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【昨日までの世界―文明の源流と人類の未来】レポート

【昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来】
ジャレド・ダイアモンド (著), 倉骨 彰 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4532168600/

【昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来】
ジャレド・ダイアモンド (著), 倉骨 彰 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4532168619/

○この本を一言で表すと?

 「昨日までの世界」の特徴と現代世界との対比を描いた本

○この本を読んで興味深かった点・考えたこと

・訳者あとがきでも書かれていましたが、「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」がマクロ・社会レベルの話中心で書かれているのに対して、今回の著作はミクロ・個人レベルの話中心で書かれていると思いました。

・司法や福利厚生などの社会制度について、「昨日までの世界」と現代の対応の違いが書かれていて、今自分が生きている世界の仕組みを客観的に見ることができたように思いました。

・前作などでニューギニアに調査研究にいった話、報復殺人が当たり前のように存在したという話が出ていて、著者がそんな地域に行って危険はなかったのかなと疑問に思っていましたが、今回の著作で著者自身が体験した危険の話などが書かれていて疑問が解消されました。

・口絵の写真が伝統的社会と現代社会の違いを視覚的に表していて、イメージしやすかったです。

・巻末の参考文献も読み応えがあって面白かったです。

プロローグ 空港にて

・「文明崩壊」でも挙げられていた社会の分類、小規模血縁集団(バンド)・部族社会(トライブ)・首長制社会(チーフダム)・国家(ステート)の紹介や口絵の説明、「昨日までの世界」の分布状況とこの本全体の説明が書かれていて導入部として分かりやすいなと思いました。

・「昨日までの世界」の良い点を検討してみてはどうだろうという著者の提案が書かれているのもこの本の導入部としてふさわしいなと思いました。

第1章 友人、敵、見知らぬ他人、そして商人

・現代世界では国境というものが当たり前と認識されていて、特に日本ではそうですし、その国境をどう定めるかについていつも争いがありますが、伝統的社会では排他的な領域と非排他的な領域が食料確保の事情などで存在すること、完全に排他的・完全に共有という形ではなく、ケース・バイ・ケースで対応が違うことが印象的でした。
法やルールがまず存在し、それに沿って判断することが現代社会のやり方ですが、伝統的社会ではルールが暗黙的に存在しつつも完全なものではなくて判断基準の一つでしかないという印象を受けました。

・伝統的社会では、他人を友人か敵かで区分し、見知らぬ他人に出会う可能性がほとんどないというのは、なるほどと思いつつも現代社会では考えられない状態にあるのだなと再確認しました。
自分が直接知っている、または自分と共通の特徴を持つなどの関係性がなければまず敵と見なすこと、明らかに見知らぬ他人と分かる白人とのファーストコンタクトで恐怖で泣き出した人がいること(口絵31)などは、現代社会にいては考えにくいですが、明らかに姿形の違う宇宙人と遭遇したようなものかなと思いました。

・海を隔てた危険な航海で交易をする人が昔から存在したことは前作でも書かれていましたが、その交易者がどれくらいの利益を得るかが具体的に書かれていて納得できました。
交易が商業的利益を見込むこともありますが、交易できる状態を保つこと自体が他の部族との関係を構築する上で必要だった、というのはなるほどと思いました。

第2章 子どもの死に対する賠償

・交通事故における伝統的な紛争解決法で、謝罪の儀式などを経て感情的な問題まで解決していることが印象的でした。
見知らぬ他人同士の問題解決と生涯にわたる人間関係における問題解決の違いは、ゲーム理論の一回のみのゲームと繰り返すゲームでの対応の違いを思い出しました。

・現代社会では自力執行を認めないことが普通ですが、自力執行を禁じる国家権力があってこそ成立することを改めて認識させられました。

・交通事故の解決では伝統的解決方法の利点を考えましたが、伝統的社会における上位の裁定者が存在しないことによる報復の連鎖、何ヶ月も続く夫婦喧嘩などの例も知ると、一長一短でどちらが絶対的に優位とは言えないのだなと思いました。

・伝統的解決方法に近づく考えの「修復的司法」はオーストラリアについて書かれた本でもその導入について書かれていましたが、まだそれほど進められてはいないようです。
なかなか結論は出せないと思いますが、伝統的解決方法の利点も現代社会に組み込んだ場合にどうなるか、その事例が今後出てくるようであれば楽しみだなと思いました。

