【世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア】
入山 章栄 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4862761097/
- ○この本を一言で表すと?
- ○この本を読んで興味深かった点
- 第1章 経営学についての三つの勘違い
- 第2章 経営学は居酒屋トークと何が違うのか
- 第3章 なぜ経営学には教科書がないのか
- 第4章 ポーターの戦略だけでは、もう通用しない
- 第5章 組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
- 第6章 「見せかけの経営効果」にだまされないためには
- 第7章 イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
- 第8章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(1)
- 第9章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(2)
- 第10章 日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
- 第11章 アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
- 第12章 不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
- 第13章 なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
- 第14章 事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
- 第15章 リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか
- 第16章 経営学は本当に役に立つのか
- 第17章 それでも経営学は進化しつづける
- ○つっこみどころ
○この本を一言で表すと?
経営学を経営学者の視点から考える経営学の本
○この本を読んで興味深かった点
・「経営」と「経営学」の間に壁があること、その壁自体の存在や、壁を超えて「経営学」を活用すべきだという問題提起など、読みやすい文章で様々な分野の最近の経営学に触れることができて良かったです。
これまで経営に関する本を何十冊と読んでいても、「経営学者」の視点では読んでいなかったのだなということを知ることができ、新鮮な気分でした。
第1章 経営学についての三つの勘違い
・ドラッカーは日本でしか読まれていないというのは知っていましたが、アメリカで経営学者として扱われてすらいないということは初めて知りました。
ハーバード・ビジネス・レビューは学術誌ではないということは、私はまさに学術誌だと思って読んでいたのでショックでした。
第2章 経営学は居酒屋トークと何が違うのか
・経営学者も学者である以上、理論とその検証が必要というのは、経営学も他の学問と同じであることを目指しているということで、私が法律や会計について書かれた本を読んで「専門書を読みました」と言えても、経営について書かれた本を読んだ時は言いづらかった、その感覚の原因を突き止めることができたような気がしました。
・日本の経営学の本と海外の経営学の本は別分野と言ってもいいくらいに違いを感じていましたが、演繹的アプローチと帰納的アプローチの違いだとこの本で書かれていて、なるほどと思いました。
この本を読んだ後に「新しい市場のつくりかた」という日本人が書いた経営の本を読み始めましたが、帰納的に考えを導き出したとはっきり書かれていました(書かれたのがこの本より後なので意識して書いているのかもしれません)。
第3章 なぜ経営学には教科書がないのか
・経営学の本といってもかなり内容は様々で「経営学」と言っただけでは本の内容がイメージできないくらいに曖昧でしたが、三つのディシプリン(経済学、認知心理学、社会学)や企業とは何かの四つの視点(効率性、パワー、経営資源、従業員のアイデンティティ)というように分かれていて、それぞれがかけ離れているという説明でその理由が納得できた気がします。
第4章 ポーターの戦略だけでは、もう通用しない
・ポーターの競争戦略論を持続的競争優位を目指した守りの考え方、現在では持続的競争優位を保てる企業は全ての企業の内数%しかなく、ハイパー・コンペティションの時代で一時的な競争優位を繋いでいく攻めの考え方が重要、という対比は面白いなと思いました。
第5章 組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
・「組織全体の知」に関する話はいろいろな本ででてきますが、「組織の記憶力」に関する話は初めてでした。
トランザクティブ・メモリー(誰がそのことについて詳しいかについての記憶)が重要という考え方は、PCの仕組みと同じような捉え方で面白いなと思いました。
トランザクティブ・メモリーを検証するための、カップルと他人の実験もよく考えられているなと思いました。
私は読んだ本の内容を逐一憶えているわけではないですが、聞かれた時に「あの本のあそこに書かれていたな」と頭の中の索引に引っ掛かることがありますが、これも少し似ているかなと思いました。
第6章 「見せかけの経営効果」にだまされないためには
・内生性の問題は別の本でも読んだことがありますが、より詳しく知ることができてよかったです。
特にモデレーティング効果(触媒のような効果)はそういった存在の仮説をまず立てないと検証できなかっただろうなと思い、この発見はすごいなと思いました。
・「ブラック・スワン」で出てきた講釈の誤り(ものごとの原因の一部を説明する講釈でそれが全てだと納得してしまう)で内生性を見逃すことは多そうです。
・よく情報システムの導入の効果がわからないという話や企業が宣伝する効果が嘘くさいという話を聞きますが、この章で書かれていたミラー論文の影響分析(P.115)のように展開できれば説得力のある効果を示せるのかなと思いました。
第7章 イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
・問題を解決するには知識の広さと深さの両方が必要だという話はいろいろな本で書かれていますが、イノベーションに求められる要素でも「知の探索」と「知の深化」というのがあるというのは面白いなと思いました。
そこから「コンピテンシー・トラップ」という考え方、有名な「イノベーションのジレンマ」が経営陣に焦点を当てているが、組織の本質が「知の深化」の身に集中しがちだという反論に繋がるというのは面白いなと思いました。
・イノベーションについて「技術革新」という訳語を作ってしまったがためにより「知の深化」の方に走ってしまったというような話が「新しい市場のつくりかた」に書かれていました。
第8章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(1)
・「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」という言葉は、以前にロシアを分析した「新興大国ロシアの国際ビジネス―ビジネス立地と企業活動の進化」という本を読んで著者の造語かなと思っていましたが、一般的な言葉だったのだとこの本を読んで初めて知りました。
「関係性の」ソーシャル・ネットワークの話で、強い繋がりより弱い繋がりの方が効率的だということは別の本でも読みましたが、改めて面白いなと思いました。
第9章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(2)
・前章でソーシャル・キャピタルという強い繋がりのメリット、関係性のソーシャル・ネットワークという弱い繋がりのメリットが挙げられていて、それらは環境によってどちらが良いのかが異なるというある意味当たり前な結論を、半導体企業と製鉄企業で比較して検証したという話は面白いなと思いました。
・最後の「構造的な」ソーシャル・ネットワーク、ストラクチュアル・ホール(ネットワークの隙間、異なるネットワーク同士の連結点)の話は、人脈づくりの本などでは当たり前に語られていそうですが、これも経営学の分野として取り上げられていることに驚きました。
第10章 日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
・国民性の距離という観点で海外進出のリスクを測るという考え方はカントリー・リスクを考えるということで昔から当たり前だったと思いますが、その距離を数値化するという考え方は面白いなと思いました。
集団主義だからこそ他の集団や文化には馴染めない、個人主義だからこそ他の集団や文化に馴染もうと努力する、という考え方は納得できるなと思いました。
第11章 アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
・距離の近さがやはり重要という話、経済地理学の話、超国家コミュニティの話はこの本でも紹介されているアナリー・サクセニアンの「現代の二都物語」「最新・経済地理学」の両方を読んだことがあるのでその内容の概要が書かれているなと思っただけでしたが、日本もそういった方向でがんばっているということが書かれていてよかったです。
第12章 不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
・「リアル・オプション」という名前は何度も聞いたことがあり、名前から大体このようなものかと推測していましたが、分散投資によって不確実性を利益に変える方法だということは初めて知りました。
この章の後半の、仮定は仮定に過ぎないということ、不確実性を内生的なものと外生的なものに切り分け、内生的なものはリアル・オプションで考える前にできるだけ抑え、外生的なものを対象にリアル・オプションを考えるというやり方は理にかなっているなと思いました。
第13章 なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
・買収プレミアムの実態が、「思い上がりプレミアム」「あせりプレミアム」「プライドプレミアム」という経営者の心理的なものが大きいということと、その検証方法が面白いなと思いました。
こういったことも経営学の対象だとすれば、本当に広範な学問だと思いました。
第14章 事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
・事業会社がベンチャーキャピタルのように投資をするCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)という分野が研究されていることを初めて知りました。
買収ほどのリスクをとらずにさまざまな便益を得られ、買収の前段階としても機能するリアル・オプションとしての効果もあるなど、なかなか面白い分野だなと思いました。
第15章 リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか
・リソース・ベースト・ビューは経営学を全般的に載せている本では必ずと言っていいほど載せられている考え方ですが、それが「経営学的に」理論と言えるかどうかを攻撃されているという話はいかにも学問的で面白いなと思いました。
第16章 経営学は本当に役に立つのか
・経営学者が経営学やその学界について問題提起していて面白いなと思いました。
ヘンリー・ミンツバーグの「戦略サファリ」は最近新しい版のものが本屋で並んでいますが、古い方を読んだことがあり、経営学のバラバラさに改めて驚いた記憶があります。
第17章 それでも経営学は進化しつづける
・前章で挙げた問題について、それを解決しようとしているエビデンス・ベースト・マネジメント(理論を必要としない経営学)やメタ・アナリシス(研究を研究する経営学)、一般的に使われる統計学とは違った方法で調査する手法などが模索されている話は、今後が楽しみな話だなと思いました。
○つっこみどころ
・第1章の「よい授業をしても出世できない」というのは日本と一緒で他の二つに比べると勘違いですらないのではと思いました。
三つにしたかったので無理やり膨らませたのでは?と思いました。
・第4章のタイトル「ポーターの戦略だけでは、もう通用しない」は言い過ぎかなと思いました。
ポジショニングやファイブ・フォース、バリュー・チェーンはハイパー・コンペティション下の一時的な競争優位を重ねることにも有用だと思います。