【民主主義とは何か】レポート

【民主主義とは何か】
宇野 重規 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4065212952/

○この本を一言で表すと?

 「民主主義」の歴史的変遷や歴史的立ち位置について丁寧に説明した本

○よかったところ、気になったところ

・「民主主義」の時代ごとの内容や制度、どのような位置づけにあったのか等が平易な文章で丁寧に説明されていてわかりやすかったです。

・「はじめに」で「民主主義は多数決原理に従うべきか、少数派の意見を尊重すべきか」「選挙を通じて国民の代表者を選ぶのが民主主義か、そうでないか」「民主主義とは国の制度のことか、理念か」という3つの問が立てられ、この問に答えるために歴史的にアプローチするという構成になっていました。

序 民主主義の危機

・民主主義の四つの危機として、「ポピュリズムの台頭」「独裁的指導者の増加」「第四次産業革命の影響」「コロナ危機」が挙げられそれぞれについて概要が述べられていました。

第一章 民主主義の「誕生」

・民主主義の起源について様々な説がある中で、古代ギリシアに注目する理由について、民主主義が徹底され、自覚的に実践されていたことが挙げられ、その発生理由としてはオリエントの中心ではなく周辺に位置し、ポリスという小規模な都市国家が運営されたことが挙げられていました。

・クレイステネスの改革で血縁による四部族から地縁による十部族に再編成され、その地縁も都市部・沿岸部・内陸部をそれぞれ十に分けて一つずつ組み合わせることで貴族の影響などによる弊害を除いたそうです。

・戦争に参加する準備のある者が市民とされ、民会に参加し一票を投じることができる「参加と責任のシステム」が構築されていたそうです。
評議員や将軍が選抜される等、役職者も存在したものの、弾劾裁判や陶片追放の仕組みもあり、政治指導者は緊張にさらされていたそうです。

・民主主義はプラトンやアリストテレス等の哲学者には批判され、デマゴーグによる扇動を受けて失敗するようなこともありながら、マケドニアに負けて支配されるまでの長い間続いたそうです。

・ギリシア以後の古代ローマの共和政が公共の利益という全ての者の利益を考える良いものとして扱われる一方で、民主政は多数者の利益という一部を反映しない侮蔑的な意味で長年使われてきて、ここ数世紀の間にようやく肯定的な意味で使われるようになったというのは意外に思いました。

第二章 ヨーロッパへの「継承」

・古代ギリシアの「民主主義」と同じ直接民主主義はポリスくらいの規模が限界で、代表制、議会制の制度が中世・近代にかけてヨーロッパで広がっていったこと、国家の要求と社会の反応の対立が激しく、その平和的均衡という狭い道をくぐり抜けた国家がなかなか現れなかったことが述べられていました。

・アメリカが民主主義の国として見られることが多いですが、それが妥当かについて改めて検証されていました。
合衆国憲法は独立した各州によって批准される必要があり、妥協的な内容になっていたそうです。
民主主義という言葉はあまり使われず、高い知識を持つ有徳な人々による共和政が望まれ、代議制民主主義が常識として打ち立てられていったそうです。
一方でフランス人貴族だったトクヴィルがアメリカに訪れ、政治体制を見定めようとしていて、タウンシップという形の自治体で地域的課題を自分たちで解決していくところを見て可能性を感じ、「アメリカのデモクラシー」を執筆したそうです。

・ルソーの思想がフランス革命に大きな影響を与えたとする歴史観は結構メジャーだと思いますが、著者は懐疑的だそうです。
ルソーの思想自体は素朴なもので民主主義ともそれほど重ならないと言うこともできること、ルソーの「一般意志」は解釈次第では全体主義に繋がりかねないことなどが述べられていました。

第三章 自由主義との「結合」

・18世紀の終わりから19世紀を通して議会制の民主主義が発展し、議員を選ぶ過程に参加する権利を誰に与えるかという議論と、代表機能をどこまで向上させるかという議論があったそうです。
執行権・行政権についてはあまり当時から議論されず、現代に至るまであまり検討されないまま執行権の拡大が行政国家化にまで至っているそうです。

・民主主義と自由主義は互いに制限し合う緊張関係にあるため、どちらを優先するかが議論になってきたそうです。
日本だと自由民主党という名前の党が与党であってもおかしく思われないように、この緊張関係について認識している人は少なそうだなと思いました。

・トクヴィルが感銘を受けた「デモクラシー」は政治制度というより民衆の参加意識や自治の面が大きいことが述べられていました。
目的に応じて結社を作り、地域の問題を解決するということ、結社を人と人とが結びつく手段とみなしている考え方などは興味深いなと思いました。

・ミルが代議制民主主義こそが最善の政治体制であり、優秀な専制君主は国民の資質を向上させないこと、個人の資質では行政を扱い切ることができないことから専制君主制を否定していること、代議制の本領は万事を統制することであり、万事を行うことではないこと等が述べられていました。
専門的能力を持った官僚制に対する強い信頼があり、それを統制できる能力を持った代議制に意義があるというのはなるほどなと思いました。

第四章 民主主義の「実現」

・20世紀は民主主義の世紀とも言われるそうですが、民主主義が順調だったわけではなく試練にさらされた世紀でもあったそうです。
議会が執行権を統制できないこと、大衆民主主義が独裁者を生むということがドイツのウェーバーとシュミットによって述べられ、ドイツのヒトラーによって実現されたそうです。

・イノベーションについての元祖とも言えるシュンペーターが民衆の知について懐疑的でエリート民主主義を提唱していたのは意外で興味深いなと思いました。

・ダールのポリアーキー論、多元的集団の考え方は協調の方向性とは逆で身も蓋もないですが、現実的な考え方だなと思いました。

・アーレントの「モッブ」についての考え方、世間からはみ出したモッブは代議制の代表を代表とは思えず、全体主義的なポピュリズムに惹かれやすいことは、今の時代を表しているなと思いました。

・ロールズの「財産所有の民主主義」やピケティの「世界的な資本課税」は、格差是正に直接的に繋がってはいますが、実行が難しそうですし、反対する者も多そうだなと思いました。

第五章 日本の民主主義

・日本の民主主義の出発点をどこに見るかは難しいそうですが、著者は五箇条の御誓文からとしていました。
吉野作造の民本主義や憲政擁護運動等があったものの、政治の腐敗に対する民衆の怒りから国家総動員体制にまで繋がり、国家総動員体制が皮肉にも格差と不平等の是正に繋がったそうです。

・戦後の財閥解体や農地改革をクレイステネスの改革のように日本社会の民主的再編と見なしているのは興味深いなと思いました。
また、日本国憲法の成立、国家からの開放が日本の戦後民主主義に繋がったとしていました。

・日本における政治参加が低迷し、代表性民主主義への信頼も低下していて、日本の民主主義は危機的状況にあると述べられていました。
一方で民主主義は危機的状況を新たな民主主義で乗り越えてきた歴史から、「不思議な明るさ」がある、としていたことが印象的でした。

結び 民主主義の未来

・「はじめに」の3つの問に対して、「少数派の意見を尊重する限りにおいて多数決原理が認められる」「議会制民主主義と自らの手で支える民主主義は相互補完的なものである」「国家の制度であることと理念は強固に結びつけるべきである」という解が述べられていました。

・序の四つの危機について、ポピュリズムの台頭は政治の透明性の実現で、独裁的指導者については民主主義の有効性で、第四次産業革命の影響についてはそれらへの適応で乗り越えるものとして、新型コロナについては安全・経済・自由のトリレンマを民主主義がどう乗り越えるかが課題とされていました。

○つっこみどころ

・民主主義の歴史についてはよく学べる本だと思いますが、結びの結論がかなり弱く、「はじめに」の問に対する解はどれもただの折衷案で、四つの危機についての対応についてはほとんど何も答えておらず、「民主主義とは何か」を「民主主義をどこまで信じることができるのか」にすり替えているため、読み終わった後に疑問符が残る本であるように思いました。

・古代ギリシアとトクヴィルについてかなり厚く説明され、面白かったですが、比較するとそれ以外の内容が薄くなっていて、時代が最近に近づくごとに内容の温度感も低くなっていったように思いました。

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