【もういちど読む山川世界史】 【詳説世界史研究】【山川世界史総合図録】レポート

【もういちど読む山川世界史】
「世界の歴史」編集委員会 (編集)
https://www.amazon.co.jp/dp/4634640317/

【詳説世界史研究】
木下 康彦 (編集), 吉田 寅 (編集), 木村 靖二 (編集)
https://www.amazon.co.jp/dp/4634030276/

【山川世界史総合図録】
成瀬 治, 佐藤 次高, 木村 靖二, 岸本 美緒, 桑島 良平
https://www.amazon.co.jp/dp/4634040212/

<古代・中世>

・メソポタミアやエジプトの農業の生産性が中世ヨーロッパの10倍という記述がありました。逆ならまだ理解できますが、農業の生産性向上などは何千年も図られなかったということでしょうか?

・アレクサンドロス大王が20歳から33歳までであれだけのことをやってのけたということに驚愕しました。

・小説などで科挙試験は詩作の試験というイメージがあり、一方で儒教の教養の試験という知識もあり、どちらもなのかどちらかなのかと曖昧にしていましたが、元々は詩作の試験で、宋の時代に儒教の教養の試験に変更されたということを知り、納得しました。また、殿試(皇帝が試験官となる試験)も宋の時代に追加され、評価する者(最終試験官)が皇帝になることで実権を強めたという政策には納得がいきました。

・宋の時代の改革者である王安石の詩から「紅一点」という言葉が生まれたというのが面白かったです。(詳説P.122)

・昔観た「敦煌」という映画の舞台が西夏(大夏)だったということがようやく分かりました。(映画で主人公が最後に「りげんこーーーー」と叫んでいましたが、タングート族の族長である李元昊のことだと分かりました。)(詳説P.125)

・周辺の国に圧迫されていた宋で、中国を代表する人物・物語(岳飛、徽宗皇帝、水滸伝)や朱熹の朱子学、陽明学の元になった陸九淵など、火薬・羅針盤などの発明品が出ていることを知って面白いと思いました。

・宋の時代の科挙のカンニングの証拠(下着に四書を書付)が残っているのが面白いと思いました。(図録P.31)

・遊牧民が羊と一緒に山羊を飼うのは、気の小さい羊に落ち着いた山羊を混ぜることで全体を落ち着かせるためと知って、馬と羊はわかるけどなんで山羊も?と思っていましたが、やっと謎が解けました。(詳説P.136)

・中央アジアのある土地の主要民族がそっくり入れ替わる現象が何度も起きているのは、遊牧民族ならではかな?と思いました。

・「~~朝」として成立しても数十年で王朝が交代したりするのは、征服することと統治することの違い、属人的であるために統治ノウハウまでは継承できなかったことによるものかな?と思いました。この点は現代の企業にも共通しそうです。

・イスラーム教の禁忌で「左手が不浄の手」と定められているのを初めて知りました、(てっきりインド人の習慣だと思っていました。インドでもイスラーム教の王朝に支配されていた時代があるので文化として残ったのでしょうか?)(図録P.34)

・古代・中世初期のヨーロッパではいろんな民族が入り乱れていたのは知っていましたが、今も存在するハンガリーとフィンランドがインド・ヨーロッパ語族じゃなくてウラル語族に属しているというのを初めて知りました。(ウラル語族のフィン人が住んでいるからフィンランド)

・十字軍の背景を知って、この時代の各国家はいろんな利害があり、またいろんな脅威にさらされて大きな意思決定を下しているのだな、と思いました。(東西教会が相互に破門した後にビザンツ帝国がイスラームの脅威からローマ教会に助けを求める、ローマ教会はそれを機に破門したイギリス、フランス、ドイツの国王に贖宥をちらつかせることで権威を回復、など)

・中世ヨーロッパの都市は城塞で囲まれていたから、城壁を意味する「~ブルク」「~ブール」「~バラ」という語尾が都市名についているというのは面白かったです。(詳説P.208)

・修道院の生活サイクルがすごいと思いました。(夏は1時起床で20時就寝、秋は2時起床で17時就寝)(図録P.50)

・何かで聞いたことがあるエンリケ航海王子が、ポルトガルの王子で自身は船酔い体質で一度も航海に出たことがなかった、というのが面白かったです。一度も海外に行ったことがないのに海外の情報を徹底的に集めて、国家の商業の発展を促した、というのは逆にすごい気がします。(詳説P.217)

・デンマークの王女マルグレーテのような女傑がいたということを初めて知りました。(ノルウェー王に嫁した後、父王と夫王が亡くなった後に両国の実験を掌握、さらにスウェーデン貴族の要請でスウェーデン国王を追放し、自分の姪の息子を3国の王に。)(詳説P.220)

・西ヨーロッパ最古の大学である、ボローニャ大学の学生運動が現代のそれと違っていて面白かったです。(「学生の許可なしに講義を休むべからず」など)(詳説P.222)

・プロイセンの位置は何となく今のドイツのどこかだと思っていたのでドイツ騎士団領の位置に違和感を感じていましたが、後の時代の地図をみて納得できました。(プロイセンからドイツに領地が伸びていました)

・明を建てた朱元璋(洪武帝)は「ひとりで聖賢・豪傑・盗賊の性質をあわせもっていた」といわれ、中国史上で貧賤の境遇から1代で皇帝になったのは漢の劉邦と朱元璋だけ、ということを知りました。(詳説P.239)

