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【言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家】レポート

【言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家】
佐藤 卓己 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121017595/

○この本を一言で表すと?

 情報官・鈴木庫三(すずき くらぞう)の伝記と戦時の言論統制の本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・戦前昭和で思想統制があったことを近現代に触れた日本史の本などで知ってはいましたが、想像で反抗など許されないほどのかなり厳しい取り締まりが横行していることをイメージしていました。
実際には、言論を公開する出版社にはそれなりの裁量があり、それをどう抑えるかということに政府側が苦慮するというところもあり、簡単に統制できたわけではなかったということをこの本を読んで知りました。
ある時点までそれなりに自由な発言が許されていながら、それを抑えるというのは、最初から許されていない状態を継続することとは大きく異なるのだなと、改めて思いました。

・鈴木庫三について全く知らなかったのですが、戦後に言論統制のボスとして扱われていたこと、実際はどうであったのかなどを併せて知ることができてよかったです。
かなりの苦労を経て、エリート街道から外れながら、努力を続け、学び続けて理想を現実にしていったことは、その成し遂げたことの善悪はともかくとして、すごいなと思いました。

・鈴木庫三の日記の内容を中心に構成されていましたが、他の人物の日記や書籍・雑誌の文章の整合性などを調べ、事実はこうだったのではないかと考察されていて、その労力がすごいなと思いました。
主観で書かれたものについて、著者の主観的な判断を述べているという主観に主観を重ねたところも多かったですが、当時の個人や組織のあり方が見えてくるようで面白かったです。

序章 『風にそよぐ葦』の神話

・戦後に出版され、映画化された「風にそよぐ葦」の著者である石川達三の背景や事実の歪曲、それ以外の鈴木庫三について記述した者の記載に共通する恣意的な記述など、当時のことをそのまま伝えると都合の悪い者のあり方が、ある意味人間らしいなと思いました。

・戦時の出版部数、特に鈴木庫三が情報官に就任していた時の出版部数がむしろ伸びていることは意外で、出版社にとって不利益ばかりではなかったのだなと思いました。

第一章 立志・苦学・軍隊

・生活が苦しい小作農の夫婦の下に養子に出され、士官学校への入学を遅らせてでも家族のため農業に努め、それなりに体制を整えてから入学したというのは、よくある立志伝の、ある目標以外の全てを捨てて、というのではなく、地に足がついている話だなと思いました。

・まず砲兵工科学校を経由する必要があり、受験に苦労して士官学校への入学が遅れたことで、年齢的に陸軍大学への入学が絶望的になるなど、ままならない状態が続いても努力を続けたのはすごいなと思いました。

・内務班のあり方について、イジメや体罰が横行していることを許せず、内務班のあり方自体を変えようとするその正義感は、後の章で一貫して努力の対象になっていてその意志の継続がすごいなと思いました。

第二章 「教育将校」の誕生

・当時の陸軍の、学校の成績が陸軍生活の最後までついて回るという徹底した学歴社会は、歴史小説や歴史の本でも書かれていましたが、改めてすごいなと思いました。

・鈴木庫三が所属した部隊のそれぞれで、教育改革を進め、他の上官に睨まれながらも貫徹したこと、必要なことを学ぶために士官学校と夜間大学の授業を並行して勉強漬けの生活を送っていたことなど、努力を継続している姿が描かれていましたが、惰性ではなく自主的に継続できるのは本当にすごいなと思いました。

・1930年と1931年の授業スケジュールが掲載されていましたが、日本大学と東京帝国大学の授業を併せて受講していて、その密度は学生専業でもきついのではないかと思えました。

第三章 昭和維新の足音

・軍隊のクーデターなどが頻発する中で、そのクーデターを起こした桜会などの団体に関わりながらも、距離を置いていた鈴木庫三の姿が印象的でした。

・ 鈴木庫三が陸軍大学を経たエリートに対して、嫉妬も混じりながらですが理想主義過ぎて地に足がついていないことを見抜き、自分なりの努力を続けているのはすごいなと思いました。
それまでに学んだことを活かして教育論を陸軍内で提唱し、論文を掲載していくようになっていったのは、努力するだけでなく、それを結実させていてすごいなと思いました。

・軍隊と教育を直接結び付ける考えは他の本でも読んだような気がしますが、かなり詳しく書かれていて、国民教育を軍隊教育に繋げるのは、当時の考えからすると合理的なのかなと思いました。

第四章 「情報部員」の思想戦記

・情報部員として、陸軍パンフレット作成や雑誌の文章作成などに精力的に動き始め、演劇や雑誌のあり方などにも指導を始めていたその根拠として、鈴木庫三なりに積み上げてきた国家総力戦、国防国家に向けての教育論があり、その視点からすると一貫して行動していたのだなと思いました。
もちろん指導される側、特に出版社などの立場に立つと言論の自由の敵と言えるでしょうが、その指導する側の話は初めて知ったので新鮮でした。

第五章 「紙の戦争」と「趣味の戦争」

・直接的に鈴木庫三と対立した出版社の人物についてそれぞれ書かれていました。
出版人としてのプライドを持った人物が鈴木庫三のような軍人に掣肘されるのは我慢ならないでしょうが、その実際の対立ぶりはなかなか迫力があるなと思いました。

・言論統制の世界でも陸海軍の対立があり、陸軍側に立ってかなりの存在感を示す鈴木庫三を排斥する海軍側の動きが出版社の人間の思惑と一致し、鈴木庫三が言論統制側の立場から追い出されたというのは、組織に所属する人間の立ち位置の難しさが出ているなと思いました。

・鈴木庫三が女性誌で女流作家と語ったりしている話など、相手が誰でも論旨を変えずに話していて、やはり一貫した考え、意見を持つ人物だなと思いました。

終章 望みなきにあらず

・言論統制側から追い出された後の鈴木庫三の足跡が書かれていました。
ハルピンに赴任した後、体調を崩して熊本に転任し、終戦を迎えたそうです。
戦犯として裁かれることを恐れながらも、最後の戦犯訴追からも免れてほっとした様子も書かれていました。

・熊本で公民館の館長になって、青年教育を行ったり、広報を出したりしたことなどは、立場を変えても、戦後になっても自分なりに正しいと思ったことを貫き続けているなと思いました。

・大学での付き合いや、言論界での付き合いが終戦後の熊本でも続いていたことなどは、上辺だけで付き合ってこなかった鈴木庫三の人生のささやかながらの成果でもあるのかなと思いました。

○つっこみどころ

・鈴木庫三について、一般に伝えられていること、戦後に出版された本・雑誌に載せられたことに対して、反論の根拠が鈴木庫三の日記だけのところが結構あり、客観性に乏しいと感じました。それしか資料がないので仕方がないのかもしれませんが。

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