【LIFESPAN 老いなき世界】レポート

【LIFESPAN 老いなき世界】
デビッド・A・シンクレア (著), マシュー・D・ラプラント (著), 梶山 あゆみ (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4492046747/

○この本を一言で表すと?

 老化研究についての説明とその具体例、その結果に対する考え方が述べられた本

○よかったところ、気になったところ

・老化や病気についての研究成果についての説明と、著者や著者の周りの人たちのエピソードが紹介されていていました。
研究成果を自身や周りの人たちが試した話や、自身や周りの人たちの経験を動機に老化の研究に入っていった話もあり、面白い読み物になっているなと思いました。

・細胞の変化等の説明や、エピソードについての挿絵がよかったです。
それぞれ1枚で要点がまとめられていて、挿絵の下の説明と併せて読むと理解を進めてくれました。

・巻末に用語集や登場人物紹介が載っていて、後で読み返す時に便利だなと思いました。
巻末の原註に長文で説明されているところもあり、原註でも面白い箇所がありました。

・身近で実践しやすい老化対策の方法がいくつも紹介されていました。
著者は特定の商品を推薦することはないと述べていて、著者推薦を謳った商品は詐称だとしていましたが、推薦とはしなくても「LIFESPANで紹介された○○」のような宣伝文句は多用されそうな気がします。

はじめに―いつまでも若々しくありたいという願い

・著者の活動的だった祖母の晩年や、母親の死について述べられ、老いたまま過ごす日々が綺麗事ではなくつらい日々になることが当たり前であり、長寿なだけで健康でない人の辛さについて触れられていました。
ただ長寿なだけの社会ではなく、健康長寿社会こそが目指すべき社会だとされていました。

第1部 私たちは何を知っているのか(過去)

第1章 老化の唯一の原因―原初のサバイバル回路

・著者の提唱する「老化の情報理論」について説明されていました。
DNAの損傷やテロメアが短くなること等が老化の根本原因ではないこと、AGCTの4種類の塩基の組み合わせによるデジタル情報の遺伝子ではなく、遺伝子の発現状況を決めるアナログ情報のエピゲノムが劣化することが老化なのだとしていました。

・単細胞生物から人間に至るまで、細胞を持つ生物は「サーチュイン」と呼ばれるDNA修復遺伝子を持っていて、同じく「サーチュイン」と呼ばれるDNA修復酵素を作っているそうです。
サーチュイン酵素がDNAに巻き付いているヒストンを脱アセチル化し、強く巻き付かせることでエピゲノムも保全しているそうです。

・成長を促すTOR(ラパマイシン標的タンパク質)の働きを抑えると成長せずに古い部分を再利用して細胞が長持ちするそうです。

第2章 弾き方を忘れたピアニスト

・酵母細胞の研究で老化の原因を突き止めることができ、それをヒトに応用することができたそうです。
サーチュインの一種であるSir2という酵素がDNAを修復する酵素で、損傷したDNAのもとに移動して修復するそうですが、DNAが不安定になり、ERC(染色体外環状rDNA)を生成してしまい、ERCにSir2が移動してしまってSir2が不足することで細胞が老化するそうです。
ゲノム編集でSir2を生成する遺伝子を挿入すると、酵母細胞の寿命が30%伸びたそうです。

・サーチュインの生成に関わる遺伝子をゲノム編集で壊したマウスは早期に老化し、サーチュインと老化の因果関係が確かめられたそうです。

・NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)がサーチュインによってDNAが巻き付くヒストンを脱アセチル化する時に使用され、このNADが体内から減少することが老齢で様々な病気を発症する大きな理由の1つと考えられているそうです。

第3章 万人を蝕む見えざる病気

・現代医療は、老化こそが万人を蝕む病気なのに、老化は自然なプロセスだとして老化に対しては治療する必要性がなかなか認められず、老化によって発症しやすくなる様々な病気への対症療法に留まっていると述べられていました。

・年齢と死因とされる割合の高い各種病気の因果関係を見ると、明らかに加齢とともに各種病気の発症リスクが相関していて、一つの病気を治療しても寿命はほとんど伸びないとされていました。

第2部 私たちは何を学びつつあるのか(現在)

第4章 あなたの長寿遺伝子を今すぐ働かせる方法

・長寿遺伝子を働かせる方法として、食べる量を減らすこと、特定のアミノ酸を制限すること、運動すること、寒さに身をさらすことが挙げられていました。
食事量や運動については第4章を読んで意識することになりそうです。

・アミノ酸を制限することと寒さに身をさらすことは、逆が大事だと思っていたので意外でした。
アミノ酸の制限は全てではなくて、成長を促すmTOR(動物性ラパマイシン標的タンパク質)を活性化するメチオニン、ロイシン、イソロイシン、バリンの4つが制限対象で、動物性タンパク質から摂取されるアミノ酸であるため、肉を食べないほうがいいそうです。

第5章 老化を治療する薬

・様々な「老化を治療する薬」が紹介されていました。
メトホルミン、NADを増加させるNR(ニコチンアミドリボシド)とNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)などが安価で取り入れやすいそうです。

・免疫抑制効果のあるラパマイシンは臓器移植に使われているそうですが、NAD生産を促し、mTORを抑制する効果があるそうです。
ただ、免疫抑制効果は危険もあるため、ラパログ(ラパマイシン類似体)の発見が目指されているそうです。

