【貧乏人の経済学 – もういちど貧困問題を根っこから考える】
アビジット・V・バナジー (著), エスター・デュフロ (著), 山形浩生 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4622076519/
○この本を一言で表すと?
安易な結論に惑わされない根本的な対策と検証による開発経済学の本
○この本を読んでよかった点
・RCT(ランダム化対照試行)という手法で導入を検討しているアイデアの実効性を確かめるやり方は、貧困の環境が多様である中で、各環境に適合した施策を検討する上で有効だなと思いました。
訳者解説に書かれている通り、「適用した側と適用しない側に分けて試すのは差別だ」という批判がいかにも出そうな手法ですが、理論だけでいきなり全体に展開することの全体コストを考えてみれば明らかに有効な手法で実践すべきだと思います。
第1部 個人の暮らし
第2章 10億人が飢えている?
・貧乏人は可能な限り効率的に安くて栄養価の高いものを求める、というのは偏見で高価なものや食料以外のものを選択することもある、という話になるほどと思いました。
マズローの欲求五段階説などで、食欲などの生存欲求が満たされないと高次の欲求は後回しという固定観念を持っていましたが、人間そんなに単純ではないのだなと思いました。
第3章 お手軽に(世界の)健康を増進?
・水を消毒する塩素漂白剤やORS(経口再水和溶液)、予防接種など安価な手段で病気を避けられるのに、「目に見える」治療法でないために貧乏人から信頼されず、むしろ高価な点滴や民間療法に頼ることになる、という状況になっていることを初めて知りました。
知識がなければ「目に見えない」治療法を信頼できないというのは、現代日本人が民間療法を信頼できないようなものかなと思います。
第4章 クラスで一番
・貧乏人の教育に対しての感覚「教育は一定以上の学歴にならないと全くの無意味」から、教育を有意義な投資としてみなかったり、優秀な一人の子供に集中投資したりしている、というのはその立場になってみれば理解できなくもないなと思いました。
その中で、すべての子供が基礎能力を身に付けることができるという考えを実践しているNGOのプラサムは困難ながら有意義なことをやっているのだなと思いました。
第5章 スダルノさんの大家族
・人口抑制が国家の成長に貢献するという考え方からインドでかなり強引な政策を取ったことは他の本にも載っていました。子供を多く作ることは一つの選択肢であり、老後の保障のためにその選択肢を取る、という結論は初めて知りましたが、金融資産などの蓄積や年金制度などの制度保証がない状態で結局その選択肢を選んでいる、という話は理解できる気がします。
第2部 制度
第6章 はだしのファンドマネージャ
・貧乏人が大きなリスクを数多く抱えていることからいくつかの収入の手段を考えたりしていること、目先のことで手一杯で先のことを考えていられない「時間不整合」で保険などのヘッジ手段をとれないことなどは、なかなか解決困難なことだなと思いました。
政府が有効なマイクロ保険などを用意して効果的なリスク緩和手段を得られることになれば、確かに貧乏人のリスクが減り、全体としてもプラスになりそうな気がします。
第7章 カブールから来た男とインドの宦官たち
・ムハマド・ユヌスの自伝などで、貧乏人が地元の借入手段を利用すると利息が格段に高く、だれもそこから抜け出せない状態になり、マイクロファイナンスを導入することで彼らを救済できた、というエピソードがあり、そのまま真に受けていましたが、顔がわかる範囲で監視できることによる地元金貸しの管理コストや柔軟性と、マイクロファイナンスの顔がみえない範囲であることによる強引な取り立てや柔軟性のなさなど、今まで考えていなかった内容が書かれていて新鮮でした。
昔からの社会的偏見を利用した「インドの宦官派遣」という取り立て手段は面白いなと思いました。
第8章 レンガひとつずつ貯蓄
・貧乏人は自制により未来に投資することが難しい、ということは他の章でもありましたが、先進国にいる私たちは自動的に貯蓄してくれたりする制度が当たり前のように備わっているおかげでできているだけで、条件が同じであれば同様に未来に投資することは困難だろう、と言う話はなるほどと思いました。
第9章 起業家たちは気乗り薄
・この本を読むまで「貧乏人は起業家精神に富んでいる」「貧乏人のビジネスは利益率が高い」という他の本の話を真に受けていましたが、貧乏人にとっての有効な選択肢が起業しかないこと、利益「率」は高くても利益「額」が低いことなど、納得できる話だなと思いました。
起業はやはり困難なことであり、起業に必要なスキルを身に付けるのは日本でも難しいのに、それを学ぶ機会がより少ない貧乏人がP.291で書かれているような利益率が高い代わりに大きな資本投下が必要な案件に対する意思決定をするのは難しいことだろうなと思います。
P.295の貧乏人が起業することを「職を買う」という表現で書いているのはかなり的を射ているなと思いました。
第10章 政策と政治
・政治という場合に何事もトップダウンでやればうまくいくわけではない、という本書の意見に賛成です。周縁部(小さい地域)で変えていくというアイデアは、いきなりトップダウンで始めるよりかなり有効な策だと思います。理論家は大きな制度を考えることに集中しがちだが、個別の政策や周縁部にかなり改善の余地があるというのは納得です。
網羅的な結論にかえて
・貧乏人が①情報をもっていないこと、②多くの側面について責任を背負わされていること、③アクセスできる取引に制限があること、④3I(ignorance:無知、ideology:イデオロギー、inertia:惰性)による古い制度設計による制限があること、⑤「何ができない」ということについて自己成就的な予言の縛りがあること、という5つの教訓はこの本全体の内容をうまくまとめているなと思いました。