【帳簿の世界史】
ジェイコブ・ソール (著), 村井 章子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4167910608/
- ○この本を一言で表すと?
- ○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
- 第1章 帳簿はいかにして生まれてきたのか
- 第2章 イタリア商人の「富と罰」
- 第3章 新プラトン主義に敗れたメディチ家
- 第4章 「太陽の沈まぬ国」が沈むとき
- 第5章 オランダ黄金時代を作った複式簿記
- 第6章 ブルボン朝最盛期を築いた冷酷な会計顧問
- 第7章 英国首相ウォルポールの裏金工作
- 第8章 名門ウェッジウッドを生んだ簿記分析
- 第9章 フランス絶対王政を丸裸にした財務長官
- 第10章 会計の力を駆使したアメリカ建国の父たち
- 第11章 鉄道が生んだ公認会計士
- 第12章 『クリスマス・キャロル』に描かれた会計の二面性
- 第13章 大恐慌とリーマン・ショックはなぜ防げなかったのか
- 終章 経済破綻は世界の金融システムに組み込まれている
- ○つっこみどころ
○この本を一言で表すと?
帳簿、会計の力や事情を通して、これらが大きな意味を持った時代について書かれた本
○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
・帳簿、会計を軸に世界史を見るということで、ローマ帝国から現代のリーマン・ショックまで、様々な時点における帳簿、会計についてどのようなことがまとめられていたか、どのような効果を発揮したかが書かれていました。会計が導入されてもチェックされること、監査されることがなければ有効に働かないことなども書かれていました。
・世界史の他の本ででてきた人物が会計について詳しかったり、専門家だったりするケースがでてきて、意外な側面を知れたなと思いました。
・歴史上の帳簿について、各時代の各国の帳簿をかなり調べた上で、どのような内容であったかまで把握して書かれていてすごいなと思いました。
ソースノートと謝辞での各国の図書館や大学への感謝の言葉からも、実際に様々な協力者の手を借りてこれだけの文献にあたったのだろうと思い、かなりの労作だなと思いました。
・会計について完全に機能させるためには、トップの認識が重要であり、トップの認識がずれ始めたらあっという間に会計による統制が利かなくなり、会計の力が弱まっていく、という流れがどの時代でも繰り返されていることがよくわかりました。
・最後に載っていた日本版特別付録の「帳簿の日本史」が、この本の本文では日本は戦後の会計基準と取り組みの所で出てきたのみだったので、あってよかったなと思いました。
江戸時代は単式簿記だが簿記が行われていたと聞いたことがありましたが、この付録では複式簿記をすでに行っていたと書かれてあり、解釈の違いなのか実際はどうなっているのかが気になりました。
・解説を「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の著者の会計士の方が書いていて面白いなと思いました。
日本の会計士の目線で見た解釈と、仮想通貨がブロックチェーンの仕組みで「帳簿=貨幣」となっていることが規律を生むという方向で帳簿の未来について述べていましたが、貨幣以外の資産がその仕組みに乗らないので全面的に賛成はできないものの、面白い見方だなともいました。
第1章 帳簿はいかにして生まれてきたのか
・ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスが帳簿をつけて活用していたこと、ハンムラビ法典に基本的な会計原則や商取引の監査の規則が定められていたこと、ノルマン・コンクエストで初めて土地の登記簿が作成されたことなどが書かれていました。
また、すぐに会計不正が生まれ、運用されなくなっていったことも書かれていました。ローマ数字が帳簿に向かないこと、アラビア数字が導入された頃、イタリア地域で必要に駆られて複式簿記が生まれたことが書かれていました。
第2章 イタリア商人の「富と罰」
・複式簿記といえばルネサンス時代で、ルネサンスといえばメディチ家、という連想でメディチ家から大々的に複式簿記が活用されたものと考えていましたが、それより以前に活用していたトスカーナ商人のダティーニについて書かれていました。
教皇庁との商取引を始め、様々な商取引があり、それらを総合的に管理するためのツールとして複式簿記の使用を従業員にも徹底していたのはすごいなと思いました。
当時の承認を悩ませていたキリスト教徒としての倫理との摺り合わせで、「心の会計」をダティーニも気にしていて、都合のいい解釈を求めたり、同じ考え方で罪と寄付で帳簿のように消し込むことができるとして免罪符が生まれた話も書かれていました。
第3章 新プラトン主義に敗れたメディチ家
・メディチ家を一代で大きくしたコジモが複式簿記を徹底的に駆使していたこと、新プラトン主義の教育を受け、奨励していたところ、新プラトン主義の主流が商業と数学を分けて考え、商業を蔑んでいたことからコジモの子孫には会計に関する教育や実践が徹底されなくなり、メディチ家が衰退していったことが書かれていました。
第4章 「太陽の沈まぬ国」が沈むとき
・複式簿記についての最初の教科書「スムマ」がパチョーリによって1494年に出版されたものの、イタリアがすでに衰退していったためあまり流行らなかったことが書かれていました。
後の章でこの「スムマ」を参考にして書かれた本がかなりの出版数を重ねていると書かれていたので、歴史的な影響力は大きかったのだろうなと思いました。
・スペイン帝国でも会計は重要視されず、不正をする者と一体となって絵で描かれるようになり、フェリペ2世の時代になって会計改革が始められるものの達成できず、スペインがそのまま凋落していった流れが書かれていました。
