• 様々な本、様々な資格の話が盛りだくさん(の予定)

【もういちど読む山川日本史】 【山川 詳説日本史図録】(現代)レポート

【もういちど読む山川日本史】
五味 文彦 (著), 鳥海 靖 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4634590646/

【山川 詳説日本史図録】
詳説日本史図録編集委員会 (編集)
https://www.amazon.co.jp/dp/4634025256/

<第13章 第一次世界大戦と日本>

・第一次世界大戦で日本は近代戦を経験しなかったため、第二次世界大戦において経験値のない状態で参戦することになったという話が「失敗の本質」という本で述べられていましたが、この時の日本は中国のドイツ領を攻めたり、中国に二十一ヶ条の要求を突き付けたりと、地理的な状況もあってうまく立ち回っているなと思いました。(P.269,270)(図録P.251)

・第二次世界大戦時、1917年にロシアが倒れてソ連が誕生したときシベリア出兵で革命をおさえようとして巨額の経費と死傷者を出して成果を上げられなかったのは、出兵の目的の不徹底等が原因でしょうか。(P.271)(図録P.251)

・日清戦争から日露戦争にかけて、海軍の改革を実施した山本権兵衛が首相になり、軍部大臣現役武官制を撤廃するなどの改革を行ったのはさすがだと思いました。
しかし、海軍高官の不正によって退陣というのは、出身母体と政治が切り離せなかったということでしょうか。(P.272)

・民主主義的風潮に呼応して大正デモクラシーが興るようになったあたりは、この時代の中でも明るい空気を感じます。
建前だけの議会制度などからこういった文化的浸透に至ったことに国家の成長を感じるからでしょうか。(P.272,273)

・都市の民衆暴動、米騒動など、選挙権のない民衆が動員される流れは、判断力の育っていない民衆の移ろいやすさの悲しさを感じます。(P.273,274)

・米騒動の発生件数は今まで意識していなかったですが、すごい数だなと思いました。(和歌山県だけでも100件以上)(図録P.253)

・原敬は「平民宰相」と呼ばれながらも評判がイマイチなイメージがあります。昔読んだ学研マンガとかでも扱いが悪かったような覚えがあります(P.274,275)

・国際協調の流れに日本も参画していること、軍部の反発、治安維持法の成立など、一連の流れが軍国主義化する方向へ誘導されているような気がします。(P.278~284)

・大正から昭和にかけての日本の発展と大正デモクラシーのイメージでこのあたりは明るい時代を感じます。戦争があっても利益を受けることが多く、国内は問題なかったからでしょうか。
しかし、明るいイメージが20年に満たない期間だけというのも、時代の移ろいの速さを感じます。(P.284~288)

・成金が百円札を燃やしている絵はすごく印象に残っていますが、大正時代だったというのは納得です。(図録P.252)

・寺内正毅がビリケンに似ていたことから非立憲とかけて「非立憲内閣」と言われていたのには笑いました。
ビリケンがこの頃アメリカで流行していた幸福の神像だったことは初めて知りました。(図録P.253)

・ラジオの普及、映画館開設、スポーツの興隆、宝塚歌劇開始など、市民文化の形成の中身を見ると当時の雰囲気が伝わってきます。(図録P.260)

・日本にマルクス主義が入ってきて知識層の考え方を一変させたという話が丸山真男の「日本の思想」で書かれていました。
マルクス主義が入って、思想的に確かなものが初めて日本で根付き、そのおかげで文学も長編のものが生まれたそうです。
それまでは思想性の欠如から短編が書く側も読む側も好んでいたそうです。(P.286~288)

・中国での国共合作、金融恐慌、盧溝橋事件での張作霖爆殺など、1920年代後半から急激に明るい時代が終わってしまった気がします。(P.288~294)

・「東洋経済新報」が渋沢栄一らの援助を得て創刊され、石橋湛山らが植民地放棄を主張して第二次世界大戦中も一貫して自由主義的な立場を貫いたというのはすごいなと思いました。(図録P.250,255)

<第14章 軍部の台頭と第二次世界大戦>

・満州事変、軍事行動支持の偏向報道、政党内閣崩壊(五・一五事件)、国際連盟脱退、二・二六事件の流れで一気に軍国化してしまったなと思いました。
考えてみると、どれもごく一部の人間によって起こされた事件・行動だと思いました。
流れを作られると行くところまで行ってしまうのだなと思いました。(P.295~300)

・五・一五事件や二・二六事件以外にも暗殺などの事件はいろいろあったのだなと思いました。(五・一五事件より前に、三月事件、十月事件、血盟団事件)(図録P.268)

・日中戦争、国家総動員法制定、ときて戦力の供給体制も整い、太平洋戦争へ突入してしまう流れもできてしまったのだなと思いました。(P.301~303)

・戦争開始から劣勢になり、敗戦に繋がるまでの話は映画や本で数多く語られ、ある意味馴染んでしまった感があります。(P.307~314)

・戦時体制の「贅沢は敵だ」のプラカードを持って町内婦人部が街頭更新したり、興亜奉公日として毎月1日に節約貯蓄が強制されて食堂・喫茶店・風呂屋まで休業したりと、当時の感覚・活動がよく分かる写真だなと思いました。(図録P.272)

・「バターン死の行進」という言葉は知っていましたが、日本軍が捕虜にした7万8,400人のアメリカ軍やフィリピン軍を100kmほど炎天下で行動させて1万6,000人が死亡した事件だったということを初めて知りました。
こういったことがあったから東京裁判が報復裁判といった様相を見せたのかなと思いました。(図録P.278)

・戦時のポスターや流行の歌などを見ると、文化的なところまで洗脳するような仕組みに組み込まれていたのだなと思いました。(図録P.280)

・学校の軍事教練、学童疎開、学徒出陣、女性の竹槍訓練の写真を見ると、現代の北朝鮮の映像に似ている気がします。
今は見ていて不自然な光景がこの当時の日本では普通だったのだと思うと今の日常が貴重なものだと思えます。(図録P.281)

・A級戦犯(戦争指導者)に問われた人の裁判結果は有名ですが、B級戦犯(戦争犯罪に対する命令者)・C級戦犯(虐待などの実行者)の裁判結果が、5,700人超が有罪とされ、984人が死刑になっていたことを初めて知りました。
また、GHQの「好ましくない人物よりの除去に関する覚書」で公職追放対象者が約21万人というのは驚きました。(図録P.285)

<第15章 現代社会と日本>

・ソ連の北海道占領の要求がアメリカに断られていなかったら今頃ソ連の領土になっていたかもしれないなと思うと、今の北方領土問題どころじゃなかったなと思いました。
逆に領土問題にもならなかったかもしれませんが。(P.315)

・非軍事化、政党の復活、日本国憲法制定、朝鮮戦争、平和条約・安保条約、国連加盟の流れは一直線に進んで今に繋がっている気がします。(P.316~324)