・遺伝性でない一般的な方の2型糖尿病の治療薬であるメトホルミンがカロリー制限と同様の効果を発揮し、AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化し、SIRT1の活性も高め、がん細胞の代謝を抑え、ミトコンドリアの数を増やしたり、折りたたみ不全のタンパク質を除去したりする効果があるそうです。

・赤ワインに含まれるレスベラトロールはSir2を活性化させる効果があるそうです。
ただ、マウス等で効果の出た量を摂ろうとすると毎日赤ワインを750~1000杯飲まないといけないそうです。
レスベラトロールは特別効果の高い成分ではないですが、1種類の成分でカロリー制限のメリットを出せる証拠にはなっていて、同様の効果を発揮する物質の研究が進んでいるそうです。

第6章 若く健康な未来への躍進

・老化を止める選択肢として、「老化細胞の除去」「レトロトランスポゾンの封じ込め(NAD活用)」「免疫系活用ワクチン」「細胞のリプログラミング」が挙げられていました。
「細胞のリプログラミング」はいろいろな可能性がありそうだと思いました。
正しい細胞の姿を記憶しているマスターがあってその姿に戻したり、不要な遺伝子を書き換えたり、デザイナーベビーに繋がったり、議論もありそうな分野だと思いました。

・老化細胞の除去等についてはナノマシンとの連携等の他の技術とのクロスで更に効果を発揮しそうだと思いました。
レイ・カーツワイルの「ポスト・ヒューマン誕生」ではナノマシンで治療する方向性について書かれていましたが、この本で紹介されていた老化細胞除去薬や老化細胞を標的にする免疫系などと組み合わせれば、より効果の高い方法が生み出せそうに思いました。

第7章 医療におけるイノベーション

・センサーや解析技術、ビッグデータ化によって医療が大きく変わる可能性について述べられていました。
個人の遺伝子を解析して、共通する遺伝子に対する共通の症例なども活用して解決するのは、効果が高そうですが個人の情報を公開することにも繋がり、これも議論になりそうだなと思いました。

・ワクチン開発の労力とその収益が見合っていないために開発が滞る傾向があったそうですが、鶏卵を使った高コストでアナログな生産方法からヒト、カ、細菌の細胞を使った短期間でのワクチン製造が開発されているそうです。

・臓器移植の分野でも、ヒトの臓器を持つブタを育てる異種移植の方向と、生きた細胞のインクを3次元層に出力する臓器印刷の方向でイノベーションが起きているそうです。

第3部 私たちはどこへ行くのか(未来)

第8章 未来の世界はこうなる

・長寿が実現した場合の未来について検討されていました。
人口増大に繋がることについては、ポジティブな面もあり、健康長寿なら社会保障費はむしろ軽くなり、経験を持つ高齢者の活躍が見込まれるそうです。

・100年辞めない政治家の話や、社会保障の危機、格差のさらなる拡大なども検討した上で、それでもポジティブな方向に結論付けられていましたが、健康長寿社会が徐々に実現していくのであれば、一部のみの享受、健康でない長寿の進展などから、それまでの過程ではリスクの発現が申告になる可能性の方が高そうにも思いました。

第9章 私たちが築くべき未来

・老化研究に対する規制や仕組みについての不備や、あるべき姿への提言が述べられていました。
研究資金投入の偏りから制度そのものの不備などがあるそうです。
最後の孫の孫にも会える社会、というのは現代の感覚と異なる意識が必要だなと思いました。
未来を他人や子孫のものだと他人事で考えるのではなく、自分もその場にいる自分ごととして考えるなら、環境問題などに対する考え方も変わってきそうだと思います。

おわりに―世界を変える勇気をもとう

・著者の所属する研究室や同じ学部のメンバーとその研究内容が紹介されていました。
一人の卓越した人が研究するより、複数の卓越した人たちが交流して競争したり協働したりできる環境が整っていて、今後も様々な成果を出せそうだなと思いました。

・WHOで、2018年6月18日にICD-11(疾病および関連保険問題の国際統計分類)が発表され、MG2Aというコードで老齢が対象になったそうです。
2022年1月1日からICD-11のコードを使うことが世界各国で奨励され、病態としての老齢で何人が死亡したのかを各国はWHOに報告するようになるそうです。

○つっこみどころ

・ところどころ説明不足で誤解を招くような記載があったように思いました。
例えば炎症が悪いものとして書かれていて炎症の役割や正常な範囲での効果は説明されていなかったり、サイトカイン全般が悪いものとして書かれていて炎症性サイトカイン以外の細胞間伝達物質として使われているものは必須であるのに説明されていなかったりしました。
自分が知っていて気付けるところはいいですが、自分の知らないところで誤って学んでしまいそうに思いました。

・後の方の章で前の方の章の内容に基づいた記述が何度も出てきましたが、物質間の関係や効能など憶えていないことも多く、どういうことだったかを見返したりするのが大変でした。
巻末に用語集はありますが、どういった流れでどういった作用が連鎖しているのか等まで書かれていないので結局見返すことになりました。
これだけのボリュームの本であれば、重複してもいいので都度要点を説明してくれていたら分かりやすかったと思います。

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