・中国で初めてのイエズス会宣教師マテオ・リッチの行動力がすごいと思いました。(マカオに来航して中国語を学びながら宣教。皇帝の許可を得ることと中国の伝統文化の衝突を避けることを考えて、官僚と同じ儒学服をまとい、中国の古典を学んで西洋学術である天文学・数学・地理学・砲術などの紹介・翻訳に努めた)

・徳川家康が豊臣家にいちゃもんをつけた「国家安康 君臣豊楽」と同じようなことを、清の雍正帝も文字の獄でやっていたというのが面白かったです。(科挙の試験官が詩経の一節から出題した「維れ民の止るところ」に「維・止」は雍正帝の頭の部分を切り離したものだとして処刑)

・清の時代にヨーロッパ宣教師が清の高官になったり、ヨーロッパの文化が清に影響を与えるだけでなく、清の文化がヨーロッパに影響を与えていた、ということを初めて知りました。清の康熙帝が高く評価されていることは司馬遼太郎の小説で知っていましたが、こういう背景だったのだな、と納得できました。(詳説P.262,263)

・シク教ができたのが割と最近だったのを初めて知りました。(15世紀後半から16世紀前半くらい)(詳説P.270)

・タイのアユタヤ朝を滅ぼしたミャンマー軍を撃退したのが華僑を父としタイ人を母とするタクシン。トンブリー朝を開くがすぐに部下に殺され、タクシンの部将チャクリがラタナコーシン朝を創始し、今に至る。・・・タクシン元首相の名前はここから?(詳説P.271,272)

・今までに読んできたいろんな漫画とリンクして、その背景も分かって面白かったです。

・ところどころに「都する」という言葉が動詞として出てきていて、ググるとそのまんま「みやこする」という読み方ということがわかりました。

<近代>

・イギリスとスペインの海上覇権を賭けた「アルマダの海戦」がパラダイムの違い、戦術の違いで劣勢のイギリス軍が勝利したというのは、後の戦争でもそうだなと思いました。(P.132)(図解P.68~)

・それなりに近代化がすすんだヨーロッパでフランスの領域をヨーロッパの大部分に広げたナポレオンがすごいと思いました。(P.154~)(図解P.88~)

・アメリカ南北戦争で南部が独立しようとしたためにリンカーンが総力戦を決意し、民間人も巻き添えにする方策で第二次世界大戦を越える死者を出していたのには驚きました。この発想が東京空襲や原爆投下に繋がっているというのは、歴史上の経験は繰り返されるということかなと思います。(P.178)(図解P.118~)

・衰退しつつあるオスマン帝国を長引かせていたのがロシアの南下を防ぐ防壁としての役目を果たしてほしいイギリスやフランスの介入だったというのは、宗教的な理由より国家の安定を望む近代思想の現れかなと思いました。(P.183)(図解P.104~)

・アヘン戦争、アロー戦争で清がイギリス・フランスにいいようにやられていくところは、文化的な違いによるものが大きいのかなと思いました。(P.191~)(図解P.98~)

・世界史における近代日本の扱いはこんなものかと思いました。(P.196)

・アメリカが独立する前はスペイン領がかなり大きかったみたいですが、あまり教科書上では触れられていないのが気になりました。(図録P.82)⇒各国から買収、割譲されたようです。元スペイン領はメキシコ領になっていた模様。(図録P.96)

・産業革命で発展した世界の工場の盛況っぷりは凄いなと思いました。(図録P.89)

<現代>

・第一次大戦以降の参戦や反抗を呼びかけるポスターが面白かったです。(図録P.113~、詳説P.457)

・ヒトラー、毛沢東と共に三大大量虐殺者として有名なスターリンの容貌が思っていたより温和だなと思いました。(図録P.117,P.125)

・日本の空襲による焼け跡が米軍水兵で賑わっている様子は、まさに占領されているな、というイメージでした。(図録P.127)

・ドイツの外相が1926年にノーベル平和賞を受賞していたことを初めて知りました。(詳説P.467)第一次世界大戦敗戦からナチス台頭までの間にもこんなことがあったとは、ドイツの変化のめまぐるしさに驚きます。第一次世界大戦後と比較して第二次世界大戦後の日本、ドイツに対する占領政策がかなり強力だったのは同じようなことを二度繰り返さないように注意した意味があったのかもしれません。

・イタリアやドイツで余暇を管理してファシズム体制への国民の統合を推し進めていたことを初めて知りました。(詳説P.471)

・今も中国では地方同士の対抗意識が強いらしいですが、1920年代にも地方の軍閥同士の争いがあったというのが何だか納得感があります。(詳説P.478~)

・アウンサンスーチーがなぜミャンマーでずっと民主化のシンボルになっているかの理由を知りませんでしたが、ビルマ独立運動で「ビルマ建国の父」と呼ばれるアウンサンの長女だったからというのを初めて知りました。(詳説P.517)

・ウォーターゲート事件の成り行きに軽く触れることができました。(詳説P.541)

・フォークランド紛争でイギリスに負けたことがきっかけでアルゼンチンが軍事政権から民政移管された、という経緯が何だかいろんな因果関係があるのだなと思いました。(詳説P.560)

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