【能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか】レポート

【能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか】
藤本 隆宏 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121017005/

○この本を一言で表すと?

 開発能力と生産能力の蓄積に焦点を当てて書かれた自動車産業メインの産業分析の本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・10年以上前に同じ著者の「生産マネジメント入門Ⅰ」「生産マネジメント入門Ⅱ」を読んで生産管理について学ぼうとしたことがありました。
その時はなかなか理解できず、かなり時間をかけて読みましたが、それ以降、「ザ・ゴール」「ザ・ジャストインタイム」「トヨタ生産方式」などの本を読んである程度理解が進んだからか、この本は割とさくさく読めました。
「生産マネジメント入門」と重複する内容もありましたが、本のタイトル通り「能力構築」の競争に焦点を当てて分析されていて、また違った内容であるようにも思えました。

・著者が今までに書いてきた専門書よりも時間をかけ、最初のメインテーマがサブテーマになってしまうくらい内容に変化があったという話があとがきで書かれていましたが、新書にしてはページ数が多いだけでなく、確かに内容も充実していてかなりの力作だなと思いました。

・2003年に出版された本であり、需要側へのアプローチであるマーケティングに焦点を当てず、供給側へのアプローチである生産能力に焦点を当てている点で古臭い内容かなと読み始めでは感じていましたが、2016年現在でもこの本で述べられている能力構築が企業の競争力の一端になっているように思えてきました。
それだけが企業の競争力の決定要因ではないと思いますが、短期的な競争ではデザイン力やマーケティング力で勝敗が決まることが多くても、長期的な競争ではこの本で述べられている組織能力が勝敗を決めるパターンも多そうだと思いました。

第1章 自動車産業における競争の本質

・能力構築競争をキー概念として、この本で解き明かしていく自動車産業に関する問いが立てられていました。
最初にその問いの箇所を読んだ時はさらっと読み流していましたが、その問いに答える内容が以降300ページ以上にわたって書かれていたのだなと改めて思いました。

第2章 能力構築競争とは何か

・この本で論を重ねていく上での前提になる用語の解説が書かれていました。
世の中のすべての産業は媒体に情報を転写することであり生産とは素材という媒体に設計情報を転写する活動だということ、生産の競争力の指標QCDにF(フレキシビリティ)を加えたQCD&Fなど、「生産マネジメント入門」でも触れられていた用語の説明とともに、表層の競争であるマーケティング競争と深層の競争である能力構築競争の対比、創発という当初の予定とは異なる発見を積み重ねることの重要性など、この本で改めて検討するための用語の説明がされていました。

第3章 なぜ自動車では強かったのか

・自動車産業の日本と海外の比較で、製造・開発の生産性では日本が大きく有利であるものの、収益性ではそれほど変わらない、生産性と収益性が比例していないねじれ構造にあるというのは、当時の日本企業の一般的なイメージとも一致していそうだなと思いました。

・設計情報のアーキテクチャ特性を部品設計の相互依存度でインテグラル(摺り合わせ)かモジュラー(組み合わせ)か、企業を超えた連結がクローズ(囲い込み)かオープン(業界標準)か、の2軸で考え、自動車産業はクローズ・インテグラル型の典型であることは、確かにそうだなと思いました。
この本が書かれた当時より、現在の方がオープン・モジュラー型の産業が増えているように思いました。

・媒体特性を情報転写の容易さと情報の消えにくさという2軸で考え、製造業とサービス業を情報産業の枠で考えるという製品類型は面白いなと思いました。
自動車産業は鉄という書き込みにくく消えにくい媒体に情報を転写する「作り込み」型の典型だというのは間違いなくそうだなと思いました。

・アーキテクチャ特性と媒体特性の組み合わせで考えて、日本企業の得意領域はクローズ・インテグラル型で作り込み型、米国企業の得意領域はオープン・モジュラー型でデジタル情報財型だというのは、2003年時点でも現在でも変わらないように思いました。

第4章 もの造り組織能力の解剖学

・もの造りに関する組織能力を分解し、日本の自動車産業がどこに強いかを分析していました。全くジャンルは異なりますが、ISM(インストアマーチャンダイジング)の利益の分解と似ているなと思いました。

・労働生産性を労働時間当たりの生産量から正味作業スピードと正味作業時間比率の掛け算で表し、日本では正味作業時間比率を上げる、つまり手隙時間をなくすことに注力することで労働生産性を上げているというのは、個人の能力だけでなくそのような作業に仕組みを作り上げるということで、まさに組織能力だと思いました。

・生産リードタイムを正味作業時間の総計と情報を受信していない時間に分け、情報を受信していない時間、つまり在庫として置かれている時間を削減することでリードタイムを短くしたというのは、カンバンを始めとするトヨタ生産方式の基本で、在庫という資金が転化した物が滞留させないだけでなく、納期短縮にも繋がっている意味で、様々な好循環を起こしているのだろうなと思いました。

・製品開発面での組織能力で、「重量級PM」が挙げられていましたが、製品開発の上でコンセプトから技術的な解決策までを一元的に管理するプロジェクトリーダーが昔から存在していたことは初めて知りました。
組織横断的なプロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャー、ブランドマネージャーなどは近年になってよく取り上げられるようになってきたものと思っていましたが、日本でそういった取り組みがあり、有効に機能していたというのは興味深いなと思いました。

・作業手順を実態に合わせて変更していくことはどこでも行われていそうですが、設計・工程・作業手順の各段階で作り込み、フィードバックを受けて変革していく仕組み自体を組織能力として恒常化するというのは、かなり難易度の高い、組織の各部署、各階層においてその意識を浸透させないと実現しないことだろうなと思いました。

