【わが闘争】レポート

【わが闘争(上)―民族主義的世界観】
アドルフ・ヒトラー (著), 平野 一郎 (翻訳), 将積 茂 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/404322401X/

【わが闘争(下)―国家社会主義運動】
アドルフ・ヒトラー (著), 平野 一郎 (翻訳), 将積 茂 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4043224028/

○この本を一言で表すと?

 幅広い知識と情報を持ち洞察力に優れた客観的な内容と頑固な偏見に満ちた主観的な内容が交差した本

○面白かったこと・考えたこと

・誰もが名前を知っているヒトラーが書いた(口述筆記させた)本で、ヒトラーの考えたことを知ることができました。

・宣伝の効果、大衆心理、組織論、当時の国際情勢、国力の比較、国家間の利害関係、地政学的情況などについて、驚くほどの的確さで把握・洞察し、ドイツ国民の失態や習性なども冷静に見据えている一方で、アーリア人種の優越、ユダヤ人陰謀論、マルクス主義に対しての頑固な偏見と感情的に見ることしかできていないような記述があり、一人の人間の中にこれだけ相反するものの見方が存在していたということ自体がすごいなと思いました。

・「その原因はユダヤ人にある」という記述がしつこいくらいに何度も出てきました。唐突過ぎる箇所もあれば、かなり論理的に意見を述べているところに混ぜている箇所もあり、説得力のある文章に当然のように混ぜていくことで信じさせようという効果を狙ったのかなと思いました。

・マルクスがユダヤ人だったというのは間違いのない真実として、新聞社のオーナーがほとんどユダヤ人だったことや、政治家のバックにユダヤ人がいたことなどは事実とどれくらい乖離しているのかを知りたくなりました。
ドイツ凋落の原因として分かりやすいところにユダヤ人を幾人も見つけたことで「全てのユダヤ人が悪」と発展させたのでしょうか。
ユダヤ人に宗教的基礎がないという話はかなりこじつけっぽいなと思いました。
ユダヤ人の立場側からみると、自分たちが存続するために立ち回ったことは当然あったと思いますが、どの程度実際に動いていたのかを知りたいなと思いました。

・キリスト教の信仰に触れる記述が意外と多かったなと思いました。
「人を神の似姿にした」「ユダが銀貨30枚で裏切った」などの聖書上の記述や、「主に対して許されない」などの信仰に沿う意思の記述など、信仰の解釈でいろいろな方向にもっていけるという極端な例でもあるなと思いました。

・大衆は愚かであり、扇動されやすい者たちである、という内容が何度も出てきましたが、その「大衆」はこう思われていることを知らなかったのかなと疑問に思いました。
読んだ人はみな「平均以上効果」のような心理で「自分は大衆ではない」と思っていたのかなと思いました。

・戦前の日本で出版されていた「吾が闘争」では翻訳されていなかった箇所が興味深かったです。
日本を貶しているところや君主制に対するところですが、確かにそこを削ると当時の日本人にとっては受け入れやすかっただろうなと思いました。
「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」という映画でも、戦前の海軍将校が翻訳版の「吾が闘争」を読んで山本五十六に向かってヒトラーを賛美したところを山本五十六の副官が「ドイツ語で読んだのか?」と問いただすシーンがありました。

上巻 第一章 生家にて、第二章 ヴィーンでの修業と苦難の時代

・ヒトラー(また口述筆記した人)が盛った少年時代や青年時代の経歴やできごとについて、訳注でウソだと暴露しているところがウケました。
また、かなり金に余裕があった状態から演劇通いで使い果たして貧乏になったというのも世間知らずな印象を受けました。

上巻 第三章 わがヴィーン時代の一般的政治的考察

・民主主義の批判として、多数決で決定することが政治家個々人の責任を欠如させること、そのために政治家の行動力がほとんどないこと、人気取りに陥ることなどは、今も言われていることで鋭い指摘だなと思いました。
そこから一人の指導者に権限を集めるというのは極論過ぎるかなと思いましたが。

上巻 第四章 ミュンヘン

・第一次世界大戦前のドイツ政策四つの道として、「出産制限」「国土開発」「新領土取得」「商工業興隆」があり、前二つは選ぶ余地がなく、三番目の「新領土取得」を選ぶべきところを「商工業興隆」を選んでしまったことが失敗だったと分析しているのは興味深いなと思いました。

上巻 第六章 戦時宣伝、下巻 第六章 初期の闘争―演説の重要性、第十一章 宣伝と組織

・宣伝は対象の教育レベルに合わせて「短くわかりやすいこと」「同じことを繰り返すこと」「目的・テーマを一つに絞ること」というように要点を定めて行うべきとして実践しているのはすごいなと思いました。

・大衆に受け入れやすい「演説」を重視していること、理論家より扇動家の方が組織のトップとしてふさわしいことが多い(影響できる人の数が多いため)というのも納得させられました。

・自分たちの党の見方を支持者と党員にわけ、宣伝によって納得するだけのものを大多数の支持者とし、行動を起こせるものだけを党員とすること、党員を増やし過ぎると組織がなりたたないこと、組織がうまくいってくると党員希望者が急増するため選抜する必要があること、別の運動で結果を出さずに渡り歩いてきた者に特に気を付けることなど、「党」を運営していく上で重要だったことがまとめられていて興味深かったです。

上巻 第九章 ドイツ労働者党

・その後大きくなるナチスが、ヒトラーが参加したときには数人程度の集まり(訳注を見るとヒトラーが入った時点で55番目)で、喫茶店などを間借りして会合を開いていたというのは面白いなと思いました。

