【NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃】レポート

【NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃】
NHK取材班 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4800212952/

○この本を一言で表すと?

 生活保護制度を取り巻く利害関係者をそれぞれ浮き彫りにしたルポの本

○面白かったこと・考えたこと

・2012年4月に出版で「3兆円の衝撃」だったのが2013年上旬で「4兆円の衝撃」になっているというその膨れ上がりぶりはすごいなと思いました。

・生活保護受給者、政府、大阪市、不動産業者、貧困ビジネス業者、支援団体など、いろいろな「生活保護」に関わる団体やそこに所属する人物の生の声を取材していて、「生活保護」とその周辺について、何となく知っていたことが具体的な像を結んできたように思えました。

第一章 働ける世代の生活保護受給

・毎月一日の需給のために役所にダッシュする人の中で、「金髪に派手な色のジャンパー、キャラクターのキーホルダーをたくさん付けた携帯を二つ持ち、その片方でゲームをしながら順番を待っている若者もいる。」と働ける世代の生活保護受給のわかりやすい象徴を妙に細かく描写しているのは面白いなと思いました。

・P.43の「大阪市の就労支援によって就職した人のうち保護の停廃止となった割合」の図が興味深かったです。
生活保護を受けていた期間が6カ月未満だと約15%、1年未満だと約8%、5年未満だと約6%、10年未満だと約1%、10年以上だと0。
ただ、これは「就職した人」のうち「生活保護の停廃止になった割合」なので、そもそも就職していない人を含めた図を作るともっと極小な割合になるのではないかと思いました。

第二章 なぜ生活保護は急増したか?

・路上に寝たら終わりと考える人たちが個室ビデオ店に泊まったり、レンタルビデオ屋で立ったまま寝たり、図書館で寝ていたりしていたというのは本当にギリギリのところで留まっている感がすごいなと思いました。

・生活保護の制度は昔から現在のようなイメージでしたが、2009年3月18日の厚生労働省の通達から65歳未満の健常者も生活保護を受けることが容易になったというのは初めて知りました。
それを考えるとP.56の生活保護費の推移の図における2009年以降の上昇具合はそれほどでもないのかなと思えました。
ただ、2013年に4兆円に達する勢いであることを考えるとやはり急上昇なのだと思いますが。

第三章 貧困ビジネス業者

・生活保護受給を狙った貧困ビジネス業者の手口はよく考えられているなと思いました。
国が支給するお金を暴力団や不動産業者がうまく吸い上げる仕組み、表と裏の契約書など、裏業界でも頭のいい人がいて、そうでない人を食い物にしているのだなと思いました。
NPO法人法ができて暴力団が有効活用していること自体は聞いたことがありましたが、そのNPO法人を使った裏ビジネスの具体例を初めて知ることができました。

第四章 大阪市VS貧困ビジネス業者

・大阪市の全人口の5%以上が生活保護受給者というのはすごいなと思いました。
国が4分の3負担、大阪市が4分の1負担としてもその負担額はものすごいだろうなと思います。
「大阪市だと受けやすい」と他の市役所の職員が勧めたり、制度変更前の駆け込み需要があったり、他の業界でもありそうなモラル・ハザードが起きているなと思いました。

・不動産業者が不正利益を得ることを防止するための制度が競争を阻害することになるなど、一つの制度実施による副作用が存在することの分かりやすい事例だなと思いました。

第五章 受給者が沈み込む闇社会

・闇賭博、麻薬取引など、受給者がさらに踏み込む、それも受給者にとって好条件で進んで踏み込む仕組みは生活保護費を負担する政府を除けばWin-Winが成立する、よくできている仕組みだと思いました。

・P.161の「平成22年度の生活保護費内訳」で、生活保護費全体の半分近くは医療扶助で支給されているというのは初めて知りました。
1兆5,701億円が医療扶助で使われていること言うことは、病院業界や薬剤業界の利益の中でそれなりの割合がこの医療扶助から流れ込んでいるのではないかと思い、驚きました。

第六章 第二のセーフティネット

・職業訓練や「総合支援資金貸付」など、実態にそぐわない制度により、さらに国家や地方公共団体の支出が増え、特定の者の利益になったり、生活保護受給者から貧困ビジネス業者が利益を吸い上げる源泉になったりしているのは、素人目に見てもそうなりそうな制度設計だと思いました。

・公共放送であるNHKのスペシャル取材班がこの本で政府が定めた第二のセーフティネットは失敗だったと断言していることが面白いなと思いました。

第七章 自立に立ちふさがる壁

・大阪市が手厚い就労支援を実施しても、生活保護受給に長く浸かるほど効果が出なくなること、雇用側が即戦力を求めることから生活保護受給者が就職することが困難などが挙げられていました。

第八章 生活保護をどうすればいい?

・生活保護が労働しない方が得というインセンティブを持たせるというのは制度上当たり前のことで、期限付きにすることや、就労支援とセットにすること、働いた方が収入が大きくなる制度設計にすることは当然すぎることだと思いますが、縦割行政の弊害から実現できていないというのは、政府の体制そのものの問題で根深いなと思いました。

・ミルトン・フリードマンが提唱する負の所得税の考え方を導入すればうまくいく話だと思えますが、実際に導入するとなるといろいろ障害があるものかもしれないなと思いました。

○つっこみどころ

・「生活保護受給者を責めるつもりはない」とまえがきに書きながらも、どこか上から目線で責め続けているような文章になっているのが気になりました。
全体的に記者たちの主観的な偏りがあるのはある程度は仕方がないのかもしれませんが。

・生活保護を受け続けることで、働く意欲や気力を失っていくというストーリーはわかりますが、生活保護受給者に仕事をさせようと努力しているケースワーカーなどの取り組みがそのやる気を失わせる方向に作用しているような皮肉さも感じました。(第一章 働ける世代の生活保護受給)

・生活保護受給者の就職困難については雇用側の立場に立てば当然の話で、そこを経営者の倫理に任せるという論調は違和感がありました。(第七章 自立に立ちふさがる壁)

・ほっとプラスというNPO法人が長い目でみてある程度の成功をしていると書かれていましたが、経済効率で考えると長い目で見て出した成果と、その成果から得られる収穫のバランスが悪そうだと思いました。(第七章 自立に立ちふさがる壁)

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