【わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か】
平田 オリザ (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062881772/
○この本を一言で表すと?
演劇家の観点から見たコミュニケーションの考え方の本
○よかった点・考えた点
・タイトルから一般的なコミュニケーションの本(話の聞き方など)かと思っていましたが、コミュニケーションとはそもそも何かということ、コミュニケーション「能力」とは何か、足りないとすれば何が足りないのかなど、根本的なことに触れつつ、それを演劇や機械工学などを通した分かりやすい例で説明した本だなと思いました。
第一章 コミュニケーション能力とは何か?
・若者が自分が普段接しない「他者」との会話に慣れていないこと、「伝える技術」より「伝えたいという気持ち」が最初に必要だということ、産業構造の変化で第二次産業から第三次産業に移行したことで、必要とされるコミュニケーション能力の中身が変わっているのに教育の場が対応できていないことなど、言われてみればなるほどなと思うことが書かれていました。
第二章 喋らないという表現
・「教えない勇気」は必要だと思っていても難しいことなのだろうなと思いました。
学校の教師や会社の新人教育担当になれば、教えないことは仕事をしてないかのように周りに捉えられそうですし、また自分自身でもそう思ってしまいそうです。
・今の教育制度で国語教育の中にコミュニケーションの授業が取り入れられているということを初めて知りましたが、国語の先生がコミュニケーションがうまいとは限らないという話は全くその通りだなと思いました。
第三章 ランダムをプログラミングする
・「無駄な動き」が重要であるという考えは面白いなと思いました。
合理的に「無駄な動き」を排除するという考え方の方が分かりやすくて一般的な気がしますが、単純作業や雑用以外の分野だと「無駄な動き」が重要という面もあるかもしれないなと思いました。
・学校の教師が授業に偶然性を取り入れることで教育を向上するという話は、それができれば効果がありそうだと思いますが、それができる教師に対する教育などを考えるとかなり難しい話だろうなと思いました。
第四章 冗長率を操作する
・単語を強調するのではなく、強調したい単語を繰り返す、語順を変えるという日本語の特性は言われてみればそうだなと思いました。
冗長率が高くなるのはよく知る者同士の「会話」ではなく、他人同士の「対話」だということは例を挙げて言われてみて初めてそうだなと気付けました。
冗長率の高低を操作できる人間がコミュニケーション能力の高い人間という話はなるほどなと思いました。
第五章 「対話」の言葉を作る
・日本語には上下関係に応じた言葉はあっても対等な関係に応じた対話の言葉が少ないという話はなるほどなと思いました。
日本語が諸言語の中でも性差の激しい言語だということはあまり自覚していませんでしたが、例を挙げて言われてみればなるほどなと思いました。
第六章 コンテクストの「ずれ」
・話しかけやすい、話しかけにくいの違いの原因にコンテクストの違いがあるというのは日頃から実感していることでもあるなと思いました。
日本人同士でも同じ言葉を発しても発した人によって意味が大きく違ったりしますが、外国人との間ならよりそうだというのは納得できます。
韓国人が年齢による序列を重視する文化だから初対面の挨拶で年齢を聞き、日本のおばちゃんがそれを失礼と思う話はありがちですが、面白いなと思いました。
第七章 コミュニケーションデザインという視点
・全く知らない言葉より、自分でもわかるような言葉だからこそコンテクストがずれていることに気付きにくい、気付けないから対処できないという話は、コミュニケーションにおけるコンテクストを理解する能力の重要性に気付かされます。
・「会議でだれも発言しないんだよ」という上司が会議に参加する新人を責めるより、自身の会議をデザインする能力不足を省みた方がいいという話は確かにそうだなと思いました。
第八章 協調性から社交性へ
・「みんなちがって、たいへんだ」ということ、共通のコンテクストを前提とした協調性ではなく異なるコンテクストを前提とした社交性が大事になってきていることは、今の社会にとても合っている内容だなと思いました。
この本の題名でもある「わかりあえないことから」始める、わかりあえないというところから歩き出すというのは、他人と関わっていく上で重要なことだと思いました。