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【九鬼周造「いきの構造」】レポート

【九鬼周造「いきの構造」】
九鬼 周造 (著), 大久保 喬樹 (編集)
https://www.amazon.co.jp/dp/4044072221/

○この本を一言で表すと?

 日本独自の「いき」という概念をいろいろな方向から解析した本

○考えたこと

・明治中期に生まれた著者が日本独自の概念「いき」を海外の似たような概念・言葉などと比較し、類似点や相違点を書き出してその違いを浮き彫りにしているのは、すごい知識量とセンスだなと思いました。
最後まで読んで「いき」について書き切った本だなと素直に捉えていましたが、最後の九鬼周造の生涯の話でこの「いきの構造」の見方が一気に変わり、「いき」を再定義することによって自分の思いを昇華しようとするドロドロとした執念のようなものを感じました。

一 序説

・各国の「いき」に近い言葉の意味を解説して「いき」との違いを説明していて、その中で日本独自の概念であることを強調していて、導入部としてうまい書き方だなと思いました。

二 「いき」の内部構造

・「いき」の構成要素として「媚態」「意気」「諦め」の三つを挙げていて、最初はどう繋がるかがよくわかりませんでしたが、「媚態」がつかず離れず距離感を保つこと、「意気」が身分・立場の中でも保つプライド、「諦め」が執着から離れること、という説明でたしかに相反的な三要素が相補的でもあるのだなと思いました。

三 「いき」の関連概念

・「いき」が「上品⇔下品」「派手⇔地味」「意気⇔野暮」「渋味⇔甘味」といういろいろな両極の中でいろいろな組み合わせで存在できるというのは面白いなと思いました。

四 「いき」の身体的表現

・言葉遣いや体型や所作など、確かに「いき」を表現できそうな要素だと思いました。
表現できそうなことは分かってもなぜそうなのかということはこの本を読み終えても説明しづらいところだとも思います。

五 「いき」の芸術的表現

・「いき」の芸術的表現については、時代背景や見る人など、立ち位置によって変わっていきそうな気がします。
現代で「いき」だと思えることが九鬼周造にとって「いき」と思えないこともあるのではと思いました。

六 結論

・「いき」は内面的に理解せよ、という九鬼周造の意見は偶然「いき」に近いような西洋のものは「いき」と認めない点で、動機に関するところを重視していて、ある意味結果より過程を重視する日本人らしいなと思いました。

九鬼周造の生涯と思想

・九鬼周造がおじさんと慕った岡倉天心が母親と浮気して父親に母親が幽閉され、人生が歪んでいったこと、苦界出身の母親に積極的に価値を見いだす意味で「いき」をクローズアップしたのではという見方など、「いき」の構造という本に対する見方が一気に変わる背景だなと思いました。

○参考にならなかった所、またはつっこみどころ

・P.74の直方体の意味がよく分かりませんでした。もっとわかりやすく説明する方法がありそうなものだと思います。

・九鬼周造が、親が浮気性だったから自分も浮気に走ってしまった、というような言葉や歌を残しているのは人のせいにし過ぎではないかと思いました。