【痴愚神礼讃 – ラテン語原典訳】レポート

【痴愚神礼讃 – ラテン語原典訳】
エラスムス (著), 沓掛 良彦 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4122058767/

○この本を一言で表すと?

 痴愚女神による自賛演説の形式による社会諷刺とカトリック批判の本

○本文についてよかったところ、気になったところ

・痴愚女神が演壇に立って、自身を称える演説をする、という設定で最後まで書かれていました。
読んでいて笑いそうになるほど明るいテンポの諷刺と諧謔で綴られていて、妙に説得力があり、全ての恩恵は痴愚によるものという考えに思わず賛同してしまいそうになりました。

・注を見ると様々な時代の様々な文献から引用されていて、これまた説得力を感じました。

・痴愚女神に追従する女神が多く紹介されていましたが、その筆頭がうぬぼれの女神で、痴愚であることで人間が救われていることの次に、うぬぼれによって救われているということになっていて興味深かったです。

・自分の考えや心情に関わることまで諷刺の対象にしていて、注を読まなければ、女性の権利を主張していたエラスムスが極端な男尊女卑の考え方を持っていたのかと誤解しそうでした。
様々な考えを平等に諷刺・諧謔の対象にするという考えだったのかなと思いました。

・前半から中盤にかけて、様々な一般に地位が高いと思われていた職業に就く者を批判し、後半では聖職者やカトリック時代を批判していて、よくこんな本を出版して殺されなかったなと思いました。
何度も禁書になったり焚書にされたりはしたようですが。

・解説に書かれていましたが、エラスムスが親友トマス・モアの家に滞在中に数日間でかきあげた本だったというのは驚きだなと思いました。
数ヶ所は注でエラスムスの誤りと考えられると指摘されていましたが、それ以外はほとんど記憶していることで書ききったというのはすごい才能だなと思いました。

・この作品を読んでルターが深く共感し、宗教改革の起爆剤になったというのはすごいなと思いました。
エラスムスはカトリック体制を破壊しようとまでは思っておらず、体制内部の自発的な改革を望んでいたそうですが、本を書いた人と本を読んだ人の受け止め方や行動が違うという事例の中でも極端な事例かもしれないなと思えました。

・このラテン語原著から直接和訳した本に訳者が携わるきっかけとして、大出晃の日本初のラテン語翻訳の本のクオリティーが異常に悪く、全文誤訳という勢いだったのに憤り、まともな翻訳を待っていたが出ないので、エラスムスの専門家でもなく、ラテン語の専門家でもない訳者が着手することにした、という事情があったそうです。
まえがきにも訳者あとがきにも詳しく述べられていて、大出晃訳の本を許せないという訳者の気持ちが溢れていました。

○エラスムスに関する解説で気になったところ

・十六世紀がエラスムスの世紀だと呼ばれるほどに、エラスムスの影響が大きかったそうで、その著作も膨大だったそうですが、日本では痴愚神礼讃の著者ということくらいしか知られておらず、その痴愚神礼賛を読んだことがある人もあまりいない、という状況になっていて、その理由として汎ヨーロッパ主義のエラスムスがラテン語で著述することを徹底していて、ラテン語研究が衰えてくるとその著作の内容に触れることができる者が少なくなり、日本では特にその傾向が顕著だったという事情だそうです。

・エラスムスはカトリック以外の宗派を作りたかったわけでなかったそうですが、聖書の研究に関する本や、カトリックの現状を批判する本を出版する中でルターを始めとして大きな影響を与え、ルターからも熱烈に自分を支持してほしいと請われるほどだったものの断ってルター批判の本も書き、カトリックからもプロテスタントからも批判されるような立場になってしまい、親友のトマス・モアやジョン・フィッシャーがイギリス国教会に賛成しなかったことで処刑され、その翌年にエラスムスも亡くなったそうです。

○つっこみどころ

・解説でも書かれていましたが、後半のカトリック批判に入ったところで、それまでとはトーンが変わって真面目な批判になってしまっていて、エラスムスの本音が諷刺や諧謔で多い隠せなくなったのかもしれませんが、読んでいて感じる面白みは減じていました。

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