【食の終焉】
ポール・ロバーツ (著), 神保 哲生 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4478007470/
○この本を一言で表すと?
「食」そのものとその周辺にあることの現状と未来を描き出した本
○この本を読んで興味深かった点
・「食」の現状と、「食システム」の構造や現在の技術、国家と企業の癒着関係などが書かれていて、今まで知らなかったことを知ることができ、何となく知っていたことはより詳しく知ることができました。
「食」の問題の深刻さ、複雑さを知り、単純に明るい未来というわけにはいかないなと思いました。
・2008年にアメリカで出版された本を2012年に日本で出版された本なので、2008年の食料危機などについては触れられておらず、現状どうなっているかも知りたいと思いました。
第1章
・抗生物質の製造工場から川にマッシュ(ドロドロになった廃棄物)が流出したせいで、川の魚が大きくなったことがきっかけで、家畜に抗生物質することで家畜が大きくなることを発見し、応用されたというのは初めて知りました。
・中世ヨーロッパで人口増加を食料生産が追いかけていて、追い付いていなかった状態が続いていたというのは世界史の本で読んだ感覚と一致します。
名前だけ聞いたことがあるマルサスがこのことから悲観論を述べた人物だということを初めて知りました。
・家畜を、肉を生産するという目的に即して工場式で扱う様子は飽食というイメージと繋がる気がしました。
第2章
・農産物の加工が始まってから、付加価値をつけるポジションが生産者から加工者に代わり、その加工業者が新商品の開発とブランド価値の競争に巻き込まれていくという流れは、食品以外の商品と同じ流れに飲み込まれているなと思いました。
・主婦が便利になっても後ろめたさを感じないように少し手を加える部分を残しておくというマーケティングはなかなかうまいなと思いました。(ホットケーキミックスに卵の成分は入れず後で卵を追加するようにした、等)
第3章
・加工業者がより大きな業者に左右され、加工業者全体が大手小売業者に支配されていくプロセスは、経営学の本では小売業者の成功がクローズアップされますが、その成功の土台、というか踏み台になっている部分の生々しい事例を知ることができました。
・産業用ブロイラーが胸の筋肉だけ大きくなるように調整され、そのために筋肉が弛緩せずにPSE(色が淡く、組織が柔らかく、水っぽい)という副作用があるということを初めて知りました。
第4章
・ホルモンの仕組みで血糖値を変更することは知っていましたが、その仕組みに脂肪が関係していることを初めて知りました。
人間は飢餓状態になったときに生き延びるために最適化されていて飽食状態の場合を想定した仕組みになっていないため、できるだけ体重を上の方に保持しようとすること、飽食の時代になる前は人間の体は0.17%以上ずれることはなかったことを知り、自分はこの人間の体を最適にしようとする仕組みをまったく使えていないなと省みました。
・肥満の人が増加したことにより、食料のコストだけでなく、棺桶のサイズや燃料が余計に消費されるなどのコストなどが増え、もちろん医療費等のコストも増えたという話は、「肥満は社会的にコスト」ということを改めて感じました。
・アメリカでは服のサイズを大きくし、乗り物の座席を広くし、テレビで太った俳優などを採用することで肥満を許容し、食料ビジネスや対肥満ビジネスに繋げている、という話は陰謀論じみていますが、現実に利益に繋がっていそうに思います。
第5章
・リカードの比較優位の原則がグローバル化のメリットとしてよく語られていますが、それに対する反論が述べられていました。
これは公平な取引が可能だから成り立つのであって、パワーバランスが偏っていると一方的な取引になるそうです。
・アメリカでは農業に対して補助金を出して保護しておきながら、ワシントン・コンセンサスで新興国や発展途上国に自由貿易と称して輸出入の自由化を強制し、一方的な関係を構築しているそうです。
最近ではアメリカも南米諸国等と競争関係になり、アメリカは既に2004年には食料輸入超過になり、パワーバランスが大きく変動しているようです。
また、人口が増加し、生活レベルが向上していく中で食料が足りるのかどうか、この先の章全体で述べられていく話が提起されていました。
第6章
・発展途上国での「緑の革命」の功罪の罪の点について重点的に書かれていました。
農業支援と強制自由貿易のタイミングが悪い方向で重なり、国内で消費するための作物より商品作物を生産するようになり、また土地に合わない作物を生産することで飢餓状態になる人が増加し、商品作物の暴落や燃料費の高騰がまたそれに拍車をかけたことが書かれていました。