第3章 小さな戦争についての短い話

・ダニ族の紛争の歴史は、部族連合の合従連衡ぶりを見ると中国の春秋・戦国時代みたいだなと思いました。
報復の応酬を止められないと部族同士の紛争になること、一時収まったとしてもその種がずっと燻り続けることがよくわかる事例でした。

第4章 多くの戦争についての長い話

・伝統的社会の戦争と現代国家の戦争の違いが書かれていました。
現代国家の「総力戦」に比べても伝統的社会の方が子どもまでを戦力としてつぎ込むなどの点でより総力を投入しているということが書かれていました。

・よく戦争の話で指揮官が殺されたら、指揮系統が乱れたら軍が弱くなるというエピソードが出てきますが、伝統的社会では上下関係が曖昧なために最初から指揮官がいない状態で、攻撃するときも撤退するときも足並みが揃わないために泥沼化するというのはなるほどと思いました。

・伝統的社会の戦争は隣接関係や交易関係のある見知った者との戦争ということ、怨恨などの戦争の要因が積み重なり燻り続けること、そして現代国家でもどうようなことが起こってきたこと(日本とアメリカの関係など)はいろいろと考えさせられるなと思いました。

第5章 子育て

・伝統的社会において、障害を持った子どもや双子のうち1人や出産間隔の狭い後の方の子どもを殺す嬰児殺しの習慣があることが合理的だという話はなかなかショックですが、そのまま生かしていたとしても育てられるかという現実的な判断でそうしているというのはある意味納得させられるなと思いました。
狩猟採集生活で移動する際に嬰児が2人以上いると母親が移動についていけないことなど、そういった生活であれば納得せざるを得ないということは厳しい現実を直視しているということかなと思いました。

・授乳回数が多いことが妊娠を抑制するということ、長期間頻繁に授乳することで出産間隔が自然に空くというのは進化論的に考えるととても合理的なのだろうなと思いました。

・実の親以外が子育てに関わるアロペアレンティング(代理養育)、子どもと常に触れ合うこと、子どもを親と同じ視点で育てること(親と向かい合うのではなく、同じ向きに抱える)、異年齢の遊び集団で遊ばせることなど、現代社会とは違う育て方はいろいろ参考になりそうだなと思いました。

・十代のアイデンティティ・クライシスが伝統的社会の子どもには全く見られないということも興味深いです。
ただ、自由にさせることで、刃物で体を切ったり、火に近づいて火傷したりするような部分はこの章で著者が書いている通り真似る必要はないと思いました。

第6章 高齢者への対応

・伝統的社会で高齢者を大事にする社会と高齢者を殺害・遺棄する社会があるということ、その違いとして高齢者がどのような役割を持っているかが異なることは現代社会においても参考になりそうだと思いました。

・高齢者が子育てをする者としての役割や知恵者・記録者としての役割を果たしてきて、後者の役割が現代社会においては急速に廃れてきているということは日本でもそうだなと思いました。

・高齢者が権利を持っているからこそ敬われる社会は現代社会の遺産相続に状況が似ているなと思いましたが、その社会規範が変われば元に戻らないだろうなとも思いました。

・依存することを許さない社会における精神疾患301・6「依存性パーソナリティ障害」の話は初めて知りましたが、こういったことが障害と認められるほど依存ということが許されていないのだなと改めて実感しました。

第7章 有益な妄想

・著者が実際に体験した危険を例に書かれていて、「建設的なパラノイア」のことがよく分かると同時に、「やっぱりジャレド・ダイヤモンドさんの調査で危険なことがあったんだ」と納得できました。

・リスクの大きさを「リスクの発現率 × リスクによるインパクト」で算出することはリスクマネジメントの基本ですが、このうちリスクの発現率が小さくても頻度が多ければ実際に発現しやすいという客観的には分かりやすくても当事者としては気付きにくいことを「建設的なパラノイア」で避けているということは確かに建設的だと思いました。

・リスクに対して恐れる一方で、リスクを冒さないと収穫を得ることができないということもこの社会に生きる人たちの大変さが伝わってきました。

第8章 ライオンその他の危険

・伝統的社会における危険として、環境上の危険、人の暴力行為の危険、感染症と寄生虫疾患の危険、飢餓の危険があり、現代社会でも同様に感じる危険もあるものの、その危険と感じる内容に大きな違いがあることについて書かれていました。

・伝統的社会に存在する危険に対して、何千年も続いてきたことによる対応策の蓄積が積み上げられて今に至っているということ、それに対して現代社会は危険に対する策の蓄積が100年程度しかないことの対比はなるほどなと思いました。