上巻 第十章 崩壊の原因、下巻 八章 強者は単独で最も強い

・ドイツ崩壊の原因のいくつかに「中途半端だった」という理由があることがなかなか面白いなと思いました。
その中途半端になる理由が「選択と集中」をできていなかったという分析で、これも興味深いなと思いました。

・同じ思想を持った組織の共同戦線が弱く、単一組織の巨人として闘争することが重要というヒトラーが主導した組織でその教訓を活かして成功したということも興味深かったです。

上巻 第十一章 民族と人種

・人類を「文化創造者」「文化支持者」「文化破壊者」の三種類に分け、アーリア人種を「文化創造者」、ユダヤ人を「文化破壊者」と位置付け、日本人を名指してアーリア人種の文化を模倣するだけの「文化支持者」と位置付けていて、これが有名な戦前の日本語訳で削られた部分かと興味深かったです。

・混血によりアーリア人種としての特質が劣化する、ユダヤ人は積極的にアーリア人種を劣化させ、ユダヤ人自体は純血を保った者を遺していく、などのかなりのヒトラー節が展開されている章でした。

上巻 第十二章 国家社会主義ドイツ労働者党の最初の発展時代

・数人、数十人から始めた「ドイツ労働党」を「国家社会主義ドイツ労働党」と名前を変え、小さな集会から大きな集会を開催するところまで成長させていった経緯が書かれていて興味深かったです。

下巻 第一章 世界観と党、第五章 世界観と組織

・マルクシズムに対する偏見はともかく、マルクシズムの世界観の統一性・一貫性を脅威と考え、世界観のブレがあっては勝てないことから簡易で本質的な信条で勝負を賭けるという考え方は合理的だなと思いました。

・綱領を最初に決めたものから容易に変更しないという方針(少々状況にそぐわなくても変えない)というのは、「党」という思想組織においては重要なことかもしれないなと考えさせられました。

下巻 第二章 国家

・国家を目的ではなく手段と捉えているところは、私の先入観として愛国者的に国家を尊重していたと思っていたので意外でした。

・当時の教育制度へ問題意識を向け、肉体労働者の地位を向上させ、ドイツ人の民族としての誇りを持たせるという方策は、ヒトラーの立ち位置からすればかなり妥当ではないかと思いました。

下巻 第九章 突撃隊の意味と組織に対する根本の考え方

・突撃隊(SA)はヒトラーの秘密組織のことだと思っていましたが、ヒトラーの考えでは秘密組織化することを問題だとしていたのは意外でした。
ヒトラー出獄後に親衛隊(SS)は思い切り秘密組織的なイメージがありますが、組織が大きくなって必要性を感じたのでしょうか。
当時の事情を考えてみると、運動の邪魔をされるリスクが大きく、警察などの協力も見込めないという状況で突撃隊という組織を自前で持つのは合理的だなと思いました。

・突撃隊を鍛えるためにスポーツが大事だという話は妙に健康的で面白いなと思いましたが、運動の邪魔を排除するという役目からすると銃器の訓練よりも合理的だなと思いました。

下巻 第十章 連邦主義の仮面

・ドイツは州に徴税権があり、中央政府は州から運営資金を徴収する仕組みだと別の本で知りましたが、この本が書かれた当時も同じような体制になっていたというのは驚きでした。
当時の状況で連邦国家として各連邦国家の統制が取れなければ各個撃破されるだけというヒトラーの分析は正しいと私は思いました。

下巻 第十三章 戦後のドイツ同盟政策、第十五章 権利としての正当防衛

・ヒトラーの当時のドイツの国力や武力に関する分析、他国との比較はかなり的を射ていたと思いました。イギリスの国策としてヨーロッパ大陸に一大強国を作らせないようにしていたこと、アメリカが強大かする素地を持っていること、フランスにライバルがなく強国化していること、当時のドイツが他国から見て同盟する価値を見出さないことなど、冷静に現状の劣位を見極め、イギリスとイタリアを同盟相手として選ぶその根拠も妥当だなと思いました。

・ヒトラーがドイツのトップになってからイタリアと同盟し、特にイギリスとの外交に力を入れていたことはこの章で書かれている理由があったのかと納得できました。

・この章でフランスとは必ず敵対することになると書かれているのに、フランスでは楽観的な見方のまま内部政争に明け暮れ、あっさりとパリ陥落に至った経緯が「フランス敗れたり」という本に書かれていましたが、このヒトラーの考えを把握していれば油断などできなかったはずなのになと思いました。

・国境線は不確かなものであり状況によって異なること、戦略上譲ってはいけない土地の見極めなどの視点も大したものだなと思いました。

下巻 第十四章 東方路線か東方政策か

・この本でロシア(ソヴィエト)との同盟はあり得ないと書かれていますが、ドイツとソ連の不可侵条約が結ばれた後でドイツがそれを裏切って侵攻することもある程度ソ連側は見越していたのかもしれないなと思いました。

○つっこみどころ

・第一章、第二章はヒトラーの少年時代、青年時代を追うだけでかなり退屈内容でした。

・ところどころタイピングミスっぽい誤字があり、版を重ねても修正されないのかなと思いました。

・下巻の訳者の解説でヒトラーの負の面(アーリア人種の優越、ユダヤ人陰謀論、マルクス主義に対しての頑固な偏見など)のみ挙げて正の面については最後の「ヒトラーは人民に教えたのではないが、わたくしにはやはり人民の宝典の価値をもつように思われるのである」という一文だけで具体的に触れていないのは、いろいろ「事情」があるからかなと思いました。

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