【謎の独立国家ソマリランド】
高野 秀行 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4860112385/
○この本を一言で表すと?
ソマリア三国を裏側まで探検しきった潜入記
○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
・著者が少々ビビリながら計画し、だいたいその計画よりもグダグダな状態で潜入し、いろいろな人と知り合っていろいろな情報を得ていくところが純粋にすごいなと思いましたし、最初から最後まで面白かったです。
・ソマリアの氏族やその分家の関係を源平時代や戦国時代の家を当てはめて説明しているのは、かなり違和感がありましたが、複雑な氏族・分家間の関係が確かに整理しやすくなっているなと思いました。
第1章 謎の未確認国家ソマリランド
・傲慢で、いい加減で、約束を守らず、荒っぽいと近隣のエチオピア人に言われ、著者も実感として感じたソマリ人のもう一つの特徴が「超速」というのは面白いなと思いました。手続きも仕事も何もかもが速く、名前以外何も知らない大統領のスポークスマンに会おうとホテルのフロントに聞いてから会うまでに10分というのはものすごいなと思いました。物乞いまで超速で、しかもそれはエチオピア人で、ソマリ人なら物乞いをするくらいなら盗むというのは率直で笑えました。
・独自の通貨が流通していること、それがイギリスで印刷されていること、新しい金型をつくるコストをかけるメリットがないことから逆に通貨が信頼されているというのは面白いなと思いました。
・世界で一番治安が悪いと聞いたことがあるソマリアで、十年以上も平和を保ち、夜でも外国人が普通に外を歩け、十代の女の子が携帯でゲームをやりながらはしゃいでいるというのは、直接見た著者でなくともすごい違和感だなと思いました。
第2章 奇跡の平和国家の秘密
・ソマリランドでの驚くほど洗練された食事やドリンク、ADSLや無線LANで快適なインターネット環境など、アフリカのイメージとはかけ離れているなと思いました。車のパンクが多いこと、たまたま降った雨がものすごく、道が川のようになって雷が落ちまくる創世記のようなすごい環境になったことなど、ギャップがすごいなと思いました。
・国民全員ができるビジネスマンのように素早くきびきびして計算も早く、対応も素早いという有能さを持っているのに、仕事している時間は短く、ほとんど「カート宴会」をやっているそうです。カートは覚醒効果のある葉で和名は「アラビアチャノキ」。超速で1分半以上同じ話題で話してくれないソマリ人がカートをやっているときだけ落ち着いて話せるというのは面白いなと思いました。
・氏族が分家に分かれ、その分家がさらに分分家に分かれ・・・と分分分分分分分分家くらいまで分かれることが、日本の住所の番地のように機能して、個人を特定できるようになっているというのは面白い仕組みだなと思いました。
・ソマリランドの最高峰のシンビリス山に登ろうと思ったら地元の人もどれがその山かということを知らないというのはかなりテキトーだなと思いました。
・当時の政府が敵対していたイサック氏族が、政府が倒れたのちに政府に協力していたマイノリティの氏族を弾圧せずに「旧政府時代の怨恨は忘れ、復讐を行わない」と決め、それからイサック氏族の分家間で主導権争いが始まってまた戦国時代のようになり、氏族の長老が集まって「全ての武装集団は戦闘を中止し、自分の氏族の長老に武器を差し出すこと」と決めて内戦にピリオドが打たれ、またその合意を不服とした二つの分家が再度内乱を開始し、その二年後にまた氏族の長老が集まってついに全土が平定された、という流れはすごいと思いました。
・「話し合い」で争いを解決できるという当たり前でもなかなかない事例がこのソマリランドで実現されたのはすごいなと思いました。その「話し合い」の実態が「ヘサーブ(アラビア語で精算という意味)」で、昔からソマリ族で合意が取れている「ヘール(掟)」によるヘサーブで手打ちができたというのはかなり合理的な話だと思いました。そのヘールによるヘサーブが北部のソマリランドでできて南部ソマリアでできない理由として、元イギリス領で間接統治されていた北部と元イタリア領で氏族の仕組みを壊されてしまった南部ではヘールの浸透度が違い、ヘールで決まっている「ビリ・マ・ゲイド(殺してはいけない者についての掟)」が争い合う者同士でも共有できているかどうかが違うというのは確かに平和かそうでないかを分ける分岐点になりそうだと思いました。
・産業がほとんど何もないソマリランドの財政基盤が「個人の仕送り」というのは、驚いたものの国連に国家として認められず援助ももらえない国としてはそれしかないだろうなと思いました。資源も何もないからその平和というのは、他の資源国におけるその資源を争う状況を考えると確かにそれもあるのだろうなと思いました。
・マジョリティでは意見が分かれると争いに発展するため、マイノリティの氏族が「調停者」としての役割を果たし、マイノリティの氏族出身者が大統領に選ばれるというのは著者の言うとおり成熟した政治スタンスだなと思いました。
第3章 大飢饉フィーバーの裏側
・「ソマリア」の語尾の「ア」はイタリア語で国や土地名を表す語尾で、「ソマリア人」や「ソマリア語」という言い方は誤りだというのはなるほどと思いました。
・ソマリアでの氏族間での20世紀の戦国時代ぶりがすごいなと思いました。今は三国時代でバランスが取れているだけの小康状態というのは、これまでの凄まじい戦国ぶりを見ると確かにそうだろうなと思いました。
・ソマリ人の「座って地道に働くのはイヤ」「安いカネで働くなら、何もしない方がマシだ」という考え方はアフリカだけでなく他の地域の国でも珍しい気がします。
