【現代語訳 文明論之概略】
福澤 諭吉 (著), 齋藤 孝 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4480430385/
○この本を一言で表すと?
福沢諭吉が文明論を通して日本に警鐘を鳴らした本
○考えたこと
・「福翁自伝」と「学問のすすめ」は2年前に読んだことがあり、その解説でも触れられていた「文明論之概略」も一度読みたいと思っていたので、読めてよかったです。
・物事を把握するところ、把握したことからバランス感覚をもって考えを導き出すところなど、すごい能力を持った人だなと思いました。
他国の考えや宗教についての知識も持った上で物事を検討しているところもすごいと思いました。
第一章 まず、議論の基準を定めよ
・議論がかみ合わない理由として、その議論の基準を定めていないことが原因であること、他者を論破しようとしてその端緒のみにしか目が行かないことなどを挙げていて今にでも通じる話だなと思いました。
第二章 なぜ西洋文明を目指すのか
・文明には段階があり、西洋文明といっても究極の段階にはないこと、文明には事物と精神があること、文明の精神とは人民の「気風」であることなど、西洋に触れて感動しながらも、その感動した対象に対しても冷静に検討しているのはすごいなと思いました。
・血統と政統(血統とは異なる政治の本筋)と国体(他国と自国を分けるアイデンティティ)でどれを優先すべきかという問題で明確に国体を優先すべきと言い切っているのは爽快だなと思いました。
第三章 文明の本質
・文明の本質自体については語ることが難しいとしながら、文明を勝手に決めつけることが多く誤りが多いこと、君主制や合衆政治(共和政)などの政治形態は手段であって文明の本質とは異なると述べられていてなるほどと思いました。
第四章 一国の智徳
・豊臣秀吉を語るものは豊臣秀吉の言行でその人物を判断しようとする、豊臣秀吉は農民だったころから出世していくにつれて言行や考えを変えてきたということを見逃しているという指摘はなかなか鋭いなと思いました。
・「統計」によって、個人のことはわからなくても国家全体については推し量れること、物事の因果関係に「近因」と「遠因」があり混同しやすいことなども見事な見識だと思いました。
・「時勢」によって考える必要性について述べているところは痛快なほど冷静な指摘で面白かったです。孔子が時勢に合わず何もできなかった人物であったこと、楠木正成は時勢に合わず立場も合っていない人物であったことなどは身も蓋もないですが見事な指摘だと思いました。
第五章 続・一国の智徳
・腕力と違って智力の差はかなり大きくなること、明治維新の成功の理由を攘夷ではなく智力だとみていること、智力を活かせる西洋人と智力を活かせない日本人の違いは「習慣」にあることなど、これらも鋭い指摘だなと思いました。
第六章 智と徳の違い
・智と徳をわけ、それぞれを私智(物事の理を究めてこれにしたがう働き)・公智(人間のやることの軽重大小を区別して時と場所によって優先順位をつける働き)、私徳(心の内側に属する徳)・公徳(外の物に接して社会の中で発揮される徳)にわけ、世の中が進めば私徳だけでは足りないこと、私徳の効能は狭く知恵の効能は広いことを人物の行いを例に出して述べているところはなかなか説得力があるなと思いました。
・徳には進歩がない(昔から変わっていない)、徳は試験できないこと、智恵は進歩し続け、試験できることという比較は比較すること自体が的を射ているかどうかはともかくとして面白いなと思いました。
・西洋に並ぶためにキリスト教を取り入れるべきだという意見に対し、日本人にも徳はあること、キリスト教の者に徳があるとは限らないことを歴史から例を挙げているのは冷静な考え方をしているなと思いました。
・善人がなす悪と悪人がなす善の話で、徳川家康や織田信長などの個人としては善人とは言えない者の行いが大きな善をなしたこと、その逆もあることを挙げて徳だけで判断してはいけないということ、結果を求める考え方は今の日本人よりも西洋人らしい考え方だなと思いました。
第七章 智徳を行うべき時代と場所
・時代と場所を見極めることが難しいこと、「時が来た」と思った時には既に過ぎ去っていることは現代においても実感していることだなと思いました。
・徳と規則が相容れず、徳は情愛を基にしたものであり、卑しい心を持っている人間の集団の中で物事を判断することは難しいこと、そのためには規則を定める必要があること、その例として国際法、税法、議会制度などについて述べているのは冷静な話だなと思いました。
第八章 西洋文明の歴史
・かなりざっくりとした西洋の歴史の概要について述べていましたが、幕末・明治初期当時の人間が西洋の歴史をこれだけ把握した上で物事を考えられるというだけでもすごいなと思いました。
第九章 日本文明の歴史
・日本の歴史の中で鎌倉幕府から室町幕府に変わるなど、時代が変わっても上下関係がはっきりと出て変わっていないこと、独立した宗教や学問がないこと、武士にも独立の気概などなかったことなど、福沢諭吉が下級武士という立場で身分制度などが大嫌いだったというところがよくでているなと思いました。
・「第二歩を考えて初歩を踏み出せ」という考えは非常に大事ですし、当時だけでなく現代においても忘れられているようなことだと思いました。
思い切りよく踏み出す者が長続きしないことがあるのはここに要因があるのではと思いました。
・経済の二大原則として、財を蓄えることと消費することを切り離して考えることはできないこと、財を蓄え消費することにはその財にふさわしい智力と習慣があることが書かれていて、徳川幕府以前の日本ではそうではなかったこと、明治からはこの二大原則を踏まえる必要があることを指摘していてすごいなと思いました。
第十章 自国の独立
・国を独立した状態とし、それを維持していくためには外国交際を重視する必要があること、武器を揃えてもそれを扱える者がいなくては意味がないこと、天地の公道に身を任すのではなく報国心で主体的に独立を維持するための努力をしていかなければならないこと、外国と日本が平等だという誤解と不平等であるという事実を指摘して危機感を持つべきだと述べていることなどはヒトラーの「わが闘争」でのドイツ国民に対する(ユダヤ人に対する偏見ではなく、まともな意見としての)警鐘と似ているなと思いました。
○参考にならなかった所、またはつっこみどころ
・福沢諭吉の最高傑作と翻訳者の紹介や裏表紙に書かれていましたが、福翁自伝の方が格段に面白かったと思いました。
・冷静な論理の中で時折「なんと卑劣なやり方だ」というような感情的な意見が入っているところに違和感を感じましたが、ある意味人間らしいとも思いました。
・第七章の最後に戦争が人が死ぬ数をむしろ減らしていると述べているところがありましたが、さすがの福沢諭吉も近代戦や大量破壊兵器の存在についてまでは予測できなかったのかなと思いました。