・部品企業への外注のしかたが日本と欧米では異なることは知っていましたが、少数の取引先との継続的な取引と多数の取引先を都度選別する取引くらいの差だと思っていました。詳細設計ごと外注する承認図方式で無検査で引き取るというほぼ社内の一部門のような取引をやっていたのは興味深いなと思いました。

・これらの要因で構成された組織能力は、確かに模倣が難しく、長く日本の自動車産業の競争優位に繋がっていたというのは納得できるように思いました。

第5章 能力構築の軌跡―二十世紀後半の自動車産業

・戦後からの自動車産業の歴史がその変遷時期ごとに要約してまとめられていました。
自動車会社の技術そのものも、部品を生産する会社の能力もかなり低い水準からスタートし、フォード等の海外企業の現場の視察を経て日本に導入し、品質を上げ、カンバンのような独自のやり方を編み出し、国内のモータリゼーションで生産量を増やし、海外輸出まで拡大した、と流れだけで言えば一直線のようにも思えますが、各段階でかなりの試行錯誤があったのだろうなと思いました。

第6章 創発的な能力構築の論理

・システム創発をキーワードとして組織能力構築について述べられていました。
むしろ何らかの資源が足りないところから、それを何とかしようと工夫せざるを得ず、結果としてそれが国際競争力として成り立ったという事例がいくつか紹介されていました。
人が足らないために多能工化せざるを得ず、それが品質向上に繋がったり、モデル多様化に迫られ、工程のフレキシブル化や開発スピード向上をせざるを得ず、それが効率的な仕組み繋ったりなど、意図しただけではない仕組みが思わぬ効果に繋がる事例を知ることができて面白かったです。
その場その場を何とかするというだけでなく、マイナスをゼロにするだけでなく、さらに活かし、プラスに変えるという発想は、自動車産業以外でも重要な気がしました。

・第4章で述べられていた重量級PMがトヨタでは1950年代に主査制度として導入されていたというのはすごいなと思いました。
1950年代はトヨタでもまだ海外企業に全く追いつけていない時期で、その頃からの蓄積があって重量級PMが機能するようになったのかなと思いました。

・「運も実力のうち」「失敗を成功に変える」という言葉はよく聞きますが、たまたま得られた知見や失敗から得られた知見を蓄積し続ける仕組みは、システム創発によって得られたアイデアを累積的に積み重ねることができる上で、間違いなく重要な組織能力だなと思いました。

第7章 紛争―脇役としての貿易摩擦

・日本の海外輸出が拡大して以降、特に米国からの貿易摩擦解消の圧力や規制がかけられたことの歴史について触れられていました。
結論として、一時的にはそのような紛争が販売台数に影響を与えることはあっても、恒常的な競争力の差には繋がらず、その圧力や規制がなくなればすぐに元の状態に戻ることから、能力構築競争の脇役であることが述べられていました。

第8章 協調―競争を補完する提携ネットワーク

・自動車産業の寡占化説などがあったものの実現しなかった話と、その理由として量産効果がある規模を超えるとあまり働かないこと、自動車はネットワーク外部性が小さいこと、自動車はコモディティ化しないことなどが挙げられていて、なるほどと思いました。
実際に同産業の企業間の提携が行われても、大きな合併等はほとんど起きず、企業数の変化があまりなかったことが述べられていました。
量産効果を狙った合併よりも、補完効果を狙った合併の方が多く見られたというのは、能力の構築という点で見れば確かにその方が効果が高そうだと思いました。

第9章 欧米の追い上げと日本の軌道修正

・自動車産業において、日本企業が創発的に築いた仕組みを欧米企業が模倣するために、純化してから導入したというのはイメージしやすい話だなと思いました。
創発的であるがために無駄なプロセスもあり、外からは見えない部分もあり、概念化してから導入することで失敗したり、むしろオリジナルよりも効果が出たりするというのは面白いなと思いました。

・能力の過剰蓄積による過剰設計、そして過剰な製品ライン拡大や過剰品質に繋がるというのは自動車産業だけでなく、家電産業など他の産業でもあった、もしくは今も継続している話だなと思いました。
自動車産業では設計の簡素化などの軌道修正が行われ、適応できたそうですが、他の産業ではできなかったことと大きく異なるなと思いました。
重量級PMがその権限が大きすぎて自身の想いを貫き、過剰設計に拍車をかけたというのは、生産側が強くなった組織にありがちな話で、どのようなケースでもうまくいく仕組みなどなく、メリット・デメリットが存在することが改めて思い起こされました。

第10章 能力構築競争は続く

・2003年時点において著者がそれ以降の競争の変化について予測していました。
ハイブリッド車や燃料電池自動車などについても触れられ、その想定が現在においてそれほど間違っていなかったのですごいなと思いました。
インテグラル型からモジュラー型に変わると一時期騒がれたように思いますが、現在においてそれなりに落ち着き、未だにインテグラル型が主流であることを考えると、その意味でも著者の予測は当たっているように思いました。
ITや新技術などによる自動車産業の変革についても想定し、技術の陳腐化が早まることについても言及していて、それも実態とそれほどずれていないように思いました。著者の見識の深さと確かさに驚かされました。

○つっこみどころ

・著者は自動車産業が世界で優位に立った要因を他産業に展開すればよい、と所々で書いていますが、この本で書かれている自動車産業の能力構築は、部品点数が多く部品間の関係が強い自動車という特殊な産業で長年の蓄積があるからこそその優位が保たれるだけで、他産業への展開は難しいのではと思いました。

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