【刑務所の経済学】レポート

【刑務所の経済学】
中島 隆信 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4569801617/

○この本を一言で表すと?

刑務所の機能を経済学的に検証した本

○考えた点

・同じ著者の「お寺の経済学」が割とゆるい系の本だったので同じようなものと思って読み始めましたが、思ったよりしっかりと経済的に刑務所を検証し、いわゆる「法と経済学」の分野の本になっていて驚きました。

・それほど意識していなかった「刑務所」の実態について知ることができてよかったです。

第一章 赦しの合理性

・比較優位の法則から、理想的には全ての人の能力を活用することが最適でも、社会が特定の属性を持つ者を排除したがる理由として、比較優位の実戦にコストがかかること、褒めるより非難する方が楽であること、「転ばぬ先の杖」の考えがあることが示されていて、犯罪を犯した者を排除する社会はまさにその通りだなと思いました。

・赦すことが比較優位的に合理的であったとしても実践が難しいというのはその通りだなと思いました。

第二章 犯罪は抑止できるのか

・犯罪の抑止力を効率的に高める方法として、逮捕確率を上げるより懲罰を重くすることが挙げられていて、韓非子の「灰を捨てる者は死刑」の説話でも述べられていますが、罪と罰の公平性が保たれていないと国民の法令順守の意識が低くなるためにそう単純ではないという話はなるほどと思いました。

・厳罰化がある程度犯罪率の減少に効果があるというデータの存在と、厳罰化に必要なコスト増大の関係など、物事はそう単純ではないのだなと思いました。
アメリカではまだそういった分析がされていますが、日本ではそういった実証的な分析がなされないまま法律が変更されていて、法律策定プロセスの客観性に疑問があるという話はなかなか考えさせられます。

第三章 刑事裁判と応報

・刑罰に対する応報刑論(悪事に対する報いを受けさせる)と目的刑論(一般国民への予防と犯罪者への反省による予防)の考え方、その折衷案が日本では採用されていることなど、今まであまり考えていなかったことを考えさせられました。

・刑事裁判が真実を追求するための裁判ではなく、法的な価値を判断する場であるということ、被害者も加害者も誰も納得できないものであること、なぜ被害者が原告になれないかということなど、完全なものではなく、妥協の産物にしかなりえないのだなと思いました。

第四章 刑務所を考える

・刑務所に関わる人のインセンティブが明らかにされていて、なかなか複雑だなと思いました。
少ない刑務官で多人数の受刑者を管理するための工夫として、「規則的な生活」「運動会」「刑務作業」「仮釈放」「受刑者のランク付け」「刑務官との信頼関係」が挙げられていて、いかに受刑者を機械的にするかという点ではかなり優秀な仕組みになっているなと思いました。

・刑務所の機能として求められる「矯正」と「保護」はあまり満たせていないと思われますが、予算内で刑務所を運営するには仕方のない面もあるのかなと考えさせられました。
刑務官は問題を起こさないことが第一であり、またそうならざるをえないシステムになっているというのはなかなか根深い問題だなと思いました。

・出所後のことを考えられない仕組みが再犯率にも繋がり、また受刑者に対する権利意識から「憲法第二十五条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が守られている場所」という皮肉な状況でコストが増大していて、受刑者の高齢化が進んで老人ホームのようになっていたり、今後もコストが上昇していきそうで大変だなと思いました。

第五章 少年犯罪とサイコパス

・最近よくニュースで取り上げられるようになった少年犯罪について詳しく分析されていていろいろ勉強になりました。
非行少年の大きな動機の一つで「自尊心回復手段としての非行」というのがあり、落ちこぼれて居場所がなくなり、その代わりに喫煙や飲酒などで同級生より先んじて大人になることを目指すという行動に繋がるのだそうです。
格差の存在が居場所をなくすのではなく、子供たちが自分の比較優位を見つけられない教育現場が居場所をなくすという話は一理あるなと思いました。

・学習不振児の非行は仲間と一緒の集団行動で、もう一つの発達障害児の非行は集団では犯罪の先導役、あと単独犯が多いのだそうです。
発達障害児はそうであることの発見が遅くなることで善悪の判断が難しくなって非行に走ってしまうそうです。

・少年犯罪が自分の不利益を回避する合理的な行動だと結論付けられていて、対処する側の責任が重いとされていることが印象的でした。
これらを踏まえて少年院で実践されているプログラムは「①自尊心の回復②コミュニケーション能力の習得③心のスイッチを入れる④更生への道筋をつける」の順になっているそうで、旧来のいきなり心のスイッチを入れようとする対症的なやり方よりは効果がありそうだと思いました。

・これらの性善説を根底とした考え方の例外としての「サイコパス(精神病質者)」の話がこの本で一番印象的でした。
サイコパスは遺伝子異常が原因と考えられていて、障害の一種であり生まれつきのものだそうです。
「診断名サイコパス」という本で書かれているサイコパスの特徴は「口達者で皮相的(自分を効果的に演出できる)」「自己中心的で傲慢(自分でルールを作り、自分の利益を徹底的に追求する)」「良心の呵責や罪悪感の欠如(すべては終わったことで、過去は一切気にしない、加害者になっても自分は被害者だと主張する)」「共感能力の欠如(自分が満足感を味わうために他人が存在すると考える)」「ずるく、ごまかしがうまい(平気でSVをつく、演技する)」「浅い感情(恐怖に対する正常な生理的反応に欠けている)」「衝動的(将来を真面目に考えない)」「行動をコントロールするのが苦手(感情的で衝動的攻撃性が強いが冷静さを失っているわけではない)」「興奮がないとやっていけない(単調さに耐える能力に欠ける)」「幼い頃の問題行動(幼い頃から残虐性を発揮している)」「成人してからの反社会的行動(犯罪だけでなく、嘘、騙し、ネグレクトなど非道徳的行動全般を含む)」だそうです。

・25人に1人はサイコパスに該当するという説があり、日本でも480万人のサイコパスがいることになるそうです。
サイコパスは全て犯罪を犯すのではなく「サクセスフル・サイコパス」という社会でうまくやれる者も多く、サイコパスに適した仕事は弁護士、医師、精神科医、学者、傭兵、警察官、カルト教団のリーダー、軍人、実業家、作家、芸術家、エンターテイナーなどだそうです。
日本を含めた東洋文化圏ではサイコパスがその特徴的な行動をとることが集団主義的な文化のなかでは評価が低いために発現しづらいのだそうです。

・サイコパスの特徴で自分が出会った人の中で問題行動をとり、かつ改善の見込みが薄い者に思い当たる者が何人かいて、かなり根深いものだったのだなと思いました。

第六章 更生保護

・テレビや本などでよく登場する「保護司」が保護司法で定められていること、その法律の中で「給与を支給しない」と定められているボランティア公務員であることなどは初めて知りました。
更生保護のための団体や施設などが存在するものの、まだまだ持続的な活動ができていない状態であり、求められている役割に対して応えられる状況にないことや、今後の改善も難しいことは大変だなと思いました。

タイトルとURLをコピーしました