【ビッグデータと人工知能 – 可能性と罠を見極める】
西垣 通 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121023846/
○この本を一言で表すと?
ビッグデータと人工知能の仕組みと実態の説明と情報学の観点からの問題提起の本
○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
・ビッグデータ、人工知能について技術的な説明やそれぞれの発展性と限界などについて分かりやすく書かれていました。
著者はパソコンが一般家庭に出回る前からITや人工知能に関わっていて、しっかりとした技術的知識に裏付けられた説明がされていて勉強になりました。
・ちょこちょこITについて携わったり聞きかじったりした身からすると、ニュースや他の書籍で説明されるビッグデータ・人工知能の話に対して「そこまでできるものかな? 飛躍し過ぎでは?」と疑念を抱いたこともありましたが、その疑念がそれほど間違いではないことが理由とともに裏付けられていて心強かったです。
第一章 ビッグデータとは何か
・ビッグデータがなぜ今になって注目されるようになったのか、その背景から説明されていました。
昔からあるデータマイニング、ユビキタスという考え方と地続きであること、スマートフォンも含めたインターネットに接続される台数とその情報量がものすごいボリュームになること、その分析から得られる知見そのものが富になることが分かりやすく説明されていました。
・「因果から相関へ(演繹から帰納へ)」という考え方の妥当性と限界、仮説推量の限界など、論理学の見地からも説明されていてわかりやすかったです。
・相関関係だけで有用な情報が得られるという他のビッグデータについての本の記述に違和感がありましたが、その違和感が正しかったことが明快に説明されていました。
昔読んだデータマイニングについて書かれた本でも、見つけた相関関係をヒントに因果関係を発見してようやく有用な情報となることが書かれていたので、データ量等の事情が変わっても理屈は変わらないなと思いました。
・膨大な量のデータの相関関係を調べるためにはデータの組み合わせを総当たりで当たればとてつもない処理が必要だろうと考え、実際には困難だろうと考えていましたが、この章でその問題提起をして、その解決策として人工知能が挙げられると次章に続いていました。
第二章 機械学習のブレイクスルー
・コンピュータの創成期から人工知能の考えがあり、そこからの歴史がざっと書かれていました。
単に俯瞰するだけでなく、直接関わっていた著者の経験も含めて書かれていて面白かったです。
特に著者も参画した第五世代のコンピュータが国の肝煎りで数百億円の予算を投資しながら、言語哲学的な難問を無視して取り組み、失敗に終わったことなど、行政の失敗にありがちなパターンだなと思いました。
・何となく聞いたことがあった機械の「学習」や深層学習について分かりやすく説明されていてよかったです。
入力されたデータを統計的に分析してその結果を出力、そして新たな入力データとするループは、設計次第でかなり有用なものが作れそうだと思いました。
・最後に汎用人工知能の可能性に触れられていましたが、著者の述べるとおり、人工知能が学習できることと、人工知能が概念を習得できることを混同するのは飛躍しすぎているなと思いました。
第三章 人工知能が人間を超える!?
・人工知能のシンギュラリティ(技術の特異点)の歴史とその内容について触れられていました。
人工知能に対する恐怖、人間を超える可能性、人工知能の人間支配についての懸念など、ビル・ゲイツを始めとして、結構本気で捉えられているそうです。その前提となる人工知能が自己認識を獲得し、人間を超える思考が可能となる、という考えそのものが誤りということについて説明されていました。
・生物と機械を同列で考えること自体がおかしな話であること、機械は予め設計された通りにしか動けないものであること、そのため機械は過去に基づいてしか動けず、生物は現在に基づいて動くこと、同一インプットに対して再現性のある機械と再現性のない生物、言語・記号に対して一意の解釈をする意味内容を判断できない機械と様々な解釈をする生物など、様々な観点から決定的な差異があることが述べられていました。
哲学的な話も含まれていて興味深かったです。
「コミュニケーションのとれる機械」「感情を持つ機械」というものが、前提からしてあり得ないとバッサリ切っているのは明快だなと思いました。
第四章 自由/責任/プライバシーはどうなるか?
・西欧の一神教的考え方、神が神を模した人間を造ったという考えが根底に根付いていることで、人間が人間を模した機械を造り上げてもおかしくないという考えに至るのは、強引な気もしますがそれなりに説得力があるなと思いました。
・ベル研究所のシャノンの情報理論が「記号としての情報を伝達する」という内容であったのに、意味内容も伝達するというように誤解され、シンギュラリティ信者・人間機械論者の根拠にされているというのは、コミュニケーションの送り手と受け手で全く同一の内容を伝達しても同一の理解に至らないことを示していて、それ自体がこの誤解の反論(意味内容が100%の精度で転写されない)になっていて面白いなと思いました。
仮に汎用人工知能が実現され、社会インフラに利用された場合、意味内容を理解できない人工知能による判断で社会が動くことが例を挙げて説明され、その不利益が明確にされていました。
・この章の最後で日本のIT技術者について触れられていましたが、技術者と政治・経営者側の地位の差がはっきりしていて、後者側の意向が反映されるため、一神教が根底になく、また欧米とは毛色の異なる日本の技術者が、欧米の技術のキャッチアップを無批判で行う可能性が述べられていました。
確かにありえそうですし、国のIT戦略には既に盛り込まれていそうだなと思いました。
第五章 集合知の新展開
・ビッグデータの考えの前提に集合知の考えがあること、ビッグデータ・人工知能・集合知が密接に結びついていることについて書かれていました。
・集合知について典型的な「みんなの考えを集約すれば正しい」というキーワードくらいは知っていましたが、その内容について説明されていてよく理解できました。
・単なる素人考えを集めるだけでなく、専門知が混じることで有用になること、答えのない問題に対しては弱いことなどが説明されていました。
これまでの人工知能に対する説明から、人工知能で完結するAIではなく、人をサポートするIAという考え方で人工知能を活用するのがよいと結論が出されていました。
○つっこみどころ
・後半になるにつれ、シンギュラリティや汎用人工知能についてかなり激しく否定する論調が増えていました。
ある程度同意できますが、著者が全否定した方向性の中に「世間で考えられているほどでなくてもある程度実現できるのでは?」と思えることも含まれているように感じました。
著者の積んできた実績や著者の専門としている情報学がある意味で著者の思考の枠組みを狭めてしまっているのかなと感じました。
例えば、「緊急車両でない車両が時速○kmを超えたスピードを出していれば取り締まり対象」のような基準を人工知能が判断して、その違反に対して処罰するか、どの程度の罰則を適用するかは人間が判断する、のように、基準を蓄積した人工知能の判断と人間の判断を組み合わせるとか、活用方法はあるような気がします。
その場合でも、エスカレートして人間の判断の領域が狭まっていき、実質的に人工知能が最後まで判断するような状況になるリスクはあると思いますが。
・最後の結論で、「人工知能は仕事を奪わない」と述べられていて、人間にしかできない作業が残ることが理由として挙げられていましたが、FAなど生産工程の自動化・機械化がさらに進み、人間の仕事がシフトする以上、新たな仕事にできない人が淘汰されることは間違いなさそうですし、全体としても「仕事を奪われた人・働けない人は相当数増えるのでは?」と思いました。