第9章 デンキウナギが教える宗教の発展

・宗教の定義はいくつも存在し、それぞれ争いがあってこれだとはなかなか決められないというのはそうだろうなと思いました。
宗教の役割について「事象についての超自然的な説明」「儀式によって不安を解消する」「苦悩や死に対する恐怖心を癒す」「制度化された組織」「政治的服従の説示」「同胞の他者への寛容」「異教徒に対する戦闘行為の正当化」という役割とその強弱の変遷の図(下巻P.211)はなるほどなと思いました。

第10章 多くの言語を話す

・「単一言語だとコミュニケーションが容易」というのは私も考えたことがありますし、旧約聖書のバベルの塔の説話のようなエピソードがあるくらいなので昔から考えられていたことだと思いますが、多言語を話せることの長所について書かれてあるこの章を読んで一度考え直すことができたように思いました。

・ある言語には存在し、別の言語には存在しない語彙や、同じ言葉についてのニュアンスの違いなどの表現の幅についての話、多言語を習得していると同時に複数の言語で脳が検討するために脳がより活性化し、アルツハイマーが同程度進んでいる者の中でも単一言語の者より複数言語の者の方が症状の発現が緩やかであるという話はなるほどなと思いました。

・スイス人は複数言語を使えても当たり前という話を聞いてすごいなと思ったことがありましたが、系統も違う多言語を少なくとも5つ以上習得しているニューギニア人は更にすごいなと思いました。

・「子供のころから複数言語だとすべての言語において習得が遅くなる」という話は前に聞いたことがありましたが、それを否定している統計の話もあって見直すことができました。

・「フランス7つの謎」という本でブルターニュ地方では1980年代から標識がフランス語とブルトン語の二重表記になっているという話が出ていてブルトン語は認められている言語だと思っていましたが、そうではないという話が書かれていて驚きました。
トルコにおけるケマル・アタチュルクによるトルコ語以外の弾圧など、「単一民族=単一言語」という図式に当てはめたい政府という存在もこの問題では大きそうだと思いました。

・母語を守るための多言語主義ということで、デンマークなどではデンマーク語と英語の両方が使えて当たり前という状況はなかなか興味深いなと思いました。

第11章 塩、砂糖、脂肪、怠惰

・塩分の過剰摂取によって高血圧になる仕組みや糖分の過剰摂取による糖尿病等の生活習慣病になる仕組みが詳しく説明されていて、意外で面白かったです。

・秋田県が特にクローズアップされていて、平均的なヤノマミ族の3年3ヶ月分の塩分を1日で摂取する男性の話など、日本の食事の塩分濃度の高さが世界的にも突出しているということがよく分かりました。

・塩分は料理に使う量より食材に元々使われている量の方が多く、現代社会ではなかなか避けられないことが書かれていてなかなか大変だなと思いました。

・糖尿病が世界全体に蔓延している病気で、西洋社会より最近現代化した社会の方が罹患率が高いということ、糖尿病になりやすい遺伝子が飢餓には役立つ遺伝子だったということは環境が変われば適応しやすい遺伝子も変わるというなかなか複雑な話だなと思いました。
飢餓と飽食が不定期で交代する世界では食いだめができることは生存戦略的に有効であったのに、飢餓の状態がない世界では不適格というのは皮肉な話だなと思いました。
「食の終焉」という本でも人間の肉体は飢餓に耐えるようにはできているが、過剰摂取に耐えるようにはできていないという話が書かれていましたが、似たような話が書かれていました。

・「昨日までの世界」の生活から健康な生活のヒントが示唆されるということは意外で面白いなと思いました。
この章を読んで食事と運動に気を付けないないといけないなと動機づけられました(実際に行動するかは別として)。

エピローグ 別の空港にて

・全体の総括とプロローグの「昨日までの世界から学べるところ、参考にできるところはないか」という提案に対する答えが示されていて、「昨日までの世界に戻るべきだ」という極論はおかしいが、教訓や実践例として学べる点があるということが書かれていてここまで読んできたうえで得た感想とも一致して納得できました。

○つっこみどころ

・文章に違和感を感じるところがいくつか散見されました。(「しかし・・・」の後がその前を否定する内容になっていなかったり)

・口絵の位置が中途半端なところに分けられていて、なぜ巻頭に持ってこなかったのかが不思議でした。出版、印刷する際の事情かなと思いました。

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