
【サウジアラビア 「イスラーム世界の盟主」の正体】
高尾 賢一郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121026705/
○この本を一言で表すと?
サウジアラビアについて王室と宗教を軸に歴史と全体像を解き明かした本
○よかったところ、気になったところ
・宗教学やイスラーム思想が専門の著者の書いた本だからか、イスラームを中心に据えて政治や経済も分析した本でしたが、サウジアラビアを分析する上でそれがマッチしていたように思えました。
・サウジアラビアについて、イスラーム過激派の出身地だったり、厳しい宗派が原点だったりする宗教国家のイメージと、超高層ビル等の経済的に発展したイメージがあり、どういう国家なのかあいまいな理解でしたが、宗教的な面を軸に、制度的な面と経済的な面が説明され、現在に至るまでイスラーム国家としてのアイデンティティを保ちながら変革しているその理由についてある程度理解できたように思いました。
帯に書かれている「謎に包まれたキメラ体制のヴェールをはぐ」というのは読み終えた後に納得できるフレーズだなと思えました。
序章 イスラームの世界観
・イスラームの成立と特徴について最初に端的に説明されていました。
イスラームの暦であるヒジュラ暦はムハンマドが神から啓示を得たと言われる610年頃が元年ではなく、メッカを取り戻した630年でもなく、メッカから逃げてメディナに移ったヒジュラ(聖遷)の622年を元年としたヒジュラ暦だということ、イスラームは突然出現したわけではなく、ムハンマドの前からイスラームは存在していてイスラームそのものの成立時期はよく分かっていないことなどはなるほどなと思いました。
第1章 サウジアラビアの歴史
・サウジアラビア王国が第一次王国(1744~1818年)、第二次王国(1824~1889年)、第三次王国(1931年~)と別れていて、現在は第三次王国だということは初めて知りました。
・1744年にサウード家のイブン・サウードとシャイフ家のイブン・アブドルワッハーブが王家と宗教最高権威としての政教盟約を結び、第一次王国が成立したそうです。
現在も首都であるリヤドのあるアラビア半島東部は近隣の覇権国からも見放された地域で、周辺から疎遠なガラパゴス化された地域だったのでワッハーブ主義のイスラームを創始でき、王国を一から創始できたのだそうです。この第一次王国が滅亡したのはアラビア半島西部のメッカまで侵攻してオスマン帝国に潰されたのが原因だそうです。
・第一次王国が潰された後、イブン・サウードの孫のがリヤドを奪回して第二次王国が始まったものの、国王・王族間の暗殺が相次いですぐに脆弱化してラシード家に追い落とされ、残った王族はクウェートに亡命したそうです。
・クウェートと中東に進出していたイギリスの支援を得てサウード家のアブドルアジーズはリヤドを奪回し、メッカも占領して現在のサウジアラビアの版図を確保し、第三次王国として現在に続いているそうです。
第2章 国家を支える宗教界
・サウジアラビア王国創始期から宗教面のトップだったシャイフ家が1960年代にトップから外れていき、石油の採掘とともに経済的に発展し、海外からの人員の流入もあってイスラームとしてそれに対応できるように柔軟に変わっていったようです。
・1744年の政教盟約で定められた勧善懲悪を実践する機関が第三次王国で勧善懲悪委員会として設立され、公的機関になり、戦後には王宮府直属の庁機関に格上げされ、鞭打ちと拘留を科することができ、兵士を動員することもできるようになったそうです。
・勧善懲悪委員会は2002年のメッカの女子校の火災の時に、校内で髪や肌をさらしている女子生徒を男性の目に触れさせないため、女子生徒の避難や消防活動を抑止して死亡者を多数出したそうです。
この事件で国際的にサウジアラビアの世評が悪化し、勧善懲悪委員会の活動を抑えていく傾向になり、2016年に勧善懲悪委員会の捜査・逮捕権が剥奪され、それ以降はほとんど表に出なくなったそうです。
第3章 王室と権力
・サウジアラビアの王族が多いことは有名ですが、どれくらい存在してどれくらいの権利を持っているのかなどはあまり知りませんでした。
人数の面では、日本の皇族が20人程度なのに対して、サウジアラビアの王族は数千人から数万人の規模で存在しているそうです。
権利の面で、第三次王国の初代国王アブドルアジーズの直系の子孫でなければ国王になることができないこと、国王が司法・行政・立法の三権の決定権を持つこと、国王が首相を務めること、副首相・閣僚・閣僚級の任免権を持つこと、国軍の指揮権を持つことなど、国王の権限がかなり大きいのだなと思いました。
各州の知事も閣僚級であり、国王に任免権があり、全員王族で大部分は直系王族であることなど、地方統治の面でもかなりの力を持っているというのはすごいなと思いました。
・第三次王国初代国王アブドルアジーズの八人目の妻のハッサ王女の生家、スダイリー家が有名だそうで、初代国王とハッサ王女の7人の子供は「スダイリー・セブン」として、2人が国王になり、それ以外も全員要職に就いていたそうです。
・非政治的に有名な王子として、ワリード王子が紹介されていました。ビジネスパーソンとしての道を歩み、KHC(キングダム・ホールディングス・カンパニー)を設立して不動産・金融・航空などの多くの産業に投資し、アラブ世界随一の富豪になったそうです。
