦悶するEU、揺れる世界】
遠藤 乾 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121024052/
○この本を一言で表すと?
EUについてその設立までの経緯や設立後の問題等を多面的に分析した本
○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
・新書サイズとは思えないほどの情報量が、無理なく収められていて、とても読み応えのある本だと思いました。
・出版されてから時間が経過しても、的外れな内容がなく、正しく分析できていたのだろうなと思いました。
・EUに関して述べられた本、危機を指摘する本などを何冊か読みましたが、それらの内容が表面的な理解から書かれていたことを、この本を読んで気付けました。
・「複合危機」の「複合」を複数性・連動性・多層性の3つの側面があるものとして、欧州の問題の複雑さや、安易な解決ができないことが示されていて勉強になりました。
<第Ⅰ部 危機を生きるEU>
第1章 ユーロ
・成立後順風満帆だったEUが2005年の憲法条約批准で失敗し、憲法レベルでの統合をしないことを明記した条約を締結することになったというのは興味深いなと思いました。
・以後何度も出てきますが、国家としての立ち位置とEUに属するという立ち位置の相克は、なかなか解決できない問題だろうなと思いました。
・リーマンショック後のギリシャ発のユーロ危機は当時ニュースになったのでよく憶えていますが、どのように収束していったかは知りませんでした。
ECB(欧州中央銀行)がEFSF(欧州金融安定化ファシリティ)、EFSM(欧州金融安定化メカニズム)等の様々な仕組みを駆使して当時危機に合ったPIIGS諸国を支援したこと、EFSF・EFSMがESM(欧州安定化メカニズム)に統合されて恒久化されたことなど、ユーロを支える仕組みが構築されていたことを初めて知りました。
昔読んだ投資家のジョージ・ソロスの本や、それ以外の本で、ユーロは仕組み自体が最初から破綻していると書かれていましたが、ある程度解決されたように思えます。
・ギリシャがEUから強制された緊縮財政に反発していたことは知っていましたが、住民投票の結果もEU離脱のカードでひっくり返されて従うことになった顛末までは知りませんでした。銀行監督機能の統合・EUへの一元化が進んでいるとのことですが、かなり前に進んでいる印象を受けました。
第2章 欧州難民危機
・難民増加のプッシュ要因・プル要因は一般に知られているような内容ですが、それに合わせてスルー要因として入国させないのも入国させて保護するのも難しい国家が素通りさせて隣接国に向かわせるというのは興味深いなと思いました。
・シェンゲン協定がEU圏内での自由な移動を許可する協定だったのは知っていましたが、最初のEU圏内での入国で審査し、情報共有することが前提の仕組みというのは知りませんでした。
入口がザルだと非常に危険な仕組みで、入口の国家がその責任を負わないなら厳しくチェックするインセンティブもなさそうで、機能させるのは難しいだろうなと思いました。
・ドイツが難民受け入れを公表した当時のニュースを見て危ういなと思っていましたが、トルコと協定を締結してEU圏内に送り込ませないようにしていたのは初めて知りました。
第3章 欧州安全保障危機
・ロシアのクリミア併合やシリア介入等の活発な動きや、テロへの対応などの安全保障上の危機について書かれていました。
・パリ同時テロやブリュッセル同時多発テロについてかなり詳しく書かれていて、シェンゲン協定を利用してEU圏内に入り込んだ過去にもテロ等に参加した者が十分に計画を練って起こしたものであったこと等がよくわかりました。
第4章 イギリスのEU離脱
・イギリスのEU離脱については他の本でも読んで知っていましたが、著者自身が国民投票前に調査をした結果等も述べられていて興味深かったです。
・併せてスコットランド独立問題についても触れられていましたが、スコットランドではEU加盟派が多数派であること、スコットランド単体でEUに加盟するにはかなりの高い壁があること、イングランドとの物や人の移動が自由でなくなることが大きな問題であること等で独立するデメリットも大きく、投票でも独立が多数派にならないというのは初めて知り、なるほどと思いました。
<第Ⅱ部 複合危機の本質>
第5章 統合史のなかの危機
・戦後にEUの前身となるECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)、EECでも都度危機があったこと、その危機の内容は現在のEUとは違ったものであったことが書かれていました。
・EUが必要となる前提としてドイツ(西ドイツ)の再軍備をヨーロッパの再軍備に統合してしまおうという動きがあり、ヨーロッパ全体での安全保障が検討されたものの途絶えたこと、フランスのド・ゴール大統領が拒否権、不参加を駆使してEECの力を削いだこと、西ドイツのブラント首相が東側に相互承認を求める東方外交を始めたことで西側において危機意識が高まり、統合が進んだこと、石油危機から市場統合が進んだこと、冷戦終結と東西ドイツ統一で、統一ドイツを制御するためにNATOの軍事的枠組みにつなぎ留め、ECをEUへアップグレードし、通貨統合へ向かったことなどが書かれていました。
・欧州統合のプロセスは過去の美談とされがちだそうですが、実際には利害関係の対立が常にあり、ドロドロした状態が続いてきたのであって、現実は今と同じように厳しいものだったそうです。
・EUはドイツ問題と東西冷戦という二大要因から歴史的に規定されたものだそうですが、それらが解決したのちには別の意味でのドイツが強国となったドイツ問題と、イデオロギー要素はなくなったもののロシアに対する安全保障と新たなジハード主義のテロに対する安全保障が今はあるそうです。
・EUの前提が変わったにもかかわらず、EUの枠組みがそれほど変わっていないために不整合が起こっているそうです。
・現在の課題として、EUの欧州議会の選挙参加率の低さによる民主的正当性の脆弱さ、機能強化が進まず解決能力が不足することによる帰納的正当性の脆弱さ、EUの政策・意義等への各国国民の認識の薄さなどがあるそうです。
・現在のヨーロッパは様々な別の問題が起こる複数性、危機が危機を呼ぶ連動性、EU・加盟国・地方等の多次元にまたがる多層性等の複合危機のさなかにあるそうです。
第6章 問題としてのEU
・問題に対する解決策としてEUやユーロの成立が目指され、統合によって解決されたものの、今度はEU自体が問題になっているという話が書かれていました。
・アイデンティティの面では、「ヨーロッパ人」ということを各国の国民として以上に意識している者はごく少数で、自国に対しては国民国家としてのナショナリズムが強く残り、他国に対しては異なる他者としてステレオタイプで見るということがあるそうです。
・シェンゲン体制が移民等で他国によって自国に損害を与えられるものという認識がある一方で、根強い支持と背景にある共通利益感覚もあり、問題としてだけ見るのは見落としに繋がると指摘されていました。
・デモクラシーと機能的統合の関係では、EUが問題を解決していくには機能の強化・統合が必要であるにもかかわらず、一国を超える民主的正当性が欧州議会の投票率の低下で「二流の選挙」呼ばわりされるくらいに弱く、進まないということが挙げられていました。
・難民への不寛容など、EUの理念が崩壊したと言われているものの、元々EUは移民・難民問題には慎重な立場であったこと、例外的な大量の流入の事例だけで判断しない方がよいことが客観的に述べられていました。
・EU全体での再分配ができれば解決する問題が多いものの、国内でも税金の確保と再分配で不公平感がもたれているのに、国家間ではその調整が難しいことが挙げられていました。
第7章 なぜEUはしぶとく生き残るのか
・EUの過去が神話と共に語られ、また現在は没落したもののように語られているものの、なぜ簡単に崩落しないのかが述べられていました。
・EUの存在理由として3つのP(平和・繁栄・権力)が挙げられ、NATOとの連携による安全保障による平和、豊かな一大市場として障壁を取り払って貿易を活性化させ、投資を引き付けてきたことによる繁栄、加盟国単独では確保し切れない影響力を地域全体の影響力として行使し、目的を実現する権力について書かれていました。
・政治体が持続するためにはデモクラシーだけでは成り立たず、専門的な知識を基にエリートが政策形成するテクノクラシーが必要で、EUがこの機能を担ってきたことが書かれていました。
・EUは危機だらけであるものの、それらの危機が全て重なっているわけではないことから個別に解決してきた経緯もあり、今後も同様に解決できるかは分からないものの、悲観的な視点のみでみるのはおかしい、という内容も書かれていました。
<第Ⅲ部 欧州と世界のゆくえ>
第8章 イギリス離脱後の欧州と世界
・イギリスがEUを離脱したのちにはドイツが覇権を握る、EUが崩壊する等の言説が巷にあふれているものの、EUのはたしている機能・役割から、崩壊ではなく再編される方向になるだろう、ということが書かれていました。
EU加盟国でも立ち位置がことなるため、それらの役割が絡み合った形は変化するものの基本的には継続するそうです。
終章 危機の先にあるもの
・EUが理念であったものから組織になったこと、支えるインフラが崩れていく中で組織だけが残っていること、先進民主国のトリレンマ(グローバル化―国家主権―民主主義の相克)が先鋭化するなかで、EUがこの先どう舵を切っていくのか、という問いで締められていました。