・アフリカではトウモロコシ食がすでに文化として根付いていて、育ちやすい作物よりトウモロコシに固執してしまっているという、文化的な障壁についても書かれていました。
第7章
・アメリカの食料業界の反対により、サルモネラ菌は汚染と判断しないために当たり前のように存在(2006年にはブロイラー全体の32.4%の検出率)しており、消費者が自分で対応するように、となっているのには驚きました。
大腸菌は汚染とされるものの、それほどチェックはされていないそうです。
・アメリカでは毎年約7,600万人(4人に1人)が食べ物を原因とした病気の症状を訴え、32万5千人が治療を必要とし、5千人から9千人は死亡しているそうです。
中国から輸入した食料のチェックも甘いとか。それでも食料に対するセキュリティレベルは高い国とされているそうです。
・中国はもちろんアメリカでも家畜同士の感染は避けられない状態にあり、いつ人間にも感染する悪性のウィルスが広まるかわからないそうです。
・この章の話を読んでいて日本で生まれてよかったなと思いました。
「銀の匙(荒川弘 著)」というマンガで農業高校の学生が除菌をせずに家畜の部屋に入ろうとした人を殴りつけるシーンがありましたが、この点において日本はしっかりしていることを示しているなと思いました。
第8章
・肉食の文化が食料危機をさらに早めるという話は聞いたことがありましたが、数値でみるとすごいなと思いました。
特に牛は体重を増やす場合に増加分の7倍の食料が必要で、食べられる部分が40%しかないため、肉を得るには20倍ほどの穀物が必要なのだそうです(鶏は4.5倍、豚は7.3倍)。
何回か行ったことのある「歴史を刻め!」という二郎系ラーメンの店の麺が350gなので、その大ボリュームの麺が牛17.5g分(2、3切れ?)と等価なのだと思うとその比に驚きました。
・食料の移動はその生産に使用された水の移動だという観点はなるほどと思いました。
この頃、国際的な水資源や水ビジネスのニュースをよく目にしますが、それだけ重要な問題なのだと思いました。
第9章
・遺伝子組み換え作物の仕組みについて詳しく書かれていた勉強になりました。
ヒトゲノムの遺伝子が約26,000個なのに対し、トウモロコシゲノムは50,000個以上というのには驚きました。
動物は環境の変化に対して外的な手段を使って順応できるが、植物はすべて予めプログラムされていないと対応できないので植物の方が多いのだそうです。
・遺伝子組み換え作物を忌避する人がいることは知っていたもののその理由は知りませんでしたが、形質を大きく変えるような操作は目的外の反応を示すかもしれないこと、遺伝子組み換え作物の花粉等が外部の在来種と結合する恐れがあり想定外の遺伝をするかもしれないことなど、具体的な理由を知ることができました。
・持続可能な仕組みとしてオーガニック食品の生産がブームになったものの、市場経済に取り込まれて当初の目的が形骸化してしまったというのは、自由主義経済の怖さかなと思いました。
第10章
・陸上の家畜に比べて魚の養殖の生産効率がいいというのはなるほどと思いました。
ただ、食用の肉食の魚を養殖する場合にその餌は天然の魚であったりするので、穀物等の餌の開発が進められているそうです。
・持続可能な仕組みとして日本の古野隆雄氏の合鴨農法が紹介されていました。
ただ、技量が必要なので一般化はできないだろうと却下されていたのは残念でした。
・フレッド・フレミング氏の直播機による「不耕起農法」は見事な仕組みだと思いました。
耕さずに種を植えることで生態系をそのままにして収穫できること、通常の農法では土地が枯れて侵食されてしまうことは、なるほどなと思いました。
日本でもできそうな仕組みなので、どこかでやっていないか興味があります。
・地産地消やスローフードなども持続可能な仕組みとして検討されているものの、大人口を賄えるかどうかという観点では解決策にならないという結論はなるほどなと思いました。
エピローグ
・何も対処せずに現状のままでいる場合の未来のシナリオについて書かれていて、人類が詰んでいく様子が生々しかったです。
・「緑の革命」に対し、海産物で動物性のタンパク質を確保する「青の革命」というコンセプトについても触れられていました。
・結局のところ、現状の食システムは革新する必要があり、そのためには政府が動く必要があること、肉食について見直す必要があること、食文化を手放せないという問題は我々個人の問題でもあることについて書かれていて、人ごとではないのだと提言されていました。
○つっこみどころ
・単位の間違い(円とドル)、用語の不統一(外部費用と外部コスト)、脱字などがちょこちょこと見受けられました。
ダイヤモンド社であまりチェックされなかったのでしょうか。
・章のタイトルと内容があまり合っていないように思った章がいくつかありました。
原文でもこの通りなのでしょうか。