第5章 オランダ黄金時代を作った複式簿記
・オランダでは東インド会社など出資者を募って利益を分配する必要があることなどから複式簿記が活用され、会計の学校も設立され、政権運営にも活用されるようになったことが書かれていました。
その後、東インド会社でも内実を公開しないようになり、オラニエ公の子孫が政権巻き返しを図って当時の主導者デウィットを殺害したことで、会計の文化が途絶えていったそうです。
第6章 ブルボン朝最盛期を築いた冷酷な会計顧問
・フランスが最盛期となり、太陽王と呼ばれたルイ14世の時代に会計顧問となったコルベールが国家に会計の仕組みを導入し、ルイ14世も会計を学んでいたこと、会計の力を通じてコルベールが政敵を排除していったこと、ルイ14世のためにポケットサイズの帳簿を用意したことなどが書かれていました。
・会計がフランス全土に徹底され、国家統治がうまく行っていたものの、ルイ14世が会計に縛られることを嫌がるようになり、コルベールの死後にあっという間に会計が廃れていったのは、国家としての利害と君主としての利害が一致していない以上、ある意味当然の流れなのかなと思いました。
第7章 英国首相ウォルポールの裏金工作
・イギリスの初代首相になり、現在に至るまで最長の在籍期間を誇るウォルポールが、会計に関する知識を習得していたものの、それを駆使して自身の利益に還元していたこと、南海バブル崩壊などにもうまく対応して乗り切ったことなどが書かれていました。
ニュートンも南海バブルに乗って投資していた話は初めて知りました。
イギリスの富裕層では会計が軽視され、ウォルポールも最後は借金を遺していたという話は意外だなと思いました。
第8章 名門ウェッジウッドを生んだ簿記分析
・イギリスの非国教徒は公的な仕事に就けないことから商業で活躍する必要があり、商業簿記を学び、陶磁器で成功したウェッジウッドは原価計算も導入して安定した実績を挙げるようになっていった話が書かれていました。
・「ロビンソン・クルーソー」を書いたデフォーや「ガリバー旅行記」を書いたスウィフトも非国教徒で簿記ができたそうです。
・ウェッジウッドを成功させたジョサイア・ウェッジウッドは進化論のチャールズ・ダーウィンの祖父で、ダーウィンも会計ができたそうです。
・功利主義のベンサムも幸福と苦痛を会計的にまとめたそうです。
第9章 フランス絶対王政を丸裸にした財務長官
・ルイ14世よりのちのフランスは、貴族に富が集まり、その貴族からほとんど税を徴収できず、税の徴収人が腐敗しきっていたために財政が大きく傾き、会計の文化がほとんどなくなっていたそうです。
その中でルイ16世に財務長官に任命されたスイスの銀行家ネッケルが国家に会計を導入し、自身の功績を示して政敵に対抗するために「国王への会計報告」を出版し、その中で軍事費を計上しないようにして無理矢理黒字にしていたこと、その会計報告の中で財政のほとんどが王室のために使用されていたことなどが国民に知れ渡り、フランス革命に繋がる要因になったことが書かれていました。
第10章 会計の力を駆使したアメリカ建国の父たち
・アメリカでは独立戦争などで負債だらけでさらに借金をする必要があるために会計の導入が必須だったこと、建国者はみな会計に通じていたことが書かれていました。
奴隷も帳簿に書かれていたことなど、各人の各取引が網羅的に書かれていたために実態が鮮明にわかるようになっていることが書かれていました。
・ワシントンが独立戦争のトップになったことでいつ死んでもおかしくないからと独立戦争中も散財しまくっていたこと、その費用は国庫からではなく私費であることを示すために帳簿を公開したことなどは、人間味があって面白いなと思いました。
第11章 鉄道が生んだ公認会計士
・鉄道が整備されてから、距離の離れた場所同士でのやり取りが容易になり、会社も大規模化していき、特に鉄道会社は取引や資産の仕組みが複雑であるために会計が追い付かなくなり、その対抗策として専門の公認会計士がイギリスで生まれ、アメリカでも生まれていった経緯が書かれていました。
今でも世界中に根を張っているビッグ4と呼ばれる監査法人は、この時代からイギリスで活動していたようです。
第12章 『クリスマス・キャロル』に描かれた会計の二面性
・「クリスマス・キャロル」の著者のチャールズ・ディケンズの父親も会計士で、失脚して監獄送りになったこと、その経験が著作に載せられていること、「森の生活」のソローの家計簿やダーウィンの進化論にも会計の考えが利用されていること、フレデリック・テイラーの科学的管理法にも会計の考えが根底にあり、ヒトラーも「科学的管理法」は導入しつつ会計は採用しなかったことなどが書かれていました。
第13章 大恐慌とリーマン・ショックはなぜ防げなかったのか
・会計士の監査が機能せずに大恐慌に繋がったこと、戦後は監査法人がコンサルティング業務を監査先に提供するようになり、そちらの収益が上回ったために監査が顧客よりになって粉飾の手伝いをするレベルであったこと、その先駆けがアーサー・アンダーセンであること、大恐慌の教訓が生かされずにエンロン事件やワールドコム等の粉飾決算に繋がっていったことなどが書かれていました。
終章 経済破綻は世界の金融システムに組み込まれている
・金融システムは複雑になり過ぎていて監査法人ではついていけないことから、監査し切れないこと、結局のところ、トップにより正されない限り、どうしようもないことが書かれていました。
○つっこみどころ
・戦後以降の話は通常の会計論、監査論の話であまり新鮮味がない内容でした。ほとんど参考文献から引用した物かなと思いました。
・会計だけが決定要因と書いてあるところと、後半になると会計以外も重要と書いているところがありましたが、会計以外の要因の記述がいろいろ漏れている印象を受けました。主題が会計なので仕方ないのかもしれませんが。