【財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生】レポート

【財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生】
ステファニー・ケルトン (著), 井上 智洋 (その他), 土方 奈美 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4152099666/

○この本を一言で表すと?

 MMTの考え方から実際に行われてきた政策を評価し、どのようにあるべきかの提言を述べた本

○よかったところ、気になったところ

・MMTの基本的な考え方が平易な言葉と図で分かりやすく書かれていました。

・第一章から第六章で6つの「財政赤字の神話」とMMTの考え方から見る現実を対比して説明していました。
「財政赤字の神話」がどのように実際の政策に影響を与えているか、MMT的にはどうなのか、どう変えられるのかなどが分かりやすく説明されていたと思います。

第一章 家計と比べない

・政府と家計を同じようなものと見て収支管理をすべきだということを神話として、政府は通貨の発行体であり、家計とは全く異なるため比喩としてもふさわしくないということが述べられていました。

・政府は税収や借金を得てから支出するのではなく、まず支出してから課税や借り入れをするという考え方が提示されていました。
税金は通貨の需要を生み出すためのものだそうです。
その例として、モズラーが子供たちに協力を求めるため、手伝いに対して名刺を渡し、名刺と引き換えにテレビを見る権利や遊びに連れていく権利を渡すようにすることで子供たちに名刺の需要を作り出したことが挙げられていました。

・税金の役割として、通貨需要を作り出して政府が必要とするためのものを手に入れること、インフレを抑えること、資産と所得の配分を修正すること、特定の行動を助長したり抑制したりすることの4点が挙げられていました。

・政府の借金の役割は普通のドルを金利付きのドルに変えることで、金利を維持することだそうです。

第二章 インフレに注目せよ

・財政赤字が過剰な支出の証拠になるのではなく、インフレこそが過剰な支出の証拠であることが述べられていました。物価の安定が重要なのだそうです。

・完全雇用に近づき過ぎるとインフレになるという考え方があり、失業率は改善しすぎてもいけないもののようにFRBでも考えられているそうですが、MMTでは完全雇用を満たしつつ適切な物価安定も満たせるという考え方だそうです。
財政赤字を恐れず就業保証プログラムを政府が担うことでそれが達成できるそうです。

第三章 国家の債務(という虚像)

・国家の債務は何らかの形で国民が負担すべきという考え方は誤りで、国家の債務は国民に負担を課すものではないそうです。
通貨発行体である政府はいつでも自由に債務の返済をできるものであるそうです。

・国家の債務が返済されるべきという考え方のもとで、アメリカで債務が減少した期間には毎回景気後退の開始が伴っているそうです。

第四章 あちらの赤字はこちらの黒字

・政府の赤字が国民を貧しくすることはなく、政府の赤字が国民の富と貯蓄を増やすということについて説明されていました。
政府部門の赤字は非政府部門の黒字に繋がるからだそうです。

・政府の赤字、政府の借金が民間の借り入れ枠を奪い、それがクラウディングアウトに繋がるという経済学の話は経済学の基本を説明する本でも出てきました。
MMTの考え方だとそうではなく、民間と競合することなどないというのはこれまでの話と合わせると納得できるように思えました。

・通貨主権国だからこそ民間との競合を逃れることができるのであって、通貨主権国でなければクラウディングアウト説が通用してしまうというというのも興味深いなと思いました。
兌換紙幣の時代、ブレトン・ウッズ体制が続く時代ではアメリカもその他のドルに通貨が連動する国もクラウディングアウトが通用していて、1971年のブレトン・ウッズ体制崩壊以降にMMTが適用されるというのは、MMTの「現代」貨幣理論という意味を思い起こされるようでした。

第五章 貿易の「勝者」

・貿易赤字は国家の敗北を意味するのではなく、貿易赤字は「モノ」の黒字を意味する、ということが説明されていました。
トランプ政権の暴露本「炎と怒り」でも「FEAR」でも、トランプが貿易赤字を悪だと考えていて、周りの意見を撥ね退けて邁進する姿が描かれていましたが、それに対するアンチテーゼとしても興味深いなと思いました。