アラブの王族、アラブの金持ちのイメージはこのワリード王子がモデルかなと思いました。
・スダイリー・セブンの第二世代に当たるスルターン・イブン・サルマーン王子は1985年にアラブ人初、ムスリム初の地球外空間に滞在した宇宙飛行士になったそうです。
・政教依存体制でありながら開放政策をとっても破綻しないのは、宗教側で政府を批判しないことが既定路線にあり、開放政策を宗教側が許容する形でうまくいっているそうです。
第4章 石油がもたらしたもの
・石油がサウジアラビアにとって重要な資源、資金源であることは有名ですが、オイル・ショックなどを経て管理する機関は昇格を続け、省になりまでに至る中で、2019年に国王の息子が石油大臣に任命されるまで非王族のテクノクラートが組織の長だったことが述べられていました。
・サウジアラビアは資源依存のレンティア国家として有名ですが、石油を取り扱う国営企業サウジ・アラムコが1988年に設立され、潤沢な利益を上げていることから国民に税金を課さず、手厚い福祉や補助金政策を用意できているそうです。
・GCC諸国(サウジアラビア・オマーン・カタール・クウェート・バハレーン・UAE)の中で、サウジアラビアが最も外国籍保有率が低い(2014年時点で32.7%)というのは意外でした。
それでもサウジアラビア国籍の人は3分の1が公務員で、ブルーワーカーになるという選択肢がなく、外国人に実労働をさせているそうです。
第5章 過激主義の潮流
・イスラームの過激主義とサウジアラビアの関係が時系列で述べられていました。
第三次王国建国当初から、イフワーンと呼ばれるサウード家を助けた遊牧民の勢力があり、イギリスとの連携やシーア派の流入に対してワッハーブ主義への妥協だと非難していたそうです。
その流れで1979年にメッカでの聖モスク武装占拠事件が起こったそうです。
・イフワーンとは別の流れとして、ムスリム同胞団の流入が挙げられていました。
同胞団は大学教授等の知識層が多く、湾岸戦争でスンニ派イスラームであるイラクとの戦争に参加したことを批判するなどの動きがあったそうです。
・第三の流れとして、サウジアラビア人のビン・ラーディンらによるアル・カーイダの活動が挙げられていました。
「ムスリムの土地を占拠する異教徒と戦う」というシンプルなメッセージがサウジアラビア国内外で支持を得て、アメリカやサウジアラビアを標的に活動し始めたそうです。
・サウジアラビアは過激主義の温床として国際的な批判を受け、これに対して政府主導で「中庸と穏健のイスラーム」というコンセプトを打ち出し、他宗派・他宗教との宗教的対話を行うなど、過激主義と異なるイスラームであるというイメージ戦略に出たそうです。
・イスラーム国はワッハーブ主義のコンセプトとかなり重なることが挙げられていました。
本来のイスラームと関係ないとみなされる史跡の破壊などは初期のワッハーブ主義も行っていたことで方向性が近似しているそうです。
ただ、アル・カーイダと異なり、サウジアラビア人が創始者ではないので安心して批判できる相手でもあり、サウジアラビアがイスラーム国家として西側諸国に対しても「イスラーム国は正しいイスラームではない」という公認メッセージを発することができるちょうどいいポジションにあるそうです。
第6章 変革に向かう社会
・変革の重要な対象として「女性」が挙げられていました。
イスラームの宗教的な女性観と国際社会の女性観とのすり合わせが常に課題となっていたようで、ムハンマド・イブン・サルマーン皇太子主導の「サウジ・ビジョン2030」で女性解放が本格化したそうです。王家・政府主体で実施しているということが重要だそうで、例えば2018年6月に女性の自動車運転が認められるようになったものの、その前後に女性の自動車運転解禁を求めてきた活動家が逮捕されたそうです。
・観光政策の推進も変革の大きなテーマになっているそうで、イスラームが関係しない史跡の世界遺産申請や風紀法の改正(特に勧善懲悪委員会からの逮捕権剥奪)など海外からの観光を推進するための動きが進んでいるそうです。
・サウジアラビアの「中庸と穏健のイスラーム」や「サウジ・ビジョン2030」などの、一連の開放政策と捉えられるようなことが脱イスラームかといえばそうではなくて、イスラームの再解釈として宗教国家としての立ち位置は変えていないそうです。
終章 イスラーム社会としての過去、現在、未来
・まとめとして、サウジアラビアは西洋化と考えられるような動きはしているもののワッハーブ主義・イスラームの再解釈としてイスラーム国家としての立ち位置は変えないままに動いていて、欧米からもそのイスラーム国家としての立ち位置が重宝されていること、今後も国際的な動きに対応しつつまた必要であれば再解釈しながらサウジアラビアは国家として運営していくだろうという考えが述べられていました。
○つっこみどころ
・章ごとにテーマを分けて書いているのかと思いましたが、宗教に関する章以外でも宗教の章の続きが書かれたりしていて全体像を把握するのに苦労しそうな構成でした。
各章を読んで理解したつもりになっていたらそれ以外の章でそれまでの理解を変更させるような追加情報がでてきて何度か読むのを止めて考えることになりました。
・目次の後に地図がありましたが、その地図にない地名が多く登場するので、各時代の地名を載せた地図がほしいと思いました。