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【戦国日本と大航海時代 – 秀吉・家康・政宗の外交戦略】レポート

【戦国日本と大航海時代 – 秀吉・家康・政宗の外交戦略】
平川 新 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121024818/

○この本を一言で表すと?

 大航海時代の世界における日本がなぜ植民地にならなかったのか考察した本

○面白かったこと・考えたこと

・ポルトガルやスペインを始めとしてヨーロッパ諸国がアジアに進出している大航海時代に、なぜ日本が独立を保てたのか不思議に思っていたことがありましたが、当時のヒト・モノ・カネのバランスや、戦国時代で戦争に慣れた国民性、ヨーロッパと同様に覇権国家であるという立ち位置にあったこと、外交戦略としての立ち回りの巧みさなどがあって、独立が保たれていたというのは興味深いなと思いました。

・幕末になると大分欧米諸国との力の格差があったことと比較しても、当時は相対的に日本が強い力を持っていたということ、戦国時代とその後をグローバルに考えたことがなかったので、改めて考えると面白いなと思いました。

序章 戦国日本から「帝国」日本へ

・秀吉、家康、政宗が進出してきていたポルトガル、スペインとそれに続くイギリス、オランダに対する外交政策、海外における日本の扱いについて概要が述べられていました。

第一章 大航海時代と世界の植民地化

・スペインとポルトガルで世界を二分する約束を交わしたトルデシリャス条約とアジア圏で二分する約束を交わしたサラゴサ条約によるデマルカシオン(世界領土分割)体制について説明されていました。
壮大な話ですが、カトリックの信仰地域拡大を名目として領域を分割する、という点で、カトリック国でかつ大航海時代に進出し、主導する国家が限定されていたからこその約束事かなと思いました。

・日本がちょうどサラゴサ条約の境界上に位置していたことからポルトガルとスペインが争う地域になったこと、そこにプロテスタントのイギリスとオランダも介入してきたことで、競争相手がいたことなど、時代特有の他にない状況は面白いなと思いました。

第二章 信長とイエズス会

・信長がある程度イエズス会に対して好意的だったこと、仏教勢力に敵愾心を燃やすキリシタン兵士を本願寺攻めなどに活用していたことなどが書かれていました。

・世界の広さを知って、ヨーロッパの強さと野心を理解し、先手を打って明を征服する構想を立てたというのも、信長らしいなと思いました。

第三章 秀吉のアジア征服構想はなぜ生まれたか

・秀吉がある程度キリスト教を許容していたこと、当時の日本人売買がかなり広く行われていて、それを禁止するように告げていたこと、ヨーロッパ諸国のアジア地域進出を知って、先んじて明だけではなくインドまで征服する構想を立て、スペインを脅迫することまでしていたことなど、興味深いなと思いました。

・別の本で、キリスト教と一向宗の共通点を認識していて、団結し体制に反乱を起こすものとしてキリスト教を追放したという説もあり、そういった文書が残っていたと書かれていましたが、許容から否定に変わっていったのかなと思いました。

第四章 家康外交の変遷

・フィリピン総督のビベロがメキシコに帰還する途中で遭難し、日本に助けられ、家康も関わっていた話は知っていましたが、そのビベロが日本征服の考えをもって家康と交渉していた話は初めて知りました。

・家康が始めはスペイン、特にフィリピンとの外交を積極的に考えていたところ、キリシタン大名の統制の困難さやイギリス等のプロテスタント国家の者から聞いたカトリック国の侵略の話などから徐々に排斥に考えが変遷していったというのは興味深いなと思いました。

第五章 伊達政宗と慶長遣欧使節

・伊達政宗が支倉常長を慶長遣欧使節として派遣した話は有名で知っていましたが、家康の合意の上で、仙台をキリシタン特区とする見込みで宣教禁止の例外として貿易を進めようとしていた話は興味深いなと思いました。

・ローマで歓迎され、支倉常長が貴族に叙任される話もあり、歓迎ムードだったこと、日本の宣教禁止の話も伝わって宣教師の派遣・司教の設置・貿易などの話が進まなくなったこと、ポルトガル系のイエズス会とスペイン系のフランシスコ会の対立なども裏にあったことなど、具体的な内容は初めて知りました。

第六章 政宗謀反の噂と家康の情報戦

・家康の時代に伊達政宗が謀反するという噂から、「仙台陣」として出兵準備までされていたこと、秀忠の時代にも謀反の話が出たこと、二度ともうまく和解して江戸幕府に取り込まれることになったことなど、江戸初期の政宗の存在感の大きさが興味深いなと思いました。

・江戸にそれなりに近い立地で武力も経済力もある伊達政宗をうまく江戸幕府に取り込む政略だったと書かれていましたが、それが本当だとすれば徳川二代の情報戦能力はすごいものだなと思いました。

第七章 戦国大名型外交から徳川幕府の一元外交へ

・各大名がそれぞれのやり方で海外と外交し、貿易した時代の話と、徳川幕府に集約されて大名レベルでは貿易・外交をさせないようになった体制の話が書かれていました。

終章 なぜ日本は植民地にならなかったのか

・戦国時代の勢力分散状況を信長・秀吉・家康の三代によって解決され、日本としての国力を発揮できるようになったこと、それによって他国を征服する能力のある帝国として位置付けられたことが、日本が植民地にならなかった理由としてまとめられていました。

○つっこみどころ

・著者は日本の歴史が専門分野だからか、海外の歴史の内容については浅く、正確性にも欠けるのではと思えるところがありました。

・著者の出したい結論に様々な文書の内容を結び付けていますが、かなり強引な結び付け方も多く、あまり賛同できませんでした。
特に伊達政宗をスペインに売り込もうとしたソテロの話で、文書等でも伊達政宗が次の皇帝になろうという野心を持ち、実力もあると宮廷で言い回っていることをソテロ自身の捏造した内容と断言されていましたが、スペインとの外交がうまくいった時に捏造した内容だと明らかになったらソテロの立場が危うくなりそうなもので、むしろ野心があり、伊達政宗とソテロの間ではそういう話をしていて、伊達政宗が江戸幕府とスペインに二面的に外交していたとみる方が自然ではないかと思えました。
他にも「文書ではこうなっているが、しかし状況からは・・・」と文書を否定している箇所が多く、一部は納得できるものの、納得しづらい我田引水的な解釈も多かったように思えました。