・第四章で説明されていた非政府部門を民間部門と海外部門に分け、政府部門の収支と民間部門の収支と海外部門の収支の合計が0になり、ある部門の赤字が他部門の黒字に繋がっていることが説明されていました。

・貿易赤字であれば国内民間雇用が弱くなることにも触れられていて、この対策もインフレ対策と同様に就業保証プログラムだと説明されていました。
就業保証プログラムに近い事例としてアルゼンチンの失業世帯主プログラムが紹介され、その導入にMMT派経済学者のL・ランダル・レイらが参画していて、ある程度の成功を修めたというのは興味深いなと思いました。

第六章 公的給付を受ける権利

・社会保障や医療保険のような給付制度は財政的に持続不可能なものではなく、政府にその意志さえあれば給付制度を支える余裕は常にあり、財政的な制約条件はなく、実物的な財やサービスを生み出す経済の長期的能力が制約条件であることが説明されていました。

・アメリカでもその他の国でも公的給付は財政上の裏付けがないと持続できないと言われている中で、アメリカの老齢年金、遺族保険、傷害保険、病院保険は基金が枯渇すると言われながら、裏付けを法制度上必要としない補足的医療保険は問題になっていないそうです。
その違いは議会によってどのように法令が定められているかで、議会が法令を変更すれば老齢年金等も財政上の裏付けなく健全に運営できるになると述べられていました。

・日本の社会保障制度も例として挙げられていました。
日本も通貨主権国なので、財政上の問題はなく、実物的な財やサービスを産出し続ける能力の問題だそうです。
MMTの考えが正しければ、日本の問題も解決できるような気がしました。

第七章 本当に解決すべき「赤字」

・MMTの考え方によると、本当の赤字とは財政赤字ではなく、現在社会的に満たされていない政策上の問題のことで、質の高い雇用の不足、貯蓄の不足、医療の不足、教育の不足、インフラの不足、気候変動問題への取り組みの不足、経済格差を解決する民主主義の不足などが挙げられるそうです。

第八章 すべての国民のための経済を実現する

・MMTの考え方を受け入れ、政策に反映するための考え方が述べられていました。

・MMTの考え方の実現の根幹となる就業保証プログラムを自動的安定装置として設定し、失業発生と同時に就業保証プログラムを稼働させて完全雇用を満たし続けることが、就業保証プログラムから抜け出して民間就業に戻る際にも勤務実績と成り続け、重要なのだそうです。

解説 コロナ危機によって再燃するMMT論争

・解説ではMMTに対して全面賛成ではないと留保しつつ、客観的な見方が取られていて参考になりました。
最後のMMTの内容を事実、仮説、提言の三種類に振り分け、租税貨幣論を仮説に、就業保証プログラムを提言に分類して疑問もあるというところには同意できるなと思いました。

○つっこみどころ

・インフレや貿易赤字で発生する失業率の増加の対策として就業保証プログラムが紹介され、MMTの基軸になっている考え方だと思いますが、地域の公共に関する仕事に従事させるという漠然とした話で、実際に就業保証を実行する段階で、仕事の用意や民間失業率の変動への対応などは大変どころではなく、現実的には思えませんでした。
仕事がないなら政府が仕事を作る、というのは今後の技術発展でより非現実的になっていきそうな気もします。

・MMTが制約とする実物的な資源をどのように把握して政策に反映するかの観点がはっきりと述べられていなかったように思いました。
就業率と設備稼働率くらいでしょうか。
客観的な計測ができなければ恣意的な政策に繋がり、ある業界が支援されて発展し、ある業界が見過ごされて衰退することに繋がるなど、担当する人物の力量によってより傷口を広げるような印象を受けました。

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