・弱肉強食で被差別民が差別されるのは「人間が平等だということがわかっていない」「汚いと決めつけている」などではなく「数が少ないからだ」というのはすごくシンプルだなと思いました。
・60年に一度の大飢饉でできたといわれるケニアのソマリ人難民キャンプに行くとソマリランドと変わらないような、それよりも上等な服や車を持ったりしていて、見た目と実態の違いが凄いなと思いました。
第4章 バック・トゥ・ザ・ソマリランド
・ソマリランドで選挙による政権交代、それも国際的にもまともなレベルで起こったのはすごいなと思いました。それも日本で自民党から民主党に変わった時期と同じくらいの時期だったそうです。
・結婚も離婚も超速でかなり軽いノリで別れるという話をして喧嘩をしているのはすごいなと思いました。イスラム法で4人まで妻を持てるというところから、実際は不倫ではない愛人づくりから離婚まで一気に進むのだとか。離婚経験がない人の方が少なく、兄弟で異母兄弟がいない方が少ないというのは徹底しているなと思いました。
・氏族(分家)の誰かの過失を氏族(分家)全体で支払うディヤの制度はジャレド・ダイヤモンドの「昨日までの世界」でも出てきた話ですが、血を血で贖う復讐の連鎖ではなくラクダ(今は現金)で支払うようになったというのは復讐の連鎖を断つ一つの解なのかなと思いました。
第5章 謎の海賊国家プントランド
・プントランドでは海賊が当たり前の仕事でどこでも一族に一人は海賊がいて、稼げる仕事として人気があるというのはすごい話だなと思いました。一族にもお金が入ってくるのでむしろ奨励しているそうです。
・プントランド政府は氏族や分家の人口に応じて割り当てられ、同様に兵士と武器も氏族の規模の割合で拠出されていて、民主的ではあるものの緊張が常にあり、武装が解除できない体制なのだそうです。
・プントランドの首都ガルガイヨで人道支援のNGOを率いている人がNGOの活動費用は日本がUNICEFに拠出したお金から配分されているというのは意外で驚きました。
・お金が無くなって著者が「海賊をやればいい」と持ちかけられ、真剣に考えてその損益計算をしているのは面白いなと思いました。むしろ目的達成型の会社のようにかなり収益と費用が対応していて採算がしっかり考えられていて驚きました。
第6章 リアル北斗の拳 戦国モガディショ
・ソマリアで一番危険な南ソマリアで、ソマリアの首都でもあったモガディショがソマリアの中でも洗練されているというのは著者の例え通り本当に近代日本の京都のような位置づけだなと思いました。
・イスラム過激派のアル・シャバーブが撤退したタイミングでモガディショに入った著者の運の良さはとんでもないなと思いました(この話は最初から知っていて入ったのを盛っているのかもなとも思いましたが)。
・ホーン・ケーブルTVのモガディショ支局長が20代女性のハムディというのはすごいなと思いました。他の章を読んでも思いますが、ある意味かなり男女同権というか、女性が十分以上に強く、能力があれば立場も築けるところなのだなというのがソマリア全体を通しての印象です。ハムディがアル・シャバーブ支配下の場所に住んでいて毎日支局に通っていたというのはとんでもない豪胆さだなと思いました。
・アル・シャバーブが各家族から最低一人は兵隊に強制徴収し、娘も取りあげて強制結婚させ、拒否すればすぐ殺すという恐怖政治をしいていたというのは、ネパールのマオイストにも通じるところがあるなと思いました。著者もアル・シャバーブをイスラム原理主義というよりマオイストに近いのではないかと考察していました。原理主義的な組織が行きつくところはどこも似たようなものになるのでしょうか。
・電話にしても銀行にしても全てが「民営」で、完全に民営化社会となっていてしかもそれらが外国人の著者でも活用できるほどにしっかりと整備されているのはすごい話だなと思いました。
・現場のリアリティとして、難民やひどい目に遭った人たちはカメラを向けられることを「そんな平和な環境に来れたのだ」という思いから笑顔になること、その笑顔が難民ぽくないということでジャーナリストからはあまり採用されないというのは初めて知り、言われてみればそういうものかもしれないと認識を改めました。
第7章 ハイパー民主主義国家ソマリランドの謎
・ソマリランドでも有力な分家がちょうど輪番のように大統領を交代していること、選挙で僅差で負け、暴動を起こしかけた一族の者に長老が「民主主義を守るのだ」と制止したことなど、内戦ではなく政党政治として争えているのはすごいなと思いました。
・プントランド、南ソマリアという危険地帯を回ってソマリランドに戻った著者がそのギャップに「平和ボケしてるんじゃないのか?」と思うところが、この三国の違いを端的に表しているなと思いました。
・ソマリランドの民主制を支える制度の一つにグルティという議会とは異なる紛争の調停や議会で決定した法案のチェックをする機構が存在しているというのはよくできた仕組みだなと思いました。
・ヘールの話で、「ビリ・マ・ゲイド」は変わらないヘールで「和平合意」は変わるヘールとしてヘール自体が形を変えて機能していくというのは固定して陳腐化していくより状況に合わせて最適化していく仕組みでこれもうまくできているなと思いました。
・ソマリランドの平和はあるべきものとして享受されているのではなく、関係者全員の努力によって継続されているものだという結論はとても納得できるものでした。
・本人が望めば日本人でもどの氏族にでも所属することができること、最後に著者がホーン・ケーブルTVの東京支局長として任命されているところはとても感